第142話 目的達成! そして新たなる旅へ
ユミス様とペルクナスの戦いもやがて終わりを迎えた。
ペルクナスは力でこそ勝っていたが、数の不利を悟って逃亡したようであった。
メヒティナを捕縛して、私たちはウシンシュ様をディートリヒと再会させるべくフェルドベルクの砦に戻った。
しかし、ディートリヒの姿は地下牢になかった。
「ディートリヒに逃げられてしまったんですか!?」
テレザさんと面会してその報告を聞いた。
「すまない。きみたちが命を懸けてくれたというのに、騎士にあるまじき失態だ」
「いったい何があったんですか。砦も随分と破壊されているようですし」
王城のように頑強な城壁や建物が、まるで天災に遭ったかのように破壊されていた。
幸いにも命を落とした人はいないようだが、砦としての機能は失われてしまったらしい。
「それが、わたしたちにもよくわからないのだ。黒い雷のようなものに突然襲われて、我々は成すすべなく奴らをとり逃がしてしまったのだ」
黒い雷……!
「ユミス様。もしや……」
「ペルクナスの仕業じゃろうな」
ユミス様も眉尻を落とされていた。
「あやつめ。わらわたちがいない隙を狙ったのかもしれぬ。なんとも抜け目のない者じゃ」
「奴と会ったとき、そんな素振りを少しも見せなかった。奴が厄介なのは力の強さだけではないのか」
あの邪神はあらゆる場面で私たちと敵対するのか。
「ペル……? それは何者だ?」
テレザさんに伝えたら状況が複雑になってしまいそうだ。
「私たちもよくわかりませんが、おそらく神の意志のようなものです。神の中には人間同士の諍いを好む輩がいるようなのです」
「そうなのか。やっとディートリヒを捕まえてフェルドベルクが平和になると思っていたのに……口惜しいな。王や犠牲になった者たちになんと申し開きをすればよいものか」
ディートリヒを逃がしたと知られればテレザさんたちは厳罰に処されてしまうかもしれない。
「ディートリヒに運悪く逃げられてしまっただけですから、仕方ありません。逃げた者はまた捕まえればいいんです」
「そうだろうか」
「そうだよ! あたしたちがまたあいつを捕まえてやっからさ。おねえさんはメトラッハでしばらく休みなよ!」
マルがかたくにぎった拳を見せてくれた。
「きみたちはまだ我々に協力してくれるか」
「もちろんです。これからも力を合わせていきましょう」
ディートリヒには逃げられてしまったが、メトラッハの騎士団と強いつながりができた。
黒十字団は事実上壊滅したのと同義だし、幹部のメヒティナも捕まえることができた。
充分な戦果ではなかろうか。
「では、きみたちの言葉に甘えさせていただこう。長い戦いであったから兵を引き上げて都へ帰ろうと思う。きみたちも王に会ってもらいたいから、わたしと一緒に来てほしい」
「は、はいっ」
フェルドベルクの国王と面会!?
「きみたちは他所から訪れた冒険者でありながら、我が国に多大な貢献をしてくれた。陛下もきみたちと会いたいとおっしゃっているから、どうかわたしの言葉に従ってほしい」
「わたしたちなんかが陛下と面会してもよろしいのでしょうか」
アルマも不安げな表情を向けていたが、テレザさんは声を出して笑うだけだった。
「もちろんだ。きみたちの武勇を疑う者は誰一人としていない。陛下は格式にこだわる方ではあるが、我が国に貢献した者を粗雑に扱ったりしない。むしろ陛下がきみたちに会いたいとおっしゃっているのだ」
「そ、そうなんですか……」
「なんか、すごい話になっちゃったね!」
マルは呑気に笑っていた。
「承知しました。フェルドベルクのフェルンバッハ十一世様に拝謁させていただきます」
「陛下のお名前までちゃんと覚えているとは、きみもなかなか抜け目のない男だな」
テレザさんがまた頬をゆるめた。
* * *
フェルドベルクの王城はメトラッハの中心に建設されている。
城のまわりは優雅な庭園が広がり、色とりどりの花と小動物が暮らす楽園のようであった。
「ここがフェルドベルクのお城なんだ」
「高い塀に囲まれてるから、一般市民は外から見ることもできないもんね」
私たちが足を踏み入れることすらできない聖域に私たちは入っているんだ。
「マルもアルマも怯えなくてよい。人間たちが築くものなどたかが知れておる」
「そりゃあ、ユミちゃんはそう思うだろうけどさ」
「ユミス様はもっと崇高な存在ですもんね」
私もユミス様みたいに図太くなりたい。
「ユミス、僕も一緒に行ってもいいのかな?」
光そのもののウシンシュ様はユミス様の近くを浮遊している。
「もちろんじゃ。じゃが、人間界で正体を迂闊にばらせば無用な混乱を生むじゃろう。わらわの後ろに隠れておるのじゃ」
テレザさんに案内されてメトラッハの城へと入った。
一階のロビーだけで街の広場よりも広い!
