第17話 ラフラ村のクエスト
村長の家を出ると、ちょっとした人だかりができていた。
「あっ、あの人たちよ!」
「キャー、かわいい!」
村の女子たちが私を見て騒いでいる……
「ふん。どんな野郎かと思ったら」
「まだ若造じゃねえか」
「でも、あの幼女は悪くねぇな」
村の男性たちは私に心を許してくれていないようだが。
「これは……」
「おっと。村の者たちが失礼を」
村長が見かねて村の人たちを遠ざけてくれた。
「申し訳ありません。ここのような辺境では、あなた方のような旅人がとても珍しいのです。許してやってください」
「はあ。大丈夫ですよ」
「そうじゃぞ。ただし、これからは運命の女神ユミスとユリの花を拝むように、村の者たちを諭すのじゃ」
ユミス様、どさくさに紛れて布教活動をしないでください。
ハイノさんから宿を案内されているときも村人たちの視線をすごく感じた。
「なんだか、めちゃくちゃ注目されてますね」
「わらわとヴェンが物珍しいんじゃろう」
旅人の中でもかなり特殊な組み合わせなのだから、珍しがられるのは当然なのかもしれない。
なにせ十代の若い男(精神年齢は四十二歳だが)と幼女(神が変身しているだけ)のパーティなのだから。
「わらわとヴェンであれば、フライトラップなど楽勝であろう。恵まれない者たちに神の恵みを与えるのじゃ」
「恵みと言っても、私があの魔物を駆除するだけですけどね」
案内された宿は、大して使われていない物置小屋の中を多少きれいにしただけの、お世辞にも良いとは言えない部屋であった。
ベッドは一応用意されているけど、木組みの箱に藁が入れられているだけの庶民ベッドだ。
「それにしても植物の魔物をたくさん相手にせねばならぬとは、ちと骨が折れるのう。火の魔法が扱えれば楽に処理できるのであろうが」
「そうですが、森で無暗に火を扱えば、森の広域に被害が及びます。面倒でも一体ずつ処理していくしかないでしょう」
「そうじゃが……お主はそれでよいのか?」
よいのかと聞かれても他の方法は思いつかない。
「かまいませんよ。急ぐ旅じゃないんです。ゆっくりと魔物を処理していきましょう」
魔物よりも気がかりなのはあの悪党どもだ。
「しかし、魔王を倒した勇者ともあろう者が、これほど浅はかな行為に及ぶとはちと信じられんのう」
そんなことはない。浅はかなあいつらなら充分にやるだろう。
「お主、勇者と何か因縁でもあるのか? 先ほど、村長と会話してた最中に顔色が変わっておったが」
「ばれてましたか。顔に出さないようにしてたのに」
ユミス様に勇者どもの話はしていない。
「わらわに仕える神官だというのに、隠し事をするとはけしからんぞ」
「すみません。言いにくかったんです」
「まあよい。そなたと勇者のことを話してみい」
ユミス様ならとっくにご存知だと思っていたけれど……いや、違うな。
単純にやつらのことを口にしたくなかっただけなんだ。
* * *
「そのような酷いことを勇者が行っていたというのか……?」
あの悪党どもの悪行を話し終えると、ユミス様も顔色を一変させていた。
「魔王を倒し、世界に平和をもたらした者たちであるというのに、そのような程度の低い悪事に手を染めるとは……信じられぬ」
「程度は低くありません。善良な領主や民たちを騙しているんですから、立派な犯罪です」
「うむ、そうであるな。誰かが止めねばなるまい」
誰かじゃない。私がやつらに天罰を下すんだ。
「お主がおったあの洞窟に勇者の気配などなかったがのう。そういう事情があったから、お主は上級魔法の習得にこだわっておったのじゃな」
「あの悪党どもに仕返ししたかっただけではないですが、理由の一つになっていたのは確かです」
「やつらのせいでそなたは死にかけたのじゃ。恨みを抱くのは無理もない。じゃが、復讐や仕返しに囚われるのはよくないぞ。過剰な恨みや殺意はどす黒い悪意となって、そなたの心と身体を蝕むのじゃ」
