第141話 邪神に魅入られし者たちとの決別
「一度ならず二度までも我が覇道の邪魔をするつもりか」
今日のペルクナスは悪魔然とした姿で私たちを見下ろしている。
「わらわたちはお主と決して相容れぬ。何度でもそなたの破壊活動を阻止するぞ」
ユミス様も私たちの前に出てペルクナスと相対した。
「弱い神の分際で我に抗うか」
「お主より弱かろうと、守るべき者たちのために戦う」
かつてないほどの緊張感が襲いかかってくる。
アルマとマルも固唾を呑んで見守っていた。
「すぐにユミス様を援護できるように準備しておくんだ」
乾いた喉で言葉を発したけど、二人には伝わったようだ。
「よかろう。ならば、我自らの手でお前たちを灰に変えてやろう」
ペルクナスがついに傲慢な決断を下した――
「待てっ、ペルクナス!」
黒十字団のアジトから子どもの透き通った声が聞こえてきた。
リンゴくらいの光の玉がふよふよと現れて、私たちとペルクナスを挟み込んだ。
「ウシンシュ!」
あの光の精霊みたいな神様がウシンシュ様!?
「ユミス! きみが来てくれたんだねっ」
「ずっと探しておったのじゃぞ。他の姉様も心配しておるというのに、そなたは……」
ウシンシュ様に強い力は感じられないが、命に別状はないようだ。
ペルクナスがウシンシュ様を睨んだ。
「光の神め。闇の檻に閉じ込めていたはずなのに、どうやって外に出てきた」
「僕はいつでも外に出られたんだよ。だけど、ディートリヒのそばにいたかったから、外に出ないでずっと待っていたんだよ」
神は気に入った人間から離れないという話は本当だったのか。
「僕ひとりではあなたの力を抑えることはできない。だけど、ユミスがいるなら話は別さ。もう、あなたの好きにはさせない!」
「よかろう。ならば、神同士の決着をこの空でつけてやろう」
ペルクナスとウシンシュ様がふいと姿を決してしまった。
「ヴェンよ。わらわもウシンシュの加勢をしなければならなくなった。後のことは頼むぞ」
ユミス様はその言葉だけを残して姿を決してしまった。
「後のことって言ったって……」
「メヒティナさんと戦えってこと?」
メヒティナは杖を構えて泰然と立ち尽くしている。
『ここに闇に染まった者がいる。その者に我の代わりをさせることにしよう』
ペルクナスの声が耳の中から聞こえてくる!
「なにっ、さっきの!?」
「たぶんペルクナスの声だよ!」
メヒティナの白い肌が少しずつ黒くなっていく。
白目もだんだんと黒く濁りはじめて、悪魔のような姿に変貌していた。
「もしかして、またゲルルフのように……!?」
「えっ、何っ。どういうこと!?」
表情のないメヒティナはペルクナスの力を受け入れている。
彼女のまわりを黒い力が覆っているように感じた。
「ゲルルフのあの戦いの再来だっ。いくぞ!」
闇に染まったメヒティナが魔法を放ってきた。
紅蓮の炎が太い鞭のように伸びる。
「あの人は火の魔法を使う人なの!?」
左右に跳んで炎をよける。
炎が背後の岩にぶつかり、岩を軽々と溶かした。
「すごい火力。あんなの、真正面から受けたら即刻アウトだよっ」
マルとアルマは無事か。
「アルマ、奴の魔法を盾で受け止めようとするな。溶かされるぞ!」
「うんっ。わかった!」
アルマが盾を放り投げた。
「あたしたちもいくよ!」
マルが炎を拳にまとわせる。
殴りかかるがメヒティナは後退してマルの攻撃をかわす。
「多数で攻撃するのは嫌だけど、あなたの暴走を止めるためにっ」
アルマもランスを向けてメヒティナに襲いかかる。
なかなか息の合った波状攻撃なのだが……さすがは元勇者パーティの一員。
戦局を読み取って防御に徹している。
ペルクナスに支配されているがゲルルフと違って意思を保っている姿も見事と言う他ない。
メヒティナが二人と距離をとって杖の石突きを地面に突き刺した。
轟音とともに地面が割れて二人の足場を崩した。
「きゃっ!」
「うそっ」
二人がその場で転倒した隙をうかがったのか、メヒティナが次の魔法を唱えはじめた。
「させるか!」
私は即座に風の魔法を放って彼女を妨害した。
マジックプリズンを使えば彼女を無力化できるのではないか?