鏡のような床には赤いじゅうたんが敷かれて、埃ひとつすら落ちていなかった。
「城なんて初めて入った。すごいな……」
「陛下は王の間で既にお待ちだ。背筋を伸ばして堂々と面会するのだぞ」
そんなこと言われても不安な気持ちは隠せないよ。
衛兵に守られた黄金の回廊を通り、階段の先まで敷かれたじゅうたんの上を歩いていくと終点にひとりの男性が座っていた。
白いヒゲを生やし、金銀で全身を装飾しているこのお方がフェルドベルクの現国王――フェルンバッハ十一世だ。
「陛下。ご要望にお応えし、モレン平原の戦いで多大な功績を残した四名の冒険者をお連れしました」
「うむ。ご苦労であった」
陛下が黄金の儀仗をとって立ち上がった。
「お前たちのはたらきは騎士団から聞き及んでいる。窮地にあった我らの騎士団を助け、厳しい戦いを見事勝利に導いたそうではないか。兵たちも皆、そなたらのはたらきに感涙していた聞いている。大義であった!」
陛下はご高齢だが、強い言葉で私たちをねぎらってくれた。
「そなたたちは街で此度の依頼を受けて黒十字団の討伐に参加したようだが、私からも心ばかりの礼をさせていただきたい。それでよいな?」
「は。仰せのままに……」
陛下からも礼をいただける!?
もしかして、とんでもない報酬がいただけるのではないか。
「きみたちは皆、若いな。こうして見ると、あの悪しき者たちを倒した者たちには見えぬ。だが、その若い身体のうちに強靭な力と精神を備えているのだろう。街の冒険者も昔と比べて随分たくましくなった。ディートリヒとその一派はやがて息を吹き返し、我々にまた刃を向けてくるだろう。そのときはどうか、またきみたちの貴重な力を貸していただきたい。きみたちの多幸と今後のはたらきを期待しておるぞ!」
陛下の堂々たる姿が目に焼き付いた。
* * *
「あのろくでなしをすぐに探しに行きたかったのに、また待機させられることになっちゃったね」
陛下との緊張感のある面会を終えて、私たちは城内の客室にしばらく宿泊させていただく手筈となった。
陛下からいただく報酬の準備をするためにしばらく滞在してもらいたいようだが、それはどうやら表向きな理由らしく、本音は陛下が私たちともっと話をしたいだけのようだった。
「仕方ないよ。陛下に気に入っていただけたんだから、無下にはできないもん」
「そうだけどさ。こんな非現実的な場所にいると落ち着かないんだよね」
マルは椅子に座らず、窓のそばに立ってずっと庭園を眺めていた。
「その気持ちはわかるな。私もできれば、このまま遠くへ飛び去ってしまいたい」
「なら、鳥になってここから逃げるかの?」
私に悪知恵を授けようとしたのはユミス様だ。
「やめてくださいよ。そんなことをしたら私たちが今度は反逆者として王国からつけ狙われますよ」
「ほほ。神の力をもってすれば、人間の国の力など一捻りじゃ。ヴェンもそれはよくわかっているであろう?」
そうだとは思うけど、無用な混乱や争いは生みたくない。
「陛下とお近づきになれる機会なんてそうある訳じゃないんだから、腹を括ってお付き合いしようじゃないか」
「あたしはこういうの苦手だなぁ」
マルが窓の前でぐったりした。
「ここを出たら、次はどうするの?」
アルマが紅茶を一服しながら私に聞いた。
「そうだな。ディートリヒを探すのが最優先だろうな」
ウシンシュ様の表情はいまいち読み取れないが、私ときっと同じ気持ちだろう。
「そうだよね」
「陛下もおっしゃってたが、ディートリヒはどこかで潜伏して再起を図るはずだ。それを止めないとな」
マルが窓の前で肩を竦めた。
「ほんと、しょうもない奴だよね。あいつ」
「ディートリヒはいい人だよ! すぐにまた気持ちを入れ替えてくれるから……」
ウシンシュ様はこんな状態になってもディートリヒを信じてるんだな。
「そんなことないと思うけどねぇ」
「おねえさんはディートリヒと同じ気をもってるね。ディートリヒと仲良くしてあげてよ!」
ウシンシュ様の世話はマルにまかせるか。
話を元に戻そう。
「ディートリヒをストイックに探すだけじゃなくて、他のこともしたいな」
「他のこと?」
「うーん。たとえば他所の土地に行ったり、まったく別のクエストを受けるとか、そういうのかな。錬金にまたチャレンジしてみるのも面白いんじゃない?」
「そうだね! グーデンでまた錬金を勉強したいね」
グーデンの錬金術師といえばパウリーネさんはお元気だろうか。
「太陽神殿のフリーゼさんにも挨拶しようか」
「そうだね。ディートリヒさんのこととか、話さないといけないことがたくさんあるもんね」
私たちの冒険の目標はまだまだたくさんある。
「ヴェンよ、そろそろわらわの神殿の手入れもしてくれぬか?」
「ユミス様の神殿ですか? 雑草がかなり伸びてます?」
「伸びてるという度合いではないぞ。もうぼうぼうの密林状態じゃ!」
ユミス様の神殿って、ここからかなり遠いぞ……
「ユミちゃんの神殿なんてあるの!?」
「当然じゃ! わらわを誰じゃと心得る!?」
「はは。ユミちゃんをいつも見てると、なんだか神様らしさを感じなくなっちゃうからさ。意外だなぁって思っただけ!」
ユミス様は威厳がまったくないからな……
「くお……っ。何千年も生きてる神じゃというのに……」
「親しみやすさと愛くるしさがユミちゃんのいいところだから」
とりあえずいくつかの旅の目的が決まったな。
「これからもずっと旅を続けていきたいから、これからもよろしく頼む!」




