第26話 五十万と忍び寄る影
カイザーグリフォンの討伐は、蓋を開ければ難なく完遂することができた。
私とユミス様は中継地点に戻って、討伐したグリフォンをギルドの方々が処理してくれるのを待っていればいいらしい。
「あなたがたはベテランの冒険者であったのだな。見た目で安易に決めつけていたのが恥ずかしい。これまでの非礼を詫びさせてほしい」
同行しているギルドのリーダー格の方が頭を下げたのを皮切りに、他の方からも一斉に頭を下げられた。
「気にしてませんから、頭を上げてください」
「そうじゃぞ。外見で安易に相手を決めつけるのは人間の性じゃ。それは古来から変わらぬ。昨日今日にはじまったものではない」
ギルドの方々は顔を上げてくれたが、どこか釈然としていない様子であった。
「お前たちは何者なんだ。なぜ、その若さであれほどの魔法を使うことができる?」
「それは、まあ……いっぱい修行したからということで」
「修行?」
「良い師匠にたまたま恵まれただけですよ。なあ、ユミ」
「おほほほほ」
ユミス様はぷかぷかと浮いて高笑いをしていた。
「もしやお前たちは勇者パーティの者か!?」
「いえいえ、違いますよ。断じて。あんなやつらの仲間なわけないでしょう?」
あんなやつらと一緒にしないでほしい。
「なんだ、違うのか。魔王を倒すほどの者なら、グリフォンも軽々と倒せてしまうのだと思ったが」
「勇者なんて当てにしちゃいけませんよ。今もどこで悪事をはたらいているか、わかったものじゃない」
「勇者が、悪事……?」
確固たる証拠を得ていないのに、やつらの悪評を広めるのはまずいか。
「よくよく考えればお前たちが勇者の関係者であるわけがないな。勇者が魔王を倒したのは五年以上も前だからな」
* * *
二頭のグリフォンの他にミュルやフェンリルを捌いていたから、かなりの時間を要したみたいだった。
クエスト成功の条件はカイザーグリフォンの討伐のみであったが、他にもたくさんの獣の素材が取得できて大成功を収めた。
街に帰還したらすぐにギルドから呼び出されて、ギルドハウスの別室で五十万リブラの報酬をいただいた。
「まさかこんなに若いお二人があのクエをこなしてしまうとはなあ。俺も聞いたときは耳を疑ったぞ。この広い世界、どこにどのような逸材が眠っているのか、わかったものではないな!」
ギルドのサブマスター? 偉い方が直々に出向いてくださって、祝いの言葉を述べてくれた。
「魔王が倒されて約六年が経過し、魔物が少しずつ凶悪さを取り戻している。掲示板に張っていない、難易度の高いクエはたくさんあるから、どうかこれからも街のためにがんばってくれたまえ!」
偉い方は私の肩を無駄にばしばしと叩いてから退室していった。
「あやつはなんで、あんなに声がでかいんじゃ?」
「元からああいう声なんでしょう」
どうでもいいことは部屋の隅に置いておいて、五十万リブラが手に入ったぞ!
