第37話 勇者どもを追いつめる方法
近隣の村や集落で暴れているのは炎の属性をもつ者たちばかりであったから、討伐はそれほど難しくなかった。
十日以上にかけて近隣の村と集落をまわり、魔物たちを討伐していった。
「すごい! なんて強い方なんだっ。勇者に劣らぬはたらきではないか」
館に帰還した後のモットル男爵の反応も日に日に大きくなるばかりだ。
「そんなことはありません。たまたま私が使う魔法と魔物たちの相性がよかっただけです」
「相性だと? そんなものはどうだっていい。長年苦しめられてきたあの魔物たちがこんなに早く駆除できてしまうなんて、私は夢でも見ているのか!? しかも金がほとんどかかっていないんだぞっ」
最初は無償でクエストを契約したが、最低限の食事と宿だけは用意してもらうように変更した。
だが食事といっても数個のパンと野菜のスープをつけただけなので、多くても一食で三百リブラくらいしかかかっていない。
「魔物の討伐はいつまで行ってくれるんだね? もう、なんならずっとここにいてくれ!」
「それは困ります。私たちもひとつの土地に縛られずに旅をしたいですから」
「そ、そうか……」
男爵様が分かりやすく肩を落とした。
「あなたがたがいてくれたらこの地はずっと安泰だったが、それはさすがに都合がいいな。経済的に余裕が出てきたら兵なり召使いを雇うことにしよう」
「それがいいと思います。私たちはもうしばらく留まって魔物たちを駆除しますので、安心してください」
「おおっ、それはありがたい。民たちも喜ぶぞ!」
「ほほ。よかったの」
ユミス様もとなりで笑っておられた。
「しかし、ここまで良くしていただいて金を一切支払わないというのは、いかがなものなのか。困窮していても私は貴族の端くれ。平民に金を払えないというのでは面目が立たん」
この方は見かけに寄らず良い貴族だ。
「ヴェンツェル殿、今は困窮しているため少ししか払えんが、気持ちだけでも受け取ってくれ!」
「困ります。それでは私が自分の目的のために男爵様に押しかけた形になります。そんなつもりではないのです」
「いや、これは貴族の体面だ。平民の厚意に甘んじているようでは土地など治められん。どうか、受け取ってくれっ」
とても感心できるけど、困ったなぁ。
「ヴェンよ。この者が差し出すと言っているのだから、素直に受け取ればよいのではないか?」
ユミス様も細い首をかしげておられるが……
「わかりました。では次回からお願いいたします」
「次回だと。それでは私の気持ちが――」
「今はどこの村も困窮してますから、このお金は村人たちにお配りください。村が活気づけば、男爵様もやがて潤いましょう」
私の提案に男爵様もユミス様も納得されたようであった。
「はは、かないませんな。ヴェンツェル殿には」
「ほほ。わらわの自慢の弟子じゃからのう」
男爵様の館でのんびりお茶を一服する。
ここに来てからはたらきづくめだったから、今日はゆっくりと休ませてもらおう。
「男爵様、話を戻しますが、この近隣の魔物を一掃するためには奴らの元締めであるボスを倒さなければなりません」
「奴らのボス? そんな者がいるのか?」
「はい。名は忘れましたが、全身に炎をまとった悪魔です。その者が部下たちを率いて、男爵様と近隣の村を襲わせているのです」
男爵様がぶるぶると身震いする。
「そんな怖い魔物がいるのか」
「はい。私は前に勇者どもに連れられ、その悪魔と会いに行ったことがあります。強力な魔物でしょうが、私とユミが力を合わせれば奴を倒せると思っています」
ユミス様がこくりと頷く。
「魔物たちを率いているということは、かつて魔王の幹部であった者であろう。並の魔物よりも強大であろうが、わらわとヴェンの敵ではない。すぐに討伐できるじゃろうて」
「し、しかし、そんな魔物と戦うのは危険じゃないか? あ、いや、お二人の実力を疑っている訳ではないが……」
この方はやはり良い貴族だ。
「ご安心ください。その辺りはしっかりと対策しますので、ご心配には及びません」
「そ、そうか。なら安心だが……」
「どちらかというと問題なのは、そのボスの居場所がわからないことです。私は以前に勇者に連れられて山奥の洞窟まで赴きましたが、その道が私ではわからないのです」
「なにっ、そもそもそのボスの居所まで辿り着けないということか。それは困った……」
あの洞窟へ続く道を知っているのは勇者たちだけか。
「男爵よ。そなたはその道を知らぬのか?」
「私か? 残念だが心当たりすらない。あの勇者たちが『山登りをしに行く』というようなことを言っていた気がするが、私はてっきりハイキングや行楽をしに行くのだとばかり思っていたのだ」
「その『山登り』というのはすごく怪しいのう」
あの態度が軽い勇者でも、重大な機密を簡単には漏らさないか。
「それは困りましたね。炎の悪魔が襲ってきたというような報告も今までなかったですか?」
「さぁ、どうだろうな。そのような報告があったかもしれないが、勇者……あの男に一任していたからわからないのだ。村人たちなら何か知っているかもしれないが」
魔物を討伐しながら村人たちに聞き込むしかないか。
「ユミは……この手の調査はできないか」
「わらわか? わらわは地図が読めない女であるゆえ、ヴェンが想像する通りなんの役にも立たないぞ」
どんなことでも堂々と言い切れるところがユミス様のすごいところだ。
男爵様とのんびり雑談をしていると館の外から呼び鈴が鳴った。
「おや、誰だろう。こんな時間に」
「来訪の予定はないんですか?」
「ないな。そんな余裕はないし。村人か?」
男爵様が「失礼」と席を外す。
「なんだか嫌な予感がするのう」
ついにこのときが来たのか。
しばらく待っていると男爵様の悲鳴のようなものが聞こえてきた。
「ヴェン!」
「来ました。奴らですっ」
飛び跳ねるようにリビングから出て玄関の扉を開ける。
門のそばに男爵様が立たれていて、誰かと口論になっているようであった。
「だから、ここにヴェンっていう奴がいるだろって聞いてんだよ!」
「いや、だからそんな奴は知らんと何度も言ってるだろうがっ」
「嘘つけっ。てめえ、なんか隠してやがるだろ!」
悪魔の形相で男爵様の胸ぐらをつかんでいるのは、勇者ディートリヒ。
「やめろ!」
目的を達成するときが訪れた。




