第18話 森の魔物のボスを倒せ
獣たちがいない森は雑草が高く茂る無法地帯と化していた。
草は人間の背丈を超えるほど成長し、進行を困難なものにしていた。
「ここの草は他所よりも育ちが良いのう。育ち過ぎて辟易してしまうくらいじゃ」
私の背中でだらけるユミス様を見て、ハイノさんが苦笑する。
「獣たちがいなくなったせいで、草を処理できなくなっちまったんだ。昔はこうじゃなかったのに」
「じゃから生態系を壊してはいけんのじゃ。人間たちが害獣だと思っている者であっても、自然界になくてはならぬ存在なのじゃ。ゆえに、邪魔じゃからといって無暗に駆除してはならぬのじゃ」
当たり前のように言い捨てるユミス様を、ハイノさんが驚きながら見ていた。
「昨日からずっと思ってたけど、あんたの妹さんってなにもんなんだよ」
「は、はは……」
ユミス様が女神だとばれたら、色々と面倒なことになりそうだ。
道中に現れるフライトラップを駆除しながら、森の中で湧く泉にたどり着いた。
「ここが例の泉ですね」
泉の水面は少し濁っている。
泉の底に落ち葉が堆積していて、人の手が加えられていない場所なのだとわかった。
「今日はフライトラップがいないな。いつもこの辺にわらわらといるんだが」
「急に姿を現すかもしれません。攻撃されないように気をつけてください」
フライトラップがよく出没する場所なのに静かだ。
泉は静寂の中でたたずんでいて、水面も少しも動いていない……いや、かすかに動いている?
「おっ、あそこに可愛い花が咲いておるぞ」
ユミス様がふよふよと花に近づく。
真紅の花びらをつけたそれは日輪のように大きくて、甘い香りもかすかに放っているようだった。
「あの花って、フライトラップが咲かせる花じゃ――」
ユミス様が近づいた瞬間、地面が一瞬で土砂へと変わった。
「ユミス様!」
花が咲いてあった場所は急に爆発して、黒い塊が天を衝くように飛び上がっていた。
「フライトラップだぞー!」
「きゃあ!」
まずい、皆が混乱している。
泉の畔に現れたのは、ひと際大きなフライトラップだ。
全身の色は他の連中と違ってどす黒い紫色。
巨大な口は閉じられているが、節から生えた茎は木の枝のようで、ゆらゆらと上下に動いていた。
「ハイノさん、他の人たちを早く下がらせて!」
「おっ、おう!」
混乱する村人たちも気になるが……ユミス様は無事なの!?
「あの口の中にユミス様が閉じ込められているんじゃ……」
フライトラップが太い茎を伸ばしてきた。
しなやかな鞭のように動いてやわらかい地面を一撃で掘り起こす。
「口がなくても攻撃手段はあるということか」
エアスラッシュを唱えてフライトラップの茎を斬り落とす。
だが、斬られた茎の断面から新しい茎が伸びて、すぐに元の姿に戻ってしまった。
「再生するのか!」
フライトラップの茎が鞭のように襲いかかる。
高速で飛ぶ茎は複雑にしなり、不規則な軌道を描くから厄介だ。
「まずはユミス様を助けなければ」
魔力を集約させて一本の巨大な刃を形成させる。
特大のエアスラッシュを放つが、フライトラップの茎のガードに阻まれてしまった。
「こっちにもフライトラップがいるぞぉ!」
まずいっ。他のやつらも人間の匂いにつられてきてしまった。
フライトラップは何体だっ。
四体……いや、六体もいる……!?
「やれやれ。もう少し、ここで休んでいようと思っておったのじゃが」
私と戦っているフライトラップの親玉が不意に攻撃の手を緩めた。
小屋のように大きな口をもごもごさせて、やがて黒い塊を吐き出した。
これは……鉄の塊?
そう思ったら鉄の塊が白い煙を放ってユミス様の姿に戻った。
「ユミス様っ、無事だったんですね!」
「当たり前じゃ。わらわをなんじゃと思っておる。まぁ、ちょびっとだけ消化されてしもたが」
戦いの最中なのに思わずこけてしまった。
「思わず消化されないでくださいよ」
「わらわのことは気にするでない。それより、あちらの方が一大事じゃ」
ユミス様が指しているのは……ハイノさんたちが危ない!
前門の敵に集中しなければならないのに、後門まで気を配らなければならないなんて。
「あちらはわらわにまかせておけ」
そう言うとユミス様が呪文を唱えて、村人たちに異変が起きた。
「なっ、なんだ!?」
「アクアガードじゃ。各自、そこから一歩も動くでないぞ」
アクアガード! そんな魔法があるのか。
不自然に発生する滝のような障壁に守られた村人たちは、フライトラップたちの攻撃を寄せつけていない。
「さあ、まずはあの親玉を駆除するのじゃ」
ユミス様のお力に感激している場合じゃない。
うろたえるフライトラップに近づいてウィンドブラストを放つ。
吹き飛ばしている最中にエアスラッシュを唱えて、やつの身体を三つに切断した。
「そやつの本体は根じゃ。根をずたずたに引き裂くのじゃ!」
ユミス様の助言に従ってエアスラッシュを連発する。
フライトラップの根を刃で粉砕して止めを刺した。
「こちらのフライトラップも頼むぞ」
他のフライトラップたちは親玉よりも小柄だった。
ウィンドブラストとエアスラッシュを駆使して、すべてのフライトラップを駆除した。
「はぁー、もしかして、駆除が終わった……のか」
ユミス様が水の魔法を解除して、解放されたハイノさんたちがつぶやいた。
「はい。危ない場面に遭遇しましたが、無事に完了です」
「お、おーっ、そうか!」
危うく村人たちの犠牲を出すところだったが、結果的に一人も脱落しなかった。
「今回は無事で済んだが、次回からは村人たちの見学を控えさせた方がよさそうじゃのう」
私のとなりでユミス様が嘆息するけど……全身がフライトラップの粘液でべちょべちょですよ。
「ユミス様もよくご無事でしたね。フライトラップにあんなきれいに丸のみにされたのに」
「おほほほほ。フライトラップが地下に潜んでおったのは知っておったからの。駆除が膠着せんようにあえて近づいてやったまでのこと!」
いやいや。あれ絶対、迂闊に近づいた結果でしょ。
「わらわは女神じゃぞ。神が魔物なんぞに食われるわけがなかろうて」
「そうなんでしょうけどね。でもまぁ、あのまま食われてたら、それはそれで面白かったのかも」
冗談のつもりで言ったら、ユミス様から思いっきり怒られた。




