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第25話 グリフォン狩り

 グリフォンの討伐は準備がいろいろと必要なようで、出発は二日後の朝に決まった。


 陽がまだ昇り切らない時間に西門へと集められて、冒険者ギルドの数名の方々とパーティを組む手筈となった。


「ヴェンツェル殿、我々はあなたが討伐されたグリフォンを処理するために同行します。戦闘には一切参加できないので、改めてご認識のほどを」


 黒い外套に身を包み、栗毛の馬を引くギルドの方が重々しく口を開いた。


「はい、わかっています」


「我々の動員と準備に充てる費用は違約金から支払われます。十万リブラでは少ないくらいですが、ギルドの命令とあらば従う他ありません。どうか、途上でのご帰還とならぬようにお願いいたします」


 ギルドから寄こされた方々はいずれも三十代から四十代のおじさんだ。


 私やユミス様に失望している気持ちがひしひしと伝わってくる。


「では出発しましょう。道案内お願いします」


 ギルドが用意してくれた馬にまたがって西門を発った。


「ヴェンよ、これからどこへ向かうのじゃ?」


「ナバナ平原という南西部の平原です。グリフォンがそこに棲息してるようです」


 ナバナ平原の名前は聞いたことがある。たしか「猛獣の楽園」だったような……


「ほう、ナバナか」


「知ってるんですか?」


「知っておるぞよ。あそこは人間たちでも迂闊に近寄れない、獣たちの住処じゃな。グリフォンというのは、あそこの最上位種の獣であったか」


 グリフォンはたかなどの猛禽もうきんの上半身に、獅子の下半身を取り付けたような猛獣だ。


 グリフォンはドラゴンと並び立つ猛獣で並の冒険者では討伐できないが、私とユミス様なら可能なはずだ。


「なぜ、これからグリフォンを討伐しに向かうのじゃ? あの周辺に人間の集落など一つもなかろう」


「それがですね、グリフォンの素材は非常に高値で取引されるんですよ。グリフォンの羽根や革はもちろん、グリフォンの頭部を剥製にしたいという貴族までいるようで、グリフォンの需要が高まってるようなんです」


「要するに人間たちの利己的な理由じゃということじゃな」


 ユミス様はこういうクエストがあまり好きじゃないか。


「はい。グリフォンの討伐はとても危険ですので、クエを引き受ける人が誰もいなくて報酬が高騰していたようです。そうでなくてもナバナは猛獣の楽園ですからね」


「罪のない者たちを痛めつけたくはないが、仕方あるまい。あのキラキラのためじゃ」


 己の信念まで曲げてあの櫛がほしいんですね。たった二百リブラの安物なのに。


 中継地点であるギルドの施設で一泊して、次の日の朝にナバナ平原にたどり着いた。


「ナバナに来るのはひさしぶりじゃのー」


 深い森が急に開けて、青い草が一面に生い茂る場所へとつながっていた。


 草原は地平線の彼方まで広がっていて、言葉の通りの楽園だ。


「草原のどこかにグリフォンがいるはずです。早く探しましょう」


「わかりました」


 ただの旅行だったら、気分転換にちょうどいい場所だったのに。


 下馬し、道案内に従って草原を突き進んでいく。


 飛べない鳥のミュルや、緑の体毛が特徴的なナバナフェンリルがそこかしこに棲んでいる。


「フェンリルがこっちに来るぞ!」


 数頭のナバナフェンリルたちが駆け寄ってきた。


「来るぞ、ヴェン!」


「はい。皆さん、下がってくださいっ」


 植物系でなければ水の魔法も利くか。


 ヴォルテクスの魔法を唱えて周囲に巨大な水の渦を発生させる。


「なに!?」


「なんだあれは!?」


 水の渦は私の周囲を旋回してナバナフェンリルたちを巻き込んでいく。


「ほう。ヴォルテクスを違和感なく唱えられるようになったか」


 左に高速で回る透明な壁は優雅だがとても強力だ。


「フェンリルは対処できたようですね。先に進みましょう」


「張り切ると魔力が後でもたなくなるぞよ」


「お前たちは……何者なんだ」



  * * *



 ナバナ平原は猛獣の楽園と言われるだけあって、獰猛な獣たちが私たちを捕捉して次々と襲いかかってきた。


 魔法を駆使して彼らを討伐して、やっとグリフォンを見つけた。


「あの小高い丘のそばに二頭のグリフォンがいます。茶色のグリフォンが普通のグリフォンで、もう片方の白い方がカイザーグリフォンですか?」


「そうだ。あの白いやつに何人の冒険者が返り討ちにされたことか。思い返しただけでもぞくぞくするぜ……!」


 ギルドの方が身震いしている。


 グリフォンは予想よりもはるかに大きく、荘厳な雰囲気をまとっていた。


「グリフォンって象のように大きいんですね」


「そうだ。だからドラゴンみたいに強いんだ。あんなのに勝てるやつは勇者くらいしかいないぜ」


 勇者……すごく嫌いな言葉だ。


「ふーむ。じゃがヴェンなら楽勝じゃろう。ほれ、さっさと行くぞよ」


 ユミス様がふよふよと浮いてグリフォンに近づいていった。


「おいっ、お前っ、危ないぞ!」


「あのバカっ」


 グリフォンたちはユミス様に気づいて大きな声を発した。


 巨大な翼を広げてユミス様のそばへ降り立ってくる。


「そなたらにはすまぬが犠牲になってもらうぞよ。愚かな人間たちは後でわらわが叱っておくゆえ」


 グリフォンたちがクチバシで突いてくるが、ユミス様は子どもを相手にするようにあしらっている。


「あのグリフォンが、一人の子どもに遊ばれている……」


「俺たちは……何を見てるんだ」


「お前たちは、本当に何者なんだ……」


 ユミス様は紛れもなく主神ヴァリマテ様からお生まれになった方だ。


 ウォーターガンの魔法を放ってグリフォンたちの注意を向けさせる。


 グリフォンたちが怒り狂って四肢を動かして――


「こっちに来るぞ!」


 象のように巨体でも動きは俊敏だ。


 思わぬ動きに虚を突かれてしまったが、水の盾が強烈な攻撃を防いでくれた。


「防御ならばわらわにまかせておけ」


「ユミス様、ありがとうございます!」


 無敵の盾があればグリフォンでもまったく怖くない。


 彼のふところに飛び込んでウィンドブラストを放った。


「はっ」


 上級魔法ならば猛獣の巨体でも吹き飛ばせるようだ。


 連続で魔法を放って一体のグリフォンを仕留めた。


「残るはカイザーグリフォンのみ」


 カイザーグリフォンは身をわずかに後退させて、全身をぶるぶると振るえさせた。


「何をする気だ」


 カイザーグリフォンが前肢を地面に打ちつけて、口から強風を発生させた。


「ぐわぁ!」


 私の後ろにいた二人のギルメンさんが吹き飛ばされた。


 私は水の盾のお陰でダメージを受けなかったが、身を低くして強風を耐えた。


「多くの冒険者を返り討ちにしただけのことはある」


 だが、私ならばこの難敵を倒すことができる。


 上空に集まる水蒸気を凍らせて、氷の雨をカイザーグリフォンに降らせる。


「アイスニードルかっ。あんなに連続で使用できるとは、ずいぶん達者になったのう」


 氷の刃がカイザーグリフォンの白い身体を鮮血で染め上げる。


 怯んだカイザーグリフォンに接近して、極大のアクアボールを放った。


「すまないが、お前の命を私がもらう!」


 猛獣に引けをとらないほど大きい水の球体がカイザーグリフォンの前ではじけた。


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