第30話 水と風を合わせた力
次の日からさっそくクエストを消化するようで、陽が東に昇った頃に街の東門に召集された。
「おし、ヴェンさんもいるな。さっそくだけど今日からしっかりはたらいてもらうぜ」
「はい。承知しました」
私が短く答えると、ディートリヒがなぜか笑った。
「何か?」
「くくっ、いやぁ、ヴェンさんって若いのに真面目だなと思ってさ。もっと気を抜いていこーぜ」
そう言って奴がなぜか私の背後に回ろうとしたので、私はとっさに身を翻した。
「ははっ。ビビんなって」
「こら、ディート。若い子をいじめちゃダメでしょ」
リーゼロッテが妙な猫なで声でしゃべったから、思わず吐き出しそうになった。
「ヴェンさんはまだ若いんだから、優しくしなきゃ」
「ちぇ、なんだよリーゼ、調子いいこと言いやがって」
こいつらに同行して復讐の機会をうかがっているが……早くも心が折れそうだ。
グーデンから発つ乗合馬車に乗り込む。
馬車は前と後ろの席があり、ユミス様が前の席の隅に座ったので私もそのとなりに座った。
奴らは後ろの席に座ると思っていたのに、リーゼロッテこっちくんな!
「ふふ」
こいつ……私が四十二歳だったときと態度が違うぞ。
こういう女、ほんと嫌いだな――と思っていたら正反対の方向から、世にもおぞましい、力が……
「お、ぬ、しぃぃ……っ」
ユミス様! がっ、真っ黒になってる!
「ん? どうしたの、その子」
「わわ! ユミ、待てっ」
ユミス様がっ、魔王すら凌ぎそうな暗黒の魔力によって支配されようとしている!
ユミス様がリーゼロッテを痛めつけて後々大変なことになる前に、ユミス様をなんとしても沈めなければっ。
軽いユミス様をさっと持ち上げて、私とリーゼロッテの間に差し込んだ。
「な、なに……!?」
「お、おほ、おほほ。よろしくな、女子」
ユミス様の黒い気がなんとか収まった。
* * *
到着したのはディンケという山奥の貧しい村だった。
ディートリヒたちの後について馬車から降りる。
村の人たちは私たちに気づくと恐怖で顔を引きつらせていた。
「よっす。村長はいるかー」
この村にとってこの悪党どもは疫病神同然か。
村人たちに案内されて村長の家へと向かう。
フライトラップの被害に遭ったラフラ村と同じような住居で暮らしている村長は、髪の真っ白な老婆だ。
「あんたら……また来たのか」
「いよっす、そんちょー」
村長の恨めしい視線を受けてもこの男はなんとも感じないのか。
「そろそろスライムが増えてる頃だろ。討伐しに来たぜ」
「……あんたらにくれてやる金はもうない。すまぬが今日は帰ってくれ」
こんな貧しい人たちからどれだけ金を搾り取ったんだ。
「あれー? 俺の言ったことが聞こえなかったのかなー? 俺たちがあいつらを討伐しないで、誰が討伐するんだー?」
村長はうつむいて乾いた唇をふるわせている。
「無理すんなよ。畑が使いもんになんなくなっちまったら、それこそ収入が無くなっちまうんだぜ? 今日は出血大、大、大サービスであいつらを討伐してやっからさー」
「そそ、そんちょー! やつらが、スライムがまた出ました!」
村人が外から怒鳴っていた。
こんなにいいタイミングで魔物が出てくるなんて……タイミング合わせすぎだろ!
「じゃ、討伐してくるぜ」
身体をふるわせる村長を差し置いて勇者どもは出ていった。
部屋に残っているのは私とユミス様と、老婆の村長だけだ。
「ヴェン」
「……あんたもあいつらの仲間だろ。さっさと魔物の討伐に行けばいいじゃないか」
こんな投げやりな言葉をかけるしかない状況まで追い込んで、何が楽しいんだよ。
「村長、安心してください。私がこの村を救います」
元農民として放っておけない。
「あんたは、何を言ってるんだ」
「言葉の通りです。この村を巣食う真の魔物を私が討伐してみせます」
村長の小さな肩をたたいて部屋を出た。
「ユミス様、スライムに水の魔法は効きません。私の魔力を上げるバフをかけてください」
「もちろんじゃ」
村人たちが声を上げている方向へと駆ける。
「しかし、風の魔法といえども軟体のスライムには効き目が弱いぞ。エアスラッシュだけで対処するつもりか?」
「残念ながら、そうするしか方法はありません。奴らが苦手とする炎は使えませんから」
火の魔法もそろそろ覚えないといけないか。
「ほほ。ヴェンよ、火よりももっと強力で、水と風を極めたヴェンならばすぐに習得できる魔法があるぞよ」
火よりももっと強力で、私がすぐに習得できる……?
「なんですかそれ!」
「ほほ。水と風を合わせるのじゃ」
「水と風を合わせる……?」
村の奥に広がる畑は大きな水溜まりのような者たちに侵食されていた。
ディートリヒたちは先に到着して戦う素振りを見せている。
「おりゃおりゃおりゃ!」
「おら、さっさと消えろ!」
こいつらが仕組んでいるカラクリを知っているからこそ気づいたが、こいつらの戦い方は実に雑だ。
通常ならば、長剣や戦斧を適当に振り回しているだけで魔物を追い払える訳がないんだ。
「勇者さまぁー!」
「早く魔物を追い払ってください!」
何も知らない村人たちが哀れでならない。
「あやつら、よく知らぬが魔物と戦っている振りをしておるの。やれやれ、仕方ない。父上から叱られるのを覚悟の上で、わらわがそなたらに一つお手本を見せてやろう」
ユミス様は勇者どもの悪事に気付かれたが……
「お手本?」
ユミス様が背中から小さな翼を広げて身を宙に預けた。
強い魔力がユミス様の小さな身体に集まっていく。
「なに……?」
「えっ、なん……だっ」
リーゼロッテとクリストフも異変に気づいた。
晴れていた空が暗くなり、雨雲が不自然に重なっていた。
「落とすのはそこでよいか」
ユミス様が目を開いて、右手に持っていた櫛をそっと振り下ろした。
光の柱がかっと落ちた瞬間、視界が真っ白になるのと同時に強烈な力が発生して――
「ぐぎゃあぁぁ!」
勇者どもと一緒に後ろへ吹き飛ばされてしまった。
地面を何度か転がって、後ろの木の根に背中を打ちつける。
「ユミス、様? いったい、何を……」
人間や魔物を攻撃してはいけない神の掟を破ったのか。
ユミス様が放った神級の魔法は……雷。
「ヴェンよ、よく見たか? 次はそなたがこの魔法を使うのじゃ」
皆がほとんど気を失っているか倒れ伏している中で、ユミス様お一人だけが優雅に笑っていた。




