第29話 復讐を誓う
クリストフたちの誘いに乗るか? それとも断るか。
どちらを選択しても目指すべき到着地点は決まっている。
奴らの誘いに乗って騙し討ちをする方がいいのか。
それとも断って正面からぶつかるのが正解か。
宿屋の階段をゆっくりと上がりながら考えるが、答えは出てこない。
「ひとまずユミス様に相談するか。しかし、復讐なんて聞いたらユミス様は絶対に嫌な顔をするだろうな」
普段からおちゃらけた方ではあるが、復讐などの後ろめたいことは好まれない方だ。
重苦しい気分を引きずって部屋の扉を開ける。
「ユミス様、戻りました」
玄関から声をかけてみるが返事はない。
「私がいない間にどっかに行っちゃったのかな」
ユミス様は自由に空を飛べるから、ベランダからふらりといなくなるのは日常茶飯事だ。
ベランダを一応確認してみると、ユミス様の姿があった。
「なんだ、寝てたのか」
ユミス様はいつもの幼女の姿で寝入っている。
起きるとうるさいけど、寝顔は可愛いんだよな。
「んょ、ヴェン……?」
「すみません。起こしてしまいましたか」
ユミス様が短い指でしょぼしょぼする目をこすった。
「急用は済んだのかの?」
「はい。済みました」
「そうか。その割には表情が暗いようじゃが」
ユミス様はなんでもお見通しなんだな。
ユミス様が目を覚まされるまで待って、あの悪党どものことを話した。
「ヴェンを以前に殺した者たちから仲間になるよう誘われたのか……」
普段から楽天的なユミス様が顔をしかめている。
「奴らは、かつて仲間だった者と私が同一人物だと気づいていないようでした。ですから、私とユミス様の活躍を聞きつけてスカウトしに来ただけだと思います」
「そうじゃろうな。どのような者であれ、かつて崖から突き落とした相手をまた仲間に引き入れようとはせんじゃろう。それにしても懲りない者たちじゃ……」
「奴らは今でも貧しい民を騙して金をむしり取っているでしょうし、ラフラ村の一件もあります。ですから、奴らに天罰を下すことをお許しいただきたいのです」
ユミス様が「うむむ……」とかつてないほどに悩まれていた。
ユミス様が珍しく長い間言葉を詰まらせて、
「どうしても奴らに復讐したいか?」
短くそう言った。
このまっすぐな問いにどう答えるべきか。
「復讐したいという気持ちはありますが、それ以上に貧しい民を騙していることが許せないんです。奴らのせいで苦しんでいる人はいったいどれだけ――」
「この際、他の者たちのことはどうでもよいのじゃ。いや、本来ならばどうでもよくないのじゃが、話がややこしくなるゆえ、違う場所に置いておくぞ。わらわが最も気にかけておるのはそなたの心の状態じゃ」
私の心の状態?
「前にもそなたに言ったかもしれぬが、とても大事なことゆえ、また言うぞ。悪辣な者たちに恨みを抱き、仕返しをしてやろうと思うのは自然なことじゃ。しかし、復讐や仕返しをしても過去のそなたは一つも救われぬ。現在のそなたの溜飲がわずかに下がるだけじゃ。
復讐は次の復讐を生む。そなたも復讐され、そしてまた新たに復讐してやろうと心が囚われていく。要するに復讐が永遠に続くのじゃ。それは最も不幸なことじゃ。そなたはやがて黒い悪意に囚われて、終いには魔物と同然の状態に成り果ててしまうじゃろう。わらわは、そうなってほしくないのじゃ」
ユミス様の真剣な言葉が私の胸を打つ。
「はい。わかっています」
「お主に魔法を教えたのは失敗じゃったかのう。お主には幸せをつかんでほしかったのじゃが」
「私はユミス様から師事していただいて、とても幸せです。この力をいろんな人たちのために使いたいと思っています」
「ならば、復讐なんてやめてほしいんじゃがのう」
ユミス様が私をちらりと見てため息をついた。
「意外と頑固で意思が強いそなたのことじゃ。わらわが禁止しても奴らに復讐するじゃろう。それに他の者たちのこともあるゆえ、神として一度だけの報復を許可しよう」
「本当ですか!? ありがとうございますっ」
「一度だけじゃぞ。よいな。二度目は何があってもしてはならん」
「わかっています。まかせてください」
ユミス様から許可が下りるとは思っていなかった。