試してみる価値はある。
アルマとマルがメヒティナの注意を引きつけてくれている合間に後ろへまわり込んで私は魔法を使った。
薄い紫色の格子が出現して彼女を閉じ込める。
「やったか!?」
しかし魔法の監獄は突然、音を立てて崩れた。
「ヴェンツェルの魔法封じが利かない!?」
ペルクナスの力でもはたらいているのか?
メヒティナから三つの火の玉を放たれて、私は危うく火だるまになりかけた。
メヒティナをどうやって倒す?
防御をかためて時間切れを狙うか?
三対一で戦ってるんだ。
相手がいくら闇の力で強化されているからといって、力押しで攻めても勝てないのか?
「いや、倒す方法は必ずある。考えるんだ」
彼女は身体の細い女性だ。
アルマとマルの攻撃を受けないように立ちまわっている。
強力な物理攻撃をぶつければ昏睡させることができるのではないか?
「マル! ちょっと来てくれっ」
私が叫ぶとマルが険しい顔を向けながら来てくれた。
「何? 今忙しいんだけど」
「私がアルマといっしょに奴の注意を引きつけるから、マルは一瞬の隙をうかがってくれ」
「あたしにその辺に隠れてろって言いたいの? いいけど、二人で平気?」
「まかせとけ。私たちだってたくさんの戦いを乗り越えてる」
アルマの悲鳴が聞こえてきた。
「頼んだぞ!」
アルマは火の魔法をよけきれずに転倒していた。
「させるか!」
アクアボールをぶつけてメヒティナを牽制する。
彼女もおそらく魔法防御を高める魔法を使用している。
魔法の攻撃では致命傷を与えることができないだろう。
マジックシールドを自分にかけて突撃だ。
「メヒティナ、私を攻撃してこい!」
氷の魔法でメヒティナの注意を引きつける。
上級魔法のウォーターガンを放っても闇の障壁に阻まれてしまう。
「やっぱり魔法は利かないか。さすが元勇者パーティの一員」
メヒティナが魔法を唱えて炎の壁を出現させた。
首をかたむけるほど高い紅蓮の壁だ。
「これ……」
「アルマは私の後ろに隠れてるんだ」
炎の壁が轟然と音を上げながら、ゆっくりと眼前に迫ってくる。
マジックシールドだけでは不安が残る。
アクアガードを唱えて防御をかため、さらにヴォルテクスの魔法で大きな水の流れを発生させた。
迫り来る炎と滝のような水の膜がぶつかる。
爆発するような音が鳴り響くが炎の壁を弱めることしかできなかったか。
「炎が迫ってくる……っ」
私の魔力がメヒティナの魔力に大きく劣っていれば、たとえ魔法で防御をかためたところで太刀打ちできないだろう。
灼熱の炎によって全身を溶かされて、アルマとともにこの世界から消滅してしまうのだ。
「元はといえば亡くなっていたはずの命だ。ここで死んでも悔いはない……っ」
いや、悔いは残るが……もはや逃げられない位置にまで炎が迫っていた。
「ヴェンツェル……っ」
「頼むっ、どうか耐えてくれ……」
私はアルマに抱きしめながら目をつむるしかなかった。
真っ暗闇と化した世界で炎の通りすぎる音だけが響きわたる。
どのような命も燃やし尽くす、巨大な魔物のような炎だ。
岩すら一瞬で溶かしてしまう火力なのだから、きっと苦しみを感じる間もなく息絶えてしまうだろう。
暗闇の世界に入り込んで、どのくらいの時間が経過したのだろう。
私の思考と意識は途絶えることなく続いている。
私は生きている?
私の魔力がメヒティナの魔力に打ち勝ったのか?
おそるおそる目を開いた。
あたりの木々が燃え、地面も真っ黒に変色していたが、私は無事だった。
無事どころか衣服すら燃えていない。
私を後ろから抱きついていたアルマも無事だ。
気を失っているが、どこも火傷をしていない。
煤のようなもので白い頬や額がわずかに汚れているだけだ。
何が起きてるんだ。
気を取り直してメヒティナの所在を探した。
黒十字団のアジトの前を陣取っていた彼女の姿がない。
違う。彼女は地面に倒れているんだ。
その彼女の前で立ちつくしていたのはマルだった。
「マルが、やってくれたのか」
マルはしばらく肩で息をしていたが、やがて私に拳を突き出してくれた。
「そういう作戦だったでしょ」




