第28話 勇者パーティからの誘い
「あちらがクリストフ・エルレンマイアー様とリーゼロッテ・シャイドル様でございます」
下女が二人のフルネームを丁寧に教えてくれるが、私はすでに知っている。
「男性の方がクリストフ様。女性の方がリーゼロッテ様でございます。それでは、わたしはここで失礼します」
下女が役目を終えたとばかりに頭を下げて退室していった。
「やあ。あなたがヴェンツェルさんか」
クリストフが席を立ってでかい図体を見せつけてくる。
リーゼロッテから浴びせられる視線も、以前のような見下す感じではない。
「近頃、あなたのことがグーデンのギルドで噂になってると聞いてな、ぜひ会ってみたかったんだ。俺はクリストフだ。勇者ディートリヒ様の下でタンク職を務めている」
クリストフが無駄に大きな右手を差し出してきた。
私も右手を差し出して、奴の手をしっかりと握る。
「ヴェンツェル・フリードハイムと言います。若輩者ですが、よろしくお願いします」
若返る以前と同じ名前を言ったが、クリストフは私の顔や肉体の年齢が変わったことに気づいていないようだ。
「おお、よろしく。若いのにしっかりしてるな」
「はい。挨拶だけはしっかりしろと親から仕込まれましたので」
クリストフに促されて席につく。
右から妙な視線を送ってくるリーゼロッテが微妙にうっとうしい。
「初めて会うのに事前の約束などをしてなくて申し訳ない。だが、今回の俺たちの訪問はあなたにとって渡りに船となるはずだ」
「渡りに船、と言いますと?」
「うむ。俺たちは勇者ディートリヒ様とパーティを組んで活動しているのだが、この前に一人の欠員が出てしまってな。新しい冒険者を探しているんだ」
こいつら……魔物どもと結託したあの悪だくみをまだ続けていたのか。
「一応聞いておくが、勇者ディートリヒ様のことは知っているよな?」
「はい。今から五年……もう六年になりますか。魔王を倒した至高の冒険者。ディートリヒ・フィッツェンハーゲン様でお間違いないですよね?」
「おお! そうだ。冒険者界隈のこともちゃんと調べてるんだな。若いのに、なかなか目ざといな」
お前たちを忘れたことは一度たりともない。
「じゃあ、さっさと本題に入ってもいいな。欠員が出てしまった俺たちのパーティに、あなたを指名させてほしい。あなたは若年ながらもこの前にナバナ平原のグリフォンを討伐して、ギルドの連中を大いに驚かせたと聞いた。あなたの噂はグーデンの外からも聞き及んでいる。どうだ、その才能と実力を勇者様の下で大いに発揮してみないか?」
これは確かに渡りに船かもしれない。
「クリス、そんなに答えを急かしちゃかわいそうよ。あたしたちは初めて話をするのよ」
「おお、そうだったな。俺としたことが、つい興奮してしまって」
今度はリーゼロッテがずいと上半身を寄せてくる。
こいつ、前より少し太ったな。
「あなたにも都合があるでしょうから、ここですぐに答えを出してとは言わないわ。あたしたちはしばらくグーデンに滞在してるから」
「わかりました。私にも連れがいますので、その者と相談してから決めさせてください」
「ふふ、わかったわ」
リーゼロッテがおもむろに手を伸ばして……私に触るな!
私の拒絶を緊張や羞恥と勘違いしたのか、「可愛いわね」と気持ち悪い声で言った。
クリストフが「がはは」と気持ち悪い声で笑った。
「モリ……勇者様にも来てもらう予定だったんだが、あいにく別件の用事が入ってしまってな。今日はここに来れないんだ」
「お気遣いなく。私はまだ勇者様のパーティに入ると決まったわけではありませんので」
「あなたは上級魔法が使えるんだろう? それなら、あなたが首を縦に振ればすぐに決まるんだがな」
お前たちとこれからどう対峙していくか、ユミス様のご意見もうかがわなければならないからな。
「それにしても、ヴェンツェル、か。どっかで聞いたことあるような気がするんだよなぁ」
クリストフが人差し指でテーブルをとんとんと気持ち悪くたたいた。
「ヴェンツェル、ヴェンツェル……」
「そんな奴、いないでしょ」
「いや、すっごい前だが、おんなじような名前の奴とどっかで面接したような気がするんだよ」
私はしっかり覚えているぞ。お前の名と顔をな。
「ヴェンツ……ヴェン! あいつだ。洞窟の滝つぼに落としてやった、あの小賢しい魔法使いっ」
「洞窟……? ああ、いたいた! 四十過ぎてるのに正義感ぶってたあのじじいね!」
悪党どもが手をたたいて笑っている。
「あいつもたしかヴェンなんとかって名前だったよな。まさかと思うが、遠い親戚とかじゃないよな」
「きゃはは。んなわけないでしょ! クリスってば妄想癖ひどすぎっ」
私がそのヴェンなんとか本人だと言ったら、こいつらはどんな顔をするんだろう。
「そのヴェンなんとかという人と、何かあったんですか?」
「ん? ああ、そいつはクエの途中で俺たちを裏切ったんだよ。そんでもって……」
「あたしたちのリーダーがそいつを説得したんだけど、そいつは金に目が眩んで、あたしたちを殺そうとしたのよ。だから、仕方なく戦って、そいつが洞窟の滝つぼに落ちちゃったっていう訳」
「おお、そういう感じだ」
とっさの嘘が思いつかずに言葉を詰まらせたクリストフをリーゼロッテがかばったか。
「そうですか。それは危なかったですね」
「おお、そうなんだよ。最悪だぜ、あいつ」
「そうよね。あたしたちと甘い蜜……協力してクエをがんばってたのに、急に裏切っちゃってさ」
こいつらからしたら、私は裏切り者になるのか。
「じゃ、あんまり長話になるのもよくないから、そろそろ帰ろうぜ、リーゼ」
「ええ、そうね」
悪党どもと一緒に立ち上がって外までしっかりと見送る。
「それじゃあ、いい答えを期待してるぜ」
「待ってるからねっ」
「はい。本日はご訪問いただき、ありがとうございました」
顔の筋肉が引きつっているのを過分に感じながら、私は精いっぱいの笑顔を浮かべて悪党どもに頭を下げた。




