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第19話 森の女神メネス

 それからも数日にかけてフライトラップを駆除し続けて、五日目にはフライトラップをほとんど見かけなくなった。


「ハイノから聞きました。お約束通りにフライトラップを駆除していただけたようで、誠に感謝いたします!」


 報告のために村長を訪問したが、ハイノさんがすでに報告してくれていたようだった。


「お役に立てて何よりです。ハイノさんたちの案内に従って、フライトラップがよく出没する場所を徹底的に見回りました。フライトラップの生き残りはまだいるかもしれませんが、しばらくは大丈夫でしょう」


「そうですな。あやつらが残っていたら、旅のお方にまた頼めばよいだけですから、何も心配することはありませんな。いやぁ、すごく助かりました!」


 村長が子どものように破顔する。


「フライトラップどもが大人しくなれば森は元に戻っていくだろうし、我々も前の村へ戻れるようになるかもしれません。これもすべて旅のお方のお陰です!」


「やめてください。魔物を何度か討伐しただけですから。あんまり煽てられると調子が狂います」


「はは、いいではないですかっ。旅のお方は真面目ですなぁ」


 村長が「がはは」と笑って私の肩をばしばしと叩いた。


 この人、もっと落ち着いたキャラだと思ってたのに、こんなキャラだったのか……


「こんなに助けていただいたのに、大した報酬も差し上げられないのでは私たちも心が痛みます。ですので、非常にささやかですが今宵に祝賀会を開かせていただきたいのです」

「祝賀会ですか」


「左様です。旅のお方のご活躍と、我らの天敵がいなくなったことを祝して大宴会を行いますっ。どうかご参加ください!」


 多くの人が集まる宴会は苦手なんだけど……断れないよなぁ。


「大宴会? とはなんじゃ?」


 ユミス様が私のとなりで大きな瞳をぱちくりさせている。


「大宴会は、皆で酒を飲んでどんちゃん騒ぐお祭りですぞー!」


「おおっ、お祭りか。それは良いではないか!」


「そうですぞ。大変良いお祭りですぞ! お子様も少しくらい酒を飲んじゃって構いませんぞー!」


 村長のキャラが、どんどん壊れていく……


「そ、村長……」


「さぁ、みんなで祝いましょー!」


「おー!」


 二人とも浮かれ過ぎてる気がするけど……まあ、いいか。



  * * *



 ラフラ村の宴会は中央広場を利用して盛大に開かれた。


 村で貯蔵していた酒を開け、家畜を屠って豪華な料理が並べられた。


「さあ、さあ、ヴェンさん。どんどん食っとくれ。どんどん飲んどくれ!」


「は、はい」


 ハイノさんから並々と注がれたエールを受け取る。


 酒なんて飲むのは何カ月ぶりだろうか。


「ヴェンさんは酒はいける口かい?」


「ええ。毎晩ではないですが、それなりに晩酌はしますから」


「へぇ。まだ若いのに晩酌なんてするんだ。見かけによらず老けてるんだなぁ」


 しまった。四十代のノリで答えてしまった。


「酒が好きなんですよ」


「へぇ、そりゃいいや。おーい、みんなー。ヴェンさん酒好きだってよー!」


 しまった! 余計なことを言って盛大に誤解されてしまった。


「い、いやっ、決してそういうわけじゃ……」


 席を立とうとしたが、私のとなりで不機嫌なオーラを放っているユミス様に気がついた。


「ユミス様、さっきから何してるんです?」


「そなたに悪い虫がつかぬように見張っておるのじゃ」


 私に、悪い虫……?


 ユミス様の視線の先にいたのは、村の女性たち。


 彼女たちは右手に酒の入った器をもって、こちらに来ようか様子を伺っているように見えた。


「あはは。何言ってるんですか。私なんかに悪い虫なんてつくはずが――」


「鼻の下を伸ばすでない!」


 ユミス様が盛大に突っ込むと、宴会場がどっと笑いに包まれた。



  * * *



 村の宴会は和気あいあいと進められた。


 並々と注がれたエールを飲み干すと、すぐにまたエールが並々と注がれて、お腹がふくれるほど酒を飲ませてもらった。


 村の人たちに注目されて最初こそ緊張していたけど、酒がまわるにつれてどうでもよくなってきた。


 気がつけば両手に花の状態で、ハイノさんたちが始めた妙な宴会芸にも参加したりして、宵が更けていくのも忘れていた。


「そういえばユミス様のお姿が見えない。どこに行かれたんだろう」


 ユミス様のことだから心配いらないだろうけど。


「案外、あの見た目の通りに先に寝ちゃってたりして。意外とありえそうだな」


 用を足すついでに宿を見てみよう。


 だが、宿の扉を開けてもユミス様の姿は見当たらない。


 他所の家の邪魔になっているのかもしれないが、どの家も明かりが灯っていなかった。


「どこに行かれたんだ、ユミス様は」


 一抹の不安を感じるが、明日になればひょっこり姿を現すだろう。


 気を取り直して村の外に出ると、森の前にユミス様の後ろ姿があった。


「あ、ユミス様――」


 ユミス様の前に誰かがいる……!?


「おお、ヴェンか」


 振り返ったユミス様のそばにいる人は誰!?


 緑色の光に包まれた女性だった。


 細くて美しい身体に薄い衣を巻いて、草のような緑色の髪を夜風になびかせている。


 妖艶な……いや神々しい気を感じるが……両足が地面から少し離れてる!


「あなたがヴェンツェル様ね。ユミスから聞いているわ」


 村の女性と比べものにならない美人だ。


 珠のような肌は透き通っていて、まるで美術品だ。


「ユミス様、このお方は……」


「ヴェンには何も話しておらんかったな。わらわの姉上じゃ」


 ユミス様の、姉上……?


「お初にお目にかかります。ユミスの姉のメネスです。この世界の森を管理しています」


 森の女神メネス!


「この森で想定外の魔物が発生していたことをユミスから聞きました。そして、あなたがわたくしの代わりに魔物を退け、聖なる森を守ってくれたことも今ここで知りました。あなたの行いはわたくしたち神をいたわる、とても大切なものです。大義でありました」


 メネス様の神々しいお言葉が心の中にまで響き渡る。


「そんな、滅相もありません。私は神に仕える者として当然のことをしただけでございます。お褒めのお言葉、恐縮にございます」


 メネス様を直視することができない。


 私は反射的にひざまづいてしまった。


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