第22話 関所越えと野盗討伐
ドグラ族のレトルさんとの旅はとても和やかな時間が過ぎていた。
川のそばで野宿をして、二日目も陽が昇りはじめてからのんびりと出発した。
「この先に関所があるっすが、二人は荷台に隠れててほしいっす」
「通行税を免除してもらうんですね。わかりました」
ただでさえ狭い荷台だから、天幕の中に隠れれば守衛に気づかれなそうだ。
「ヴェンよ、通行税とはなんじゃ?」
「関所を通るために王国へ支払うお金ですよ。私たちが関所を通る際に本来ならお金を払わないといけないんですよ」
とはいえ、今回のように通行税をやり過ごすのは冒険者の常套手段だ。
「ん? なぜ、そのようなものをわらわたちが支払わんといけんのじゃ?」
「国の決まりというか、要するに関所の維持費に充てるためですね。王国が関所を建てて、魔物や盗賊から民を守るためにお金が必要ですから」
「ほう、そのようなものが必要なのじゃのう」
レトルさんから指示が飛び、天幕で荷物をすっぽりと隠すようにかぶせた。
天幕の中に身を潜ませるが、天幕ごしに陽が当たるから中は割と明るい……というか暑い。
「わらわも一緒に隠れればよいのか?」
ユミス様が私に覆いかぶさるように潜んで、関所に到着したようだ。
「これはグーデンで商売するためのものでして……」
外からレトルさんの少し上ずった声が聞こえてくる。
「ヴェンよ、本当にこのような方法で人目を欺くことができるのか?」
荷台の床に這いつくばる私にユミス様が乗りかかっている。
ユミス様の柔らかい感触が顔の右側面や右肩に感じられて、少しドキドキする。
「大丈夫ですよ。みんな、こうやって関所を通り抜けてるんですから。静かにしていてください」
「わらわと、こんなに密着したがる、とは……ヴェンも、なかなか……」
変な喘ぎ声をあげないでください!
あとどさくさに紛れて私の身体をまさぐらないでくださいっ。
相手がユミス様とはいえ女性と密着するとやはり興奮……じゃなくて反応に困ってしまう。
「本当に人など乗せていないだろうな?」
外から守衛の低い声が聞こえてくる。
「本当っすよ!」
「一応、決まりだから中を見させてもらうぞ」
天幕が荷台の後ろからがばりと開けられた。
わずかに緊張が走るが、これも関所と行商の通例のやりとりだ。
関所側は建前上、行商が乗る馬車を調べなければならない。
しかし多くの馬車を逐一調べられないため、荷台を少しだけ確認して通行を許可するのが大体のお約束だ。
「怪しいものは積んでいないようだな。よし、通行を許可しよう」
「ありがとうっす!」
天幕に隠れたまましばらく待って、レトルさんから許可をもらってから天幕から顔を出した。
「ぷはぁ! 隠れ続けるのはなかなかしんどかったのう」
「二人とも、もう大丈夫っすよ! 関所は無事に通過しましたから」
「うむ。ドグラ族の者よ、感謝するぞ」
レトルさんが頭を掻いて「いやぁ、それほどでもあるっすけど」と言った。
「ユミス様……じゃなくてユミ、隠れてる間に変なところ触らないでくださいよ。危うくばれるところだったでしょう?」
「おほほほ。不可抗力とはいえ女子の肌に触れたのじゃ。天罰じゃて」
「私の頬や胸を触るのが天罰なんですかっ」
あのタイミングで声を漏らしてたら、やる気のない守衛でもさすがに見逃してもらえなかったぞ。
「ほんと、変わった二人っすねー。正直、兄妹にはまったく見えないっすけど」
「そんなことはないですよ! なあ、ユミ」
「お? おほ。おほほっ。そうじゃて、ドグラ族の者よ。こんなにも純朴なわらわを疑うとは、そなたもなかなか罪な者じゃて」
苦しい弁明をするが、レトルさんが疑いを晴らしてくれる訳もなく。
「冒険者は変わった人が多いから、いいっすけどね――」
前方から数頭の馬が駆けてくる。
「なんだ? 街から来た冒険者か?」
騎乗しているのは、麻の汚い服を見にまとった者たちだ。
栗毛の馬は身体が細く、あまりいい馬とは言えなそうだが……
「どうかしたのか? ヴェン」
「前から騎馬がこちらに向かってきてるなと思いまして」
嫌な予感がする。
「ひゃっはー! 馬車だぁー!」
あの下品な連中は野盗じゃないか!
