第33話 勇者どもと過ごす夜
ディンケ村から引き上げたのは勇者どもと別れて六日後だった。
グーデンの自宅に戻っても彼らに連絡を取らなかったが、二日後の夜には奴らから私の宿に出向いてきた。
「ヴェンさんいつ帰ってたのー? 言ってくれないなんて寂しいじゃん!」
奴らは夜にやってきて、一階の酒場で飲んでいくようであった。
「すみません。家事にずっと忙殺されていましたので」
「ヴェンさん、家事とかちゃんとやってんの? 若いのにまじめぇー」
酒場に着くなりエールを注文しまくっているこいつらは、家事なんかしてないんだろうな。
「家のことなんて適当に済ませればいいだろ」
「この子はあんたらみたいにグータラじゃないのよ」
クリストフとリーゼロッテもエールを片手に嫌らしい顔をしていた。
「ヴェンさんの妹はもう寝ちゃったん?」
「ユミですか? はい。まだ子どもですから、家で寝てることが多いです」
「だよなー。まだガ……子どもだもんなー」
ユミス様もこいつらと会いたくないので、街を散歩してくると言ってベランダからふらりといなくなっていた。
「クリスとリーゼから聞いたんだけど、ユミちゃんって不思議な力をもってるんだって? ほんと?」
「不思議な力ですか? いえ、そんなことはないと思いますけど。魔力が他の人よりもちょっと高いだけですし」
「魔力がちょっと高いって、それ充分不思議だから!」
ディートリヒがばしばしと私の肩を……叩くな。
「あれは魔力がちょっと高いってレベルじゃないだろ。俺は見たぞ」
「あの雷の件でしょ。あたしも見た!」
ユミス様の力を見た奴がいたか。
「だぁから、あれは俺が起こした奇跡だって、何度も言ってるだろぉー? お前らいい加減にしろよ」
一人の能天気だけは気がついていないか。
「いい加減にするのはあんたよ!」
「そうだよ。いくらなんでも、あんな力が出せる訳ねえだろ」
「それを言うんだったら、あんなガキにそんな力が出せる訳ねーだろ。お前らこそ現実見ろよ!」
こんな腐った場所から一刻も早く立ち去りたい。
奴らが言い争っている隙に去ろうと思ったが、後ろから肩をつかまれた。強い力で。
「待てよ。僕ちゃん」
奴らのおちゃらけた顔つきが一変していた。
「お前、あの村に残って何をしていた」
「何を? 荒れてしまった畑を一緒に耕してただけですが?」
カマをかけようが無駄だ。
私はお前らにバレても何も怖くない。
「それ、本当か?」
「はい。本当です」
ディートリヒが鋭い目つきで私を見てくる。
「逆に聞きますが、私があの村に残ったら何か不都合があるんですか? あの村はなんの変哲もない、ただ貧しいだけの村でしたよ」
私を襲いたければ、好きにすればいい。
ディートリヒはしばらく私を睨んでいたが、
「なぁーんてな。ちょっと聞きたかっただけだって。そんな怒んなよー!」
ばしばしとまた私の肩を叩いた。
「俺はこのパーティのリーダーだから、みんなに勝手なことをされたら困るわけ。わかる?」
「そういうことでしたら、はい。申し訳ありません」
「ヴェンさんは今までパーティに入ったことがないのかな? 団体行動は苦手なのかもしれねーけど、次からは気をつけてくれよな」
「承知しました」
もう少しだけ、こいつらと行動をともにすべきだ。
「はいっ、じゃーまじめな話はこれで終わり! 飲もーぜ飲もーぜー」
「結局飲むのかよっ」
「ほんと、単純なやつ」
私もエールの注がれたグラスを持たされた。
* * *
勇者どもは酒癖もかなり悪かった。
酔ってくると横柄さが際立って、店員に怒鳴り散らしてばかりいた。
「いいから早く酒もってこいよ!」
「客に向かってなんて気が利かねぇ奴らだ。てめえらの仕事はなんだっつうんだよ」
「ほんとだよなー!」
私はここの宿を借りてるんだ。頼むから静かにしてくれ!
「ヴェンさんもそう思うだろー!?」
「えっ!? あ、は、はあ……」
後で店主と店員さんにいっぱい謝らなきゃ。
「お腹が苦しいので、ちょっと夜風に当たってきます……」
周りのお客さんの視線とか、いろいろ耐え切れない。
宿屋を出て近くのベンチに腰かけたら、疲れがどっと肩にのしかかってきた。
「あいつらの相手はほんとにしんどいな。こんなこと、続ける意味があるのか?」
さっさと復讐したいが、あの時から顔も年齢も変わってしまったから若干だが復讐がしづらい。
「ユミス様に若返らせてもらったけど、まさかこんな盲点があったとは――」
「なんの盲点があるの?」
誰だ!?
「ふふ。いないと思ったら、こんなところで休んでたんだ」
リーゼロッテが嫌な雰囲気をまといながら近づいてきた。
「なんてね、嘘。あなたが外に出て行ったから、あたしもついてきたの」
こいつ……私が四十二歳だった頃と本当に態度が違うな。
「何か用ですか?」
「用って……ふふ。もう、意地悪なんだから」
私のとなりに座るな。
「何かって、ほんとはわかってるんでしょ?」
お前たちに殺される前だったら、こんな雰囲気にきっと騙されてただろうな。
「今日はあの子もいないし。大人の時間を楽しみましょ」
「あの子ってユミのことですか?」
「ええ。あなたの妹なんでしょ。あたし、あの子が苦手なのよね。なんだか嫌われてるみたいだし」
お前はユミス様の逆鱗に触れまくってたからな。
「でも、今日はいいよね。あの子はもう寝ちゃったんだから」
そう言ってリーゼロッテがさらに近づいて――やめろ!
「やだ、ここまでさせてまだ拒絶するの? もしかして、怖いの?」
「違う。そうじゃない」
「だったら、ふふ。大人しくしてれば大丈夫よ。あたしがなんでも、教えてあげるから……」
ウィンドブラストで吹き飛ばすか?
いや、あからさまに突き放したら私の真意がバレてしまうのでは――
「ふふ」
迷っていると、リーゼロッテがそのまるい顔と唇を近づけてきた。




