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第20話 メネス様って意外と

「ふふ。とても可愛らしいお方。ユミスが気に入るのもわかる気がします」


 メネス様の神々しいお言葉に頬がつい熱くなってしまう。


「そうじゃろう、姉上!」


「ふふ。あなたがユミスの貴重な飯づる……ではなくて大切なお方なんですから、これからは――」


 ん? 今、貴重な飯づるって言われたような……。


「ヴェンツェル様。お顔を上げてください。話しづらいですわ」


「は、はいっ」


 顔を上げると……メネス様ってやっぱりめちゃくちゃきれいだ。


 口調もユミス様みたいにおばあちゃん口調じゃないから、ドキドキして直視なんてとてもできない。


「ヴェンツェル様、お聞きください。勇者によって魔王が倒されましたが、少しずつですが世界に異変が起きはじめています」


「はい」


「この森だけが例外的に魔物の侵食を受けていたのではありません。他所の森も魔物が増えはじめ、少しずつですが森の生態系が崩されようとしています。世界の調和が崩されようとしているのです」


 世界に危機が訪れようとしているのか?


「あなた様はユミスの下で修練を重ね、魔物を静められる力を得ました。あなた様のそのお力は貴重です。ゆえにわたくしたちに力を貸していただきたいのです」


「はい」


「神はあなた様を見ています。あなた様のはたらきに応え、さらなる加護を与えんとするでしょう。これからもユミスの導きに従い、世界の調和のためにそのお力を発揮してくださいね」


 私みたいな者が森の女神メネス様から世界を託されるなんて……!


「それと、この森に残ってしまった魔物のことは気にかけないでください」


「残ってしまった……駆除できなかったフライトラップのことでしょうか」


「はい。彼らはわたくしが責任をもって静めますから、安心してください」


「あ、ありがとうございます。し、しかし、よろしいのでしょうか。メネス様の、お手を煩わせてしまって」


 申し訳ない気がして言葉を並べてみたが……メネス様の美しすぎる笑顔が……美しすぎる……


「大丈夫ですよ。森を静めるのはわたくしの使命ですから。あなた様は何もお気になさらずに旅を楽しんでください」


「あ、ありがとうございます!」


 メネス様って、なんて寛大なお方なんだ。


 ユミス様もいいけど、メネス様ってめちゃくちゃ素敵なんじゃ……


「それはいいとして、ユミス。この程度でわたくしに借りを返したと思わないでね?」


 ……え。


「どうしてじゃ。わらわは姉上のために充分はたらいたではないか!」


「充分? あなた、わたくしにいくら貸しがあるか、知らないとは言わせなくてよ」


 なんか、メネス様を覆っていた神々しい気が、黒くなっていくような……


「あなたがこの前に飢えて死にそうだったとき、ごはんを誰よりも多く分け与えてあげたのは、どこ誰だったっけー?」


「そ、それは……」


「ほんの三百年前だって、あなた食べられるものがなくて死にそうだったわよね。そのとき、誰よりも多く恵んでやったのは、どこの誰だったんだっけー?」


「あ、姉上……です」


 メネス様の、圧が……


「ふふ。いい子ね。わたくしはやっぱり兄弟の中であなたが一番好きよ」


「は、はい……」


「じゃ、次もお手伝いよろしくね。もちろん、無償でね。皆から愛されるわたくしは、あなたと違って忙しいんだから」


 前言撤回。やっぱりユミス様の方がいいや……


「ヴェンツェル様」


「はっ、はい!」


「あなたがその気なら、わたくしに鞍替えしていいですからね。いつでも待っていますから」


「姉上っ!」


 メネス様が「うふふ」と高笑い……じゃなかった。飛び切りの笑顔で深緑の彼方へと消えていった。


「ユミス様……」


「わかったじゃろ。姉上の正体が。姉上は外見を取りつくろうのはうまいが、中身は真っ黒なんじゃ」


「はい……夜の闇のように真っ黒で」


 メネス様もユミス様と同じく伝承では美人として描かれることが多いのに……


「言うておくが、姉上に期待などせん方がよいぞ。少しでも気を許すとすぐに弱みをにぎられて、わらわのように――」


 森の奥からすさまじい魔力が発せられてきた!


「ユミス様! もう、このくらいで……」


「ほごっ。おほ、おほほ。姉上は、やっぱり最高じゃのー!」


 神はやっぱり幻想的な存在のままであった方がいいんだなと、つくづく思った。



  * * *



 ラフラ村の方々と別れを告げて、私たちはまた旅路についた。


「あの村の者たちは、なんだかんだ言って良い者たちだったよのう」


 ユミス様は蝶の羽根をつけた妖精のような姿で私のまわりを飛び回っている。


「皆さんがユミス様を信仰するって、別れ際に約束されてたからでしょ。まったく、調子いいんだから」


「おほほほ。信仰はそなたらが摂る食事と同じなのじゃ。食事を摂らねば、やがて死んでしまうじゃろう?」


「そうですけどね。でも、ユミス様は神なんですから、食事を摂らなくても死なないんじゃないんですか?」


 適当に言葉を返すと、ユミス様がまとわりつい――うわ、やめてくれ!


「お主はまだそんなことを抜かすかー!」


「嘘ですごめんなさい!」


 ユミス様が白い煙に包まれて幼女の姿に戻った。


「お主、最近口答えが目立つようになってきたのう」


「それはまあ、一年近く共に過ごしてますからね。気も緩みますよ」


「最初の頃のお主はかわいかったのにのう。わらわの後ろを常に歩いて、それはもう血を分けた弟のように……」


「そんなことしてませんから。話を捏造しないでください」


 ユミス様と遊んでいる場合ではない。


 道ばたの切り株に腰かけて、村長からいただいた地図をポケットから取り出す。


「街は南東の方角にあるようです。歩いたら三日くらいはかかるみたいですけど」


 海が正反対の北西に広がっていることを考えると、ユミス様の神殿があったのはこの近くか。


「ふむふむ。では、わらわとヴェンはどこへ向かえばよいのじゃ?」


「ひとまず街に行きたいですね。ここでは生活の拠点になりませんから」


「拠点とな? 世界をゆるりと旅するのではないのか?」


 ユミス様がとなりで地図を覗き込んでいる。


「旅をするにしてもお金が必要になりますから、一度どこかで腰を落ちつかせるべきだと思います」


「ほう。世界を旅をするためには金が必要なのか。それは知らんかったのう」


 ユミス様は女神だから、こういう浮世離れした言葉がちょいちょい出てくる。もう慣れたけど。


「よくわからぬがヴェンにまかせるぞ」


「では南東の街を目指します」


 街へ向かうためには、南の街道に出なければいけないらしい。


「これから向かう街は、私が以前に暮らしてた街なんです」


「ほうっ、そうなのか!?」


「はい。グーデンといいまして、とても大きな街なんですよ。城塞に囲まれて魔物に襲われませんし、市場も活気があってとても賑やかなんです」


 私が最後にあの街にいてから、どのくらい経つのか。


「よくわからぬが、要するに人間がいっぱい暮らしておるということか!?」


「はいっ。たくさんの人が住んでますよ。神官様も暮らしてますよ」


「ほほう、それは楽しみじゃ!」


 ユミス様は人間が好きなんだな。


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