第23話 商業都市グーデンへ
馬車の旅は野盗に何度か襲われるも、馬車の積荷を一つも奪われることなく街へゆっくりと進んでいった。
私とユミス様なら野盗を退けるのは簡単だが、関所の存在意義ってなんだろうと思い悩まずにはいられなかった。
そんなこんなで、
「やっとグーデンに到着っすよー!」
三日間の旅の末にグーデンの高い城塞が見えてきた。
「おー、あそこがグーパンチとやらか」
「いや、その間違え方おかしいでしょ」
「うむ? そんなことはないぞよ」
ユミス様がすかさず私の腰をくすぐってくる。
「いたずらで誤魔化しても寒いギャグはなくなりませんよ」
「なにおーっ。ヴェン、最近生意気じゃぞ!」
「冷静に指摘してるだけですっ」
くだらない掛け合いをしている間も馬車は街へと近づいていく。
「お二人とも、お別れなんすね。かなしいっす……」
レトルさんがつぶらな瞳から涙を流して「おーい、おいおい」と泣いてしまった。
「これ。ドグラ族の者よ。泣くでない」
「だってぇ、かなしいっすよー」
「何を言うておるか。これが今生の別れという訳ではあるまい。この狭い世界、いつまたどこで会うか、わかったものではないぞ。その日が来ることを願って、互いの幸福を祈ればよいではないか」
こういうときのユミス様のお言葉は胸にひびくなぁ。
「ユミさんは幼いのに、おばあちゃんみたいなこと言うんすね」
「ほほ。伊達にお主らより年は取っておらぬからな」
メネス様もご高齢だったけど、おばあちゃんぽくなかったけどなぁ。
グーデンの検問は隠れずにしっかりと受けて、家よりも高い城門の入り口を通過した。
城門の先は広場につながっている。
石畳で舗装された地面に、天に向けて水のアーチを描く巨大な噴水。
おしゃれな服装の通行人が行き交って、艶やかさと雑多な雰囲気が絶妙に融合していた。
「ここが、人間の街なんじゃなぁ」
ユミス様も私のとなりで雑多な広場と人々を茫然と眺めていた。
「じゃあ、お二人とはここでお別れっすね」
レトルさんは馬車から降りて荷物の整理をしていた。
「はい。ここまで乗せていただいて、ありがとうございました」
「大儀であったぞ」
「はは。お礼を言いたいのは僕の方っす。しばらくこの街で商売するから、ボディガードやりたくなったらいつでも言うっすよー!」
レトルさんは別れ際にたくさんの果物を渡してくれた。
「あやつ、いいやつじゃったのう。こんなに食べ物をよこしてくるとは」
「そうですけど、ユミス様は食べられませんよね?」
「そんなことはないぞよ。わらわはこれらを信者からのお供物として受け取ればよいのじゃ」
なにっ。そんな曲解ができるのか。
「すごい解釈の仕方ですね」
「ほほ。わらわの分はそなたにはやらぬぞ」
果物を独り占めしようと思ってたのに。
「それで、街に着いたら次はどうするのじゃ?」
「私が前に住んでいた宿を見てみましょう。私の部屋はもう強制退去されてると思いますけど」
以前は西門から少し離れた宿で部屋を借りていた。
「ヴェンが前に住んでた家があるんじゃな。そんな場所にわらわをいきなり連れ込もうとするとは……」
「ただの生活拠点の確認です。それに、前から神殿で一緒に暮らしてたでしょう?」
歪なことを考えはじめるユミス様をあしらって……繁華街は家並みが微妙に変わってる?
しかし、よく通ったパン屋の看板など、見覚えのあるものも残っている。
「それにしても人が多いのう」
「はぐれないように気をつけてください」
繁華街を抜けて西門へと向かう。
貧民街の荒んだ雰囲気は以前からまったく変わっていない。
あばら家が建ち並ぶ貧民街の外れに……あった。二階建ての木造の宿屋だ。
「いらっしゃい」
音が漏れる扉を開けるとすぐにカウンターがあるが、店主が白髪の老人からおじさんに変わってる?
「あの、以前二百三号室に住んでた者なんですが、強制退去されましたかね。ヴェンツェル・フリードハイムと言います」
「強制退去された? すまないが知らないね。けど二百三号室は人が住んでたと思うけど」
おじさんの店主は口を大きく開けてあくびをしている。
「そうですか。あの、前の店主から変わりました?」
「あ? 親父のことを言ってるのか? 親父は半年前に病気でころっと逝っちまったよ」
前の店主は亡くなっちゃったのか。高齢だったもんなぁ。
この宿でまた部屋を借りる気はないから、違う宿を探そう。
「さっきの家には行かなくてよいのか?」
「はい。あそこで借りていた家は私の家じゃなくなってしまいましたので。どうせなら新しい宿を探しましょう」
野盗くらい軽く対処できるようになったんだから、もう少し良い宿に泊まろうかな。
「街の東側が繁華街で買い物しやすいので、東門の近くの宿屋を探しましょう」
「他所に行くんじゃな。好きにしてよいぞ」
人の多い場所にまた戻ってきた。
この街はいろんな露店がひしめくように建っている。
焼き鳥などの料理系の露店が多いが、食器や雑貨を販売するお店もたくさん出店している。
「おお、あの食器かわいいのう。おわっ、あのブローチも素敵じゃて!」
ユミス様、お金ないんですからあんまり商品に興奮しないでください。
「お嬢ちゃん、一人かい?」
「むおっ、お嬢ちゃんというのはわらわのことか?」
「そうだよ。この櫛、キラキラひかっててきれいだろ。お嬢ちゃんにぴったりだろ?」
「おお! ほんとじゃ。お主、なんという目利きの良さ――」
浮かれるユミス様の首根っこをつかんで、そのまま引きずっていこう。
「これっ、ヴェン。何をするのじゃ!」
「何をするのじゃ、はこちらの台詞ですよ。お金ないんですから、あからさまなセールストークに引っかからないでくださいよ」
「セー? 何を言っとるんじゃ、お主はっ。わらわはあのキラキラひかった小道具がほしいのじゃー!」
ユミス様がほんとの子どものように駄々を……こねないでください!
「ほしいのじゃ。ほしいのじゃっ。ほしいのじゃー!」
「ダメです。我慢しなさい!」
まわりの目がえぐいことになっているが、気づかない。気づかない。
公衆の面前で本気の駄々をこねるユミス様を叱りつけて、繁華街から逃げるように立ち去った。