「ユミス様。これで生活が楽になりますよ。あの櫛も買えますから露店に行きましょうか」
「おお! 行く、今すぐ行くぞよ!」
ユミス様は何千年も生きてる女神様なのに、幼女のように喜ぶんだもんな。
二階の廊下に出て一階のロビーまで降りると、そわそわしている冒険者たちに気づいた。
「おい、あいつらだろ」
「ほんとにグリフォンを倒したのか!?」
「嘘だろ。まだガキじゃねえか」
冒険者の方々の反応はわかりやすいなぁ。
騒がれるのは得意じゃないから、さっさと外へ出てしまおう。
「いきましょう、ユミ」
前に野次を飛ばしてきたあの三人組もいたような気がしたが、気のせいだ。
街の東の繁華街は今日も多くの客で賑わっている。
「ユミス様が前に引っかかりかけた雑貨屋はどこでしたっけ?」
「ふむ、どこだったかのう。この辺りじゃと思うのじゃが」
果物が積まれた露店を過ぎて、壺や置物を売る露店を発見したが、ここではない。
道を挟んだ反対側の露店は串焼きを売る店と花を売る店だ。
「むおーっ、わらわのキラキラはどこにいったのじゃー!」
「ユミス様、落ち着いてっ」
あの人、今日は店を開いていないのかな。
ユミス様の櫛を探している背後から、妙な動きをする三人の気配がものすごく気になる。
そっと振り返るが、間違いない。
ギルドハウスで前に野次を飛ばしてきたあの三人組だ。
「ヴェンよ、あそこではないか!?」
ユミス様が興奮しながら指す向こうに、それらしき露店が見つかった。
「いらっしゃい……と思ったら、どっかで見た嬢ちゃんだな」
「店主の親父よ。あのキラキラを買いにきた。わらわに早くよこすのじゃ」
「あのキラキラ……? はは、何を言ってるんだい、出し抜けに」
ぼろ布をバンダナのように頭に巻いた店主は、前にユミス様に櫛を売ろうとしたことを忘れているようだ。
「ちょうどよかった。嬢ちゃんにぴったりなブレスレットがあるんだ。ほら、きれいだろう?」
店主が見せびらかしているのは銅の輪っかをつなげたブレスレットか。
どう見ても安物だが、値札には三千リブラと書かれている。明らかに高いぞ。
「それではない。あのキラキラした小道具じゃ!」
「これもキラキラだと思うんだがなぁ。なら、こっちのイヤリングとかはどうだい?」
店主はここぞとばかりに高いものを買わそうとしている。
銀のイヤリングなんか二万リブラもするぞ。高すぎだろ!
「私たちが探してるのは二百リブラの櫛です。それではないです」
「つれない兄ちゃんだなぁ。けちけちしてないで、もうちょっといいもん買ってあげなよ」
大金を得たとはいえ、商人の口車に乗せられるのはよくない。
べっ甲の小さな櫛が布シートの隅に置かれていた。
三百リブラでユミス様がほしい櫛とは微妙に違うけど、これなら気に入るかも。
「ユミ。この櫛ならどうです?」
「ほう、どれどれ……むおっ、なかなか良いではないか! これをわらわにくれるのか?」
「ええ。いいですよ」
たった三百リブラの櫛で喜ぶなんて、安上がりな女神様だ。
残念がる店主にお金を渡して、今日の買い物は終了かな。
「では帰りましょう。夕食のことは帰宅してから考えましょう」
「ふむふむ。ヴェンは今日、とても良いことをしたぞ。近いうちに神の加護が得られるじゃろうて」
「近いうちにって、なんですかそれ。そんな都合のいい神様なんていないでしょ」
このまま宿に戻ろうと思ったけど、あの三人組の怪しい動きがあからさまになってきた。
こちらから誘い込んでさっさと追い払ってしまおう。
「ん? ヴェンよ、わらわたちの家はそっちではないぞよ」
「はい。ちょっと急用を思い出したんです」
繁華街から離れて路地裏に入り、行き止まりになっている場所で振り返った。
「いるんだろ。出てこいよ」
路地に積まれていた木箱や柱に身を潜んでいた彼らがもぞもぞと動いて、その悪辣な姿をさらした。
「ち。ばれてたか」
「別にいいだろ。どうせ襲うつもりだったんだから」
フォグ族のリーダーと、人間の子分二人。
私たちに勝てると思い込んでいるのか。
「まさか、こんなやつらがグリフォンを倒しちまうなんてよ」
「こんなザコどもが、どうやって倒したんだよ」
「嘘に決まってんだろ」
人気のないところで弱者から金を奪おうというのだから、あの悪党どもに引けを取らない下衆なやつらだ。
「グリフォンをどうやって倒したとか、そんなことはどうでもいいんだ。僕たち、おじさんたちに早く金をよこしな」
お金の単位は日本円と同程度と考えてしまって問題ありません。




