第140話 最後に立ちはだかる者
ディートリヒの他にアジトを守護する者がいたか。
「メヒ……なんとかっていう人がまだ残ってるんだ。あのろくでなしを倒したから、後はもう楽勝だと思ってたのに」
グレルマンから教わった道を頼りにディートリヒのアジトへと進んでいく。
「メヒティルデさんだよ。前にディートリヒと会ったときに見たことある」
「へぇ、そうなんだ。どんな人?」
「どんな……? うーん。黒いローブを着てる女の人で、一言もしゃべらなかったから、性格まではわからないかな」
アルマは人の名前をよく覚えてるな。
「一言もしゃべらないぃ……? うわぁ、もしかして超根暗な人? あたしの苦手なタイプかも」
「うふふ。マルとは正反対の人かもしれないね。ヴェンツェルみたいな魔道師タイプだったし」
「うわぁ、そうなんだ。口の悪い神様といい、あのろくでなしの周りってろくな奴がいないね」
それはさすがに酷評しすぎじゃないか……と思ったけど、邪神カルタは間違いなくろくな奴じゃないか。
「そうじゃぞ、マルよ。カルタは憑りついた者を徹底的に不幸にするからの。あやつに決して心を許してはいかぬぞ」
「ええっ。憑りついた人を徹底的に不幸にするの!? なんだか貧乏神みたい……」
「貧乏神! そうじゃ。あやつは貧乏神じゃ! 堕落の神とかすかした名を申しておるが、あやつはただの貧乏神じゃっ。根っからのしょうもない神なのじゃ!」
ユミス様の私情の入り様にマルもかなり引いていた。
それにしても、メヒティルデか。
似たような名前を別の場所で聞いたことがあるような気がするが……
「ヴェンツェル、ちょっとだけ、いい?」
後ろで騒ぐマルとユミス様を放って、アルマからそう問われた。
「いいよ。メヒティルデのことか?」
「うん。ヴェンツェルももう気づいてるかもしれないけど、メヒティルデさんってディートリヒさんといっしょに魔王を倒した人なんじゃないかなって」
そうかっ。メトラッハでディートリヒを調べたときに聞いたんだ!
「魔道師メヒティナ! かつての勇者パーティのメンバーで唯一、消息が途絶えた人かっ」
「うん。名前といい、魔道師なのといい、一致すると思うんだ」
「そうだな……いや、もうそれで間違いないと思う」
ディートリヒをやっと倒したのに、こんなところに強力な伏兵が潜んでいたのか。
「ディートリヒさんやフリーゼ様と同じくらい強い人だと思うから、強い人だよね、きっと」
「そうだな。実はそんなに強くない人であってほしいが……」
「あの湖で水竜と戦ったときも、あの人は強力な魔法を使ってた。きつい戦いになるかもしれないけど、わたしたちだけでがんばるしかないんだよね」
この険しい山道のような戦いがまだ待ち受けているか。
* * *
ディートリヒのアジトは高くそびえる岩山の中にあった。
城や塔よりも大きい岩の隙間にできた洞窟の中を生活拠点として利用しているのか。
「わかりやすく黒十字団の旗が立ってるね」
「そうじゃの。わらわの同胞の気配も感じるの」
ユミス様の同胞……ウシンシュ様があそこの中にいるのか。
「やっとここまで来たんですね」
「そうじゃな。ウシンシュは力を弱めておるが、どうやら無事のようじゃ」
「そんなことがわかるんですか?」
「当然じゃ。わらわたちは神の気配を察知することができる。神が放つ力は独特じゃからの。目で見るよりも正確に相手を見きわめることができるのじゃ」
神様の感覚はやはり人間と違う。
「あっ、敵が出てきたよ!」
洞窟の上は城壁の回廊のように登れるようだ。
洞窟の上に隠れていた黒十字団の者たちが矢を放ってきた。
「みんな。わたしの後ろに隠れて!」
矢が雨のように降り注ぐ。
ユミス様がアローガードの魔法を唱えて魔法の壁をつくり上げてくれた。
「こんなに矢を浴びせられたら迂闊に近づけないね」
「それなら魔法で奴らを挫くか」
水と風を融合させて雷の魔法を唱える。
「雷を直接ぶつけたら命を無駄に失いかねない。あの岩壁を破壊すればいいか」
魔力を送り、極大な紫電を奴らのアジトに落とした。
「うわぁ!」
かたい岩が強烈な力で破壊される。
岩の壁に穴が開き、ちいさくなった岩の破片が四散した。
「ヴェン。やるぅ!」
黒十字団の者たちは落雷の衝撃で弾き飛ばされた。
「あそこから落ちた者は何人か犠牲になってしまったかもしれないが、許してくれ」
雷の落ちた地点から離れていた者たちは無事であったが、戦う意思のある者はひとりもいないようであった。
「皆さん、大人しくなったね」
「じゃ、光の神様を早く出してもらいましょ」
半壊したアジトの入り口から誰かが出てくる。
影のようなローブと三角帽子を身につけたこの人はメヒティルデだ。
「やっと出てきたな。メヒティルデ……いや、あなたの本名は元勇者パーティの女魔道師メヒティナか」
彼女は敵を目の前にしているのに冷たい表情ひとつ変えない。
「あなたたちが王国の尖兵?」
「そうだ。王国軍に所属していたが、私たちがここまで来た理由はウシンシュ様を解放してもらうためだ」
この人もひとりだと口を開くんだな。
「私たちはあなたがたに特別な恨みがある訳ではないから、あなたがた全員を抹殺しようなどと考えてはいない。ディートリヒに囚われているウシンシュ様を解放さえしてくれれば、すぐにここから立ち去ろう」
黒十字団の対処は王国にまかせておけばいい。
「こちらの要求は伝えた。次はあなたの返答をいただきたい」
メヒティナは手にしている銀の杖すら動かそうとしない。
ほとんど瞬きをせずに私たちを見つめているだけであった。
「ディートリヒを捕まえたのは、あなた?」
「そうだ。奴はフェルドベルクの砦に拘束されている」
またもや沈黙が続く。
「いいから早く光の神様を出してよ」
マルが堪えきれずに急かしたが、メヒティナの白い表情は少しも変わらなかった。
その彼女が突然、ゆらゆらと横に動きはじめた。
「なに?」
まるで私たちと彼女の間で炎が立ち込めているような、この状態は――
「まずいっ。奴が現れるぞ!」
ユミス様が突然さけんで、私たちを光の障壁で包み込んだ。
その直後、黒い柱のような強い力が降り注ぎ、あたりの地面を軽々と破壊した。
「なにこれ!」
「もしかしてっ」
ペルクナスか!
息苦しいガスのようなものが急に立ち込めて、私たちの全身を猛毒で侵そうとする。
立ちつくしているメヒティナの頭上がぐにゃりと歪んで、やがて黒い渦へと変貌した。
「こんなときに現れるとは……っ」
黒い渦から蛇のような存在がにょきっと伸びる。
漆黒の蛇はすぐに身体を膨張させて、皮膜で形成された二枚の翼をばさりと生やした。
「見つけたぞ。享楽者ユミスと奴に従いし愚か者どもめ」