「うわっ、やばいっす!」
レトルさんに馬車を止めさせる。
野盗に馬車を攻撃させる前に、ユミス様とともに馬車の前に躍り出た。
「ぐっへっへっへ。ご馳走だぜ」
「へっへっへ。今日はかなり運がいいな」
関所を抜けたばかりだというのに、こんなにすぐ野盗に遭遇するかね。
「おい、なんだ? あのおチビちゃんは」
「ガキじゃねぇか」
「あんなんじゃ、どこに行っても売れねぇぞ」
ユミス様を幼女と勘違いして、奴隷商に売る算段を企てていやがるのか。
「とりあえず、馬車のもん盗ってから考えようぜ」
「じゃ、そこのパツキン野郎と御者の犬ころをぶっ殺すぞ!」
野盗どもが汚いよだれを垂らしながら襲いかかってきた。
「あっ、あわわ……」
じゃ、とりあえずウィンドブラストで吹き飛ばして、と。
「ぐわぁ!」
「な、なんだ!?」
悪党でも一応は人間だから、殺すのはまずいかな。
「ユミス様。こいつら殺しちゃってもいいですか?」
「んー、魔物に魂を売ってない者たちなのであれば、殺害はよくないのう。せっかく父上から評価されてるのに、ヴェンの評判が落ちてしまうやもしれん」
知らない間に主神ヴァリマテから評価されてたんだ。
「て、てめぇ……!」
「あ、危ないっす!」
風の魔法ばかり使ってるから、たまには水の魔法も使わないと。
上級のアクアボールは下手すると岩まで砕いちゃうから、
「ぶへっ!」
初級のアクアボールの方がよさそうだ。
「ヴェンよ。アクアボールを出すのが遅いぞ。最近使用してないから、腕が錆びついてしまったのではないか?」
「そうかもしれないですね」
ユミス様は奴らが接近してきたタイミングでアクアガードを発動させて、水の力でうまく吹き飛ばしていた。
アクアガードって、そういう使い方もできるんだ。
「くっ、くそ……!」
「こいつら、なにもんなんだ……!?」
レトルさんにばれないように、穏便に旅行したかったのにな。
「悪いことは言わないから、諦めて帰った方がいいですよ」
「なんだと!?」
「そうじゃ。この近隣で暴れて、弱い者たちにばかり迷惑をかけているお主らと、毎日魔法の修練を行なっておるわらわたちとでは格が違いすぎる。見逃してやるから、さっさとお家へ帰るのじゃ」
ユミス様はいつもの優しいお言葉で諭していたけど、下卑た連中に思いが届く訳もなく、
「るっせぇクソガキ!」
手前の髪を逆立てた男が曲刀でユミス様に襲いかかろうとしたので、エアスラッシュで脅してやった。
上級魔法のエアスラッシュは、鋼鉄の刃を小枝のように切り裂いた。
「う、うそ……っ」
「これ以上暴れるのなら、ほんとに命を奪いますよ」
曲刀の刃が地面に落ちて、やっとわかってくれたようだ。
「い、い、命拾いしたな!」
「今日のところはっ、許してやる!」
馬に飛び乗って颯爽と諦めてくれた。
「す、すごい!」
今度は後ろからレトルさんの奇声が聞こえてきた。
「なんなんすかあなたたちはっ! すごすぎじゃないすかぁ!」
レトルさんが興奮して私に抱きついてくる。
「いやぁ、それほどでも……」
「あるっすよ! こんなに強いお二人を見るのは初めてっす!」
レトルさんが喜んでくれるのはいいんだけど……その、鼻息が、ちょっと荒いんだよね。
「お金払うっすから僕の専属ボディガードになってくださいっす!」
「いや、グーデンに用があるので、そこまでしか同行できませんよ」
「そうっすかー。残念っす」
レトルさんが愕然と膝をついて、わかりやすく落ち込んだ。
「ほほ。ドグラ族よ、落ち込むでない。次の街まではわらわたちがしっかりと守ってやるゆえ」
「やっぱり、只者じゃなかったんすね……」
行商のボディガードで稼ぐのも悪くないかな。




