第32話 雷の魔法を習得する
村人から聞き込みを行ったところ、畑の奥の森からスライムはやってくるようであった。
森の深い場所に有毒の沼地があって、そこが怪しいらしいが、ディートリヒたちから近づかないように厳命されていたようだ。
「私の読みが当たりましたね。あのスライムたちを増殖させているのはディートリヒたちです」
「そのようじゃの。魔物を利用する人間がいるとは……まったく、人間というのはつくづく業が深い者たちじゃ」
畑を迂回して森へと足を踏み入れる。
「有毒の沼地というのも気になりますね。聞いてる感じですと、以前は沼の水を飲み水として利用していたようですし。昔は毒なんてなかったんじゃないですかね」
「その毒というのも奴らの仕業じゃというのか? 信じられぬ……」
「奴らだったら、そのくらいのことはしますよ。村人たちを沼に近づけないように対策したのでしょうが……許せないです」
一度だけの報復では足りないのではないか。
森を進み、雑草が高く茂る場所を歩いていくと不自然に視界が開けた。
「なんじゃ?」
高く茂っている草が急になくなった。
足下でうごめいている水は……水じゃない!
「ここがスライムの巣かっ」
増殖したスライムたちが沼のように広がっている。
数十匹という数ではない。
視界の向こうまでスライムで埋め尽くされているなんて!
「不幸な村の者たちには失礼じゃが、ここはヴェンにとって恰好のレベルアップの場じゃ。ここで水と風の合成を会得するのじゃ」
「はい。わかりました」
「ほほ。『レベルアップ』とさりげなく言うわらわはかっこいいのう」
不幸な村を助けようというのに、デリカシーがないですよ。
「ユミス様、かっこいい横文字を使われてさぞ鼻が高いのでしょうが、レベルアップという言い方はもう古いんです」
「な、なんじゃと!? そうなのか?」
「はい。今の冒険者界隈では『レベリング』と言うんですよ!」
水を発生させるウォーターと風を吹かせるウィンドを続けて唱える。
それぞれを単独で使用するのは簡単だが、連続で唱えるのはなかなか難しい。
「ふむ。水と風は両方とも出せておるが、うまく操れてないようじゃの。もう一度やり直しじゃ」
ユミス様は割とスパルタ教育だったのを忘れてた。
水を水蒸気のように散りばめて、風で天に押し上げるんだよな。
こんな方法で雷が本当に発生するのか?
「集中力が切れておるようじゃの。昨日も教えてやったが、水と風を単純に混ぜるのではない。水蒸気を天まで押し上げて雲を発生させるのがキモなのじゃ」
「わかってますっ。けど、こんな方法で、あんな力が出せるんですか」
おっと。スライムが足元まで近づいて私の足を溶かそうとしていた。
「浮いていれば、スライムどもはわらわたちに手出しできまい」
ユミス様がレビテーションの魔法を唱えてくれた。
合成魔法は難しい。
ギルドでも少しだけ説明を受けたことがあるが、属性の合成は上級魔法の習得よりも難しいのだという。
「合成魔法は、魔法のセンスがないと、使えないって言ってたけど……」
「これ。余計なことを考えんでレベルアップに集中せい」
言葉の使い方が違うような気がするけど……とか考えたらまた失敗した。
「雲が出現したら魔力を送り込んで雲を刺激するのじゃ。雷はただ落とすだけでは意味ないぞ。目標となる地点にしっかりと落とさねばならぬのじゃ」
そんなにたくさんの工程をこなさなければならないのか。
「一つずつ、ゆっくりと完遂させてゆけばよいのじゃ。焦るでないぞ」
雷を落とすところまではなんとしても完了させたい。
水と風を合わせるのはこれで十回目か。
水を宙に細かくばらまき、地面から突風のように強い風を発生させる。
風が舞うたびに数匹のスライムが一緒に空へ飛んだ。
雲はできている。何度も試行したせいか。
「よいぞ。あと少しじゃ!」
雲に魔力を送り込む。
光の茨をイメージして……魔力を一斉に解放する。
「おおっ!」
かっと光の柱が出現した。
強い光を放って地面を爆発させる。
「でき……た?」
雷が発生させた光と高温がスライムたちを一瞬で溶かす。
天の裁きが沼地の一帯に響き渡った。
「やったぞヴェン。ミッシャコンパレーじゃ!」
まだ制御はできてないけど、雷を発生させることができた。
「属性の合成は高度すぎます。超むずい……」
「そうぼやくでない。合成は使える基本属性の数だけ行える。そなたはまだ水と風のみであるが、合成魔法が使えるようになれば応用力が格段に増すぞ」
「はい。伝授していただいて、ありがとうございます」
スライムはまだ討伐し切れてないけど、今日はもう休もう。
「ユミス様、ひとつだけ……ミッシャなんとかじゃなくて、ミッションコンプリートです」
* * *
村に滞在してスライムの駆除を続けた。
スライムは沼の周辺で増殖を繰り返していたが、連日に渡る活動でスライムたちを消滅させることができた。
同時に雷の魔法も反復してコツをつかむことができた。
「スライムはこの沼の周りで増殖を繰り返していましたが、一匹残らず駆除しました。これでスライムの被害はなくなるはずです」
村長と数人の村人たちを呼んで、クエストの完了を報告する。
焼け野原のようになってしまった沼を村長がじっと眺めていた。
「毒があるという、この沼にスライムがいたのか?」
「はい。かなり増殖していましたが、もう心配ありません。沼はだいぶ焼けてしまいましたが、水源は無事ですのでそのうち元に戻ると思います」
「沼に撒かれた毒もついでに消してやった。以前のように生活用水として利用できるはずじゃ」
沼の解毒はユミス様にお願いしたが、作業は一瞬で終わっていた。
神の力はやっぱりすさまじい。
村長と村人たちは口を開けたまま、しばらく言葉を発してくれなかったが、
「ここまでしていただいて、金を一切取らぬというのか?」
「はい。宿をお貸しいただいただけで結構です」
きっぱりと告げると歓喜の声が上がった。
「信じられないっ。何が起きてるんだ!」
「スライムはもう出てこないの? なんなの!?」
「この旅の方々が無償で魔物を駆除してくださったんだっ。神の奇跡だぁ!」
これでここも良くなるだろう。
「お二人とも、わしらをお救いくださって、ありがとうございます。お二人のお陰でわしらはここで暮らしていけます」
「いえ。当然のことをしたまでですから。もし、スライムがまた現れたら私たちを呼んでください」
「はい。ありがとうございます」
この村が平和になってよかった。
村へ帰ろうとしたときにユミス様が「おおっ」と声を上げた。
「どうしました? ユミ」
「村の者たちに大事なことを言うのを忘れておったのじゃ。今日の奇跡を期にこれからは運命の女神ユミスを拝むのじゃ!」
何かと思ったら布教活動ですかっ。
「ユミス様、ですか?」
「そうじゃ。ユリの花を活けて毎朝拝むだけでよい。そなたらにじゃんじゃん幸福が訪れるぞよ」
言い方がなんだか胡散臭いけど、村の人たちに害はないからいいか……
「わかりました。今日から皆で運命の女神ユミス様を崇拝いたします」