ユミス様の神様らしいお言葉に胸が引き締まる思いがした。
「わかっています」
「お主には道を踏み外してほしくないのう」
「私のことはいいんです。話を戻しますが、あの悪党どもであれば、この村にいたずらを仕掛けることなど容易に想像できます。きっと自分たちでも手に負えなくなってしまったから、今の状態に陥ってしまったのでしょう」
「その者たちが安易に森の生態系を変えようとした結果、森の獣たちは姿を消し、さらにこの村の者たちまで以前の住み家を追われてしまったということじゃな。酷い話じゃ」
聞けば聞くほどやつらの悪事が浮き彫りになってくる。
「原因と理由はわかった。では、どのように対処する? 狂暴化してしまったフライトラップたちが現れる地点に赴いて、一本ずつ駆除していくのか?」
「今のところ、それしか方法はないと思います。効率はよくありませんが、確実に対処できるかと」
「体力勝負ということじゃな。致し方あるまい。特段、急ぐ旅ではないのじゃから、のんびり進めていくことにするかの」
「フライトラップの駆除は私の担当です。ユミス様には支援をお願いします」
* * *
次の日からさっそくフライトラップの駆除作戦が開始された。
フライトラップが出没する三つの地点を教えてもらい、一つずつ巡回してフライトラップたちを駆除していく。
「俺たちは道案内しかできないから、フライトラップが出たらあんたらで対処してくれよ」
ハイノさんが昨日のように弓矢を肩にかけながら言った。
「まかせてください。それより、思ってたより随伴者が多いみたいですけど……」
道案内は二、三名いれば充分なのだが、十名は優に超えている。
女性たちの姿もちらほら確認できるみたいだけど……
「あははは。俺があんたらの武勇伝を語ったら、皆が興味をもってしまってな。悪いが同行を許してやってくれ」
「要するにあなたが私たちのことを言いふらしたんじゃないですか! やめてくださいよっ」
「すまん、すまん。いやぁ、あんたらの手際があまりにも鮮やかだったもんでなぁ」
あっはっはっはと大笑いするハイノさんって、割とお調子者……?
ため息をついていると、私の肩を叩く人が……って、やっぱりユミス様ですか。
「うふふ。ヴェンよ。これはチャンスじゃ」
「……この駆除活動でユミス様の名を広めて、たくさんの信仰をゲットしようっていうんじゃないでしょうね」
「わかっておるなら話は早い。往くぞ、ヴェン!」
皆さん、本来の目的を忘れないでくださいよ……
以前の村はフライトラップをあらかた駆除したので、森の奥に広がる泉を目指して移動する。
「フライトラップは植物だから、水を好むみたいなんだ。だから、泉の近くで襲われることが多いんだよ」
「そうですか。しかし、フライトラップは本来、虫を捕食している植物でしょう。それなら小さい虫が沸く場所に集まりやすいのではないのですか?」
「それが違うみたいなんだ。フライトラップが虫を食べるのはついでというか、メインの食事は他の植物と同じで光と水――」
駆除パーティの後方から悲鳴が聞こえたぞ!
「ヴェン!」
「わかってますっ」
フライトラップが人間の匂いを嗅ぎつけてきたか。
森の小道のど真ん中に巨大なフライトラップが屹立している。
村人はまだ一人も食べられていない。
「フライトラップから早く離れて!」
指示しながら初級のエアスラッシュの呪文を心に念じる。
右手を突き出して真空の刃が発生し、フライトラップの太い茎を斬り落とした。
「おおっ」
「すげえ!」
初級のエアスラッシュではフライトラップの中心部を切断できない。
敵が怯んでいる隙に接近して上級のウィンドブラストを唱えた。
フライトラップを遠くへ吹き飛ばして、村人たちの被害は食い止められたようだ。