もし頑なに拒絶されたらユミス様との縁を切ることも考えないといけないと思ってたが……
「わらわが断じて復讐を許可しなかったら、お主はわらわのそばから離れていっちゃうかもしれんし」
「あ、あは、あはは……」
「否定せい!」
ユミス様ってやっぱり神様なんだな。
「では、どうやって奴らに復讐をするつもりなのじゃ?」
「それはまだ考え切れていません。奴らとともに悪事に手を染める気はないですし、私が正面から奴らを攻撃したところで奴らは復讐だと気づかないでしょう」
「そうじゃな。今のそなたは、かつてのそなたとはまったくの別人じゃからのう」
今の私とかつての私を結びつける確固たる証はない。
奴らの寝込みを襲っても私がただの犯罪者に成り下がるだけか……
* * *
二日ほど考えて、冒険者ギルドに頼んで勇者たちを呼び出してもらった。
「いよっす。俺が勇者ディートリヒだぜ。よろしくな!」
ギルドハウスの二階の別室を借りて、あの者たちと改めて面会した。
この男の軽薄な口調はあのときから少しも変わっていない。
「初めまして、勇者ディートリヒ様。私が勇者パーティの加入を希望しています、ヴェンツェルといいます」
「ヴェンツェルっつぁんね。ヴェンツェル、ヴェンツェル……ヴェンさんか。うーむ」
ディートリヒは顎に手を当てて何やら考えはじめた。
「ディート、どうした?」
「いや、ヴェンって……どっかで聞いたなって思って」
「ああっ。似たような名前の奴が前にいたんだよ。前に俺らを裏切ったやつでさぁ」
「そうそう! 名前がちょっと似てたっていうだけっ」
怪しむディートリヒにクリストフとリーゼロッテが慌てて弁解していた。
「そっかー。なんか気になるなって思うけど、まぁいっか」
こいつらの頭が悪くて本当に助かるよ。
「それじゃ、改めてよろしくな!」
「はい。よろしくお願いします」
お前だけは絶対に許さない。
「それと……悪いんだけど、その子はヴェンさんの妹? 子どもは募集してないんだよねー」
ディートリヒは幼女の姿のユミス様に難色を示すが、これは想定内だ。
「ユミは私の妹ですが、優れた魔力を秘めた子です。ユミを連れていけないというのであれば、申し訳ありませんがこの話はなかったということで失礼させていただきます」
私がユミス様を連れて退室しようとすると、クリストフとリーゼロッテが慌てて止めてきた。
「待って待って待ってー! そんなすぐ帰んないでよ」
「そうそう。今回は二人特別参加! というのでいいからぁ」
最終的に判断するのはディートリヒだが。
「しょーがねーな。おし、わかったぜ! 今回は特別にオッケー、ということで!」
拍子抜けするほど軽いな、こいつ。
だが、この軽薄な口調に騙されてはいけない。
「じゃ、今日はクエとかかたっ苦しい話は終わり! 飲みに行こーぜー」
「すみませんが、私もユミも未成年ですので、お酒の席はお断りします」
「ええっ!? もしかして二人とも十五歳以下? そんなんでグリフォンとか倒しちゃったのかよ。すげーなー」
こいつらと酒は絶対に酌み交わしたくない。
「未成年じゃ仕方ねーな。二人はここで解散。クリスとリーゼは俺に付き合えよー」
「しょうがねえなぁ」
「クリス、この後絶対にギャンブルしに行こうと思ってたでしょ」
奴らは汚い言葉を並べて暴風のように去っていった。
「ユミス様、すみません。私事に巻き込んでしまって」
「いや、それはよいのじゃが……」
ユミス様が以前のようにしかめっ面で考え込んでいた。
「わらわはあやつらを初めて見るのじゃが……あやつは本当に勇者なのか?」
ユミス様? いったい、何を……
「勇者は強大な魔王を静め、世界に調和と安寧をもたらす者。そのためには勇者自身も強大な力を備えねばならぬ。剣や武術の程はわらわには読み取れぬが、魔力の高さは感知できる。あやつの魔力はヴェンよりもはるかに下じゃ」
ユミス様って魔力の高さを感知することができるんだ。
「そうなんですかね。さすがにあいつの魔力が私より低いということはないと思いますが……」
「わらわはマイナーとて神じゃ。人間ごときが神に嘘などつけぬ。あやつは勇者などではない」
そんな……
では、私はいったい誰に殺されたんだ。




