第14話 ユミス神殿を発つ
陽がのぼり、半年以上も滞在したユミス様の神殿を後にした。
「ここともいよいよお別れじゃな。わらわたちに何が待ち受けておるのか、今から楽しみじゃのう」
備蓄していた干し肉などの保存食をまとめて旅路に出る。
飲み水は魔法で召喚できるから、旅の途中で喉が渇くことはないだろう。
「ユミス様はいいですね。旅の用意がいらなくて。私ばっかり荷造りしてますよ」
「ほほ。失敬な。わらわだって荷造りくらいしておるわ」
「その割には手ぶらじゃないですか……」
ユミス様が私の背中にくっついて、「にゃはは」と笑った。
「細かいことはいちいち気にするでない。お主の悪い癖ぞよ」
「細かいというのは否定しませんが……」
「せっかくの旅立ちなんじゃ。もっと楽しもうではないか!」
私がネガティブなのか。ユミス様がポジティブなのか。
「こういうとき、人間界ではどのような表現をするんじゃ?」
「こういうとき? 暗い気分とかのことですか? ネガティブとかポジティブとかって表現しますかね」
「ほう。そういう言い方をするんじゃな」
「ネガとかポジって略したりしますね。超ネガだよこいつ~、みたいな感じで」
「ほほう。それは面白いのう!」
ユミス様は人間界の言葉が好きだ。
この長い期間でどのくらいの言葉を教えたことか……
「では『超ネガだよこいつ~』みたいな感じで旅をするかの!」
「今の場合は『超ポジ』の方ですって。超ポジって、こんな言い方したっけ?」
* * *
ユミス様とのんびり会話しながら歩いていたけど、木々が鬱蒼としげる景色から一向に変化がない。
森からすぐに出られるだろうと思っていたけど、いくら歩いても森は深まるばかりで出口が見つかる気配はなかった。
「ユミス様……」
「うむ? どうかしたのか?」
「嫌な予感がするのですが……私たち、このままだと森から出られないかもしれません」
地図も持たずに旅をしてるんだから、当然の結果ではあるけれども。
「うむ? なら、どうなるのじゃ?」
「最悪、森から出られずに遭難するかと」
「そうなん? そうなんか?」
私は思わずずっこけてしまった。
「こんなときにダジャレなんて言わないでください!」
「おほほほ。何をムキになっておるのじゃ、ヴェンは。いつもそんなに怒っていたら、きれいな顔が台無しじゃぞ。人間の女も寄り付かなくなるじゃろうて」
「人間の女はとりあえず気にしないでいいですよ。真面目に対策を講じないとほんとに森から出られなくなりますよ」
「そんなこと言われてものう。わらわは地図が読めんし、今の場所もよくわからんから、ヴェンがなんとかしてくれるしか方法はないぞよ?」
女神なのに地図が読めない人間の女みたいなこと言うんだ。地図もってないけど。
「そんなにくよくよするでない。どんな場所にも必ず道はある。陸続きであるのだから、どこかへ必ずつながっておるのじゃ」
「ユミス様って基本的に超ポジティブですよね……」
この超ポジティブが仇とならなければいいが……
* * *
その後も陽が暮れるまで森をさまよい続けて、陽が暮れてしまった。
「わらわの、道は……」
「ほんとに遭難しちゃったじゃないですかぁ!」
行けども行けども森、森、森。
草、草、草。
獣、虫、たまに魔物……
「現在地がマジでわからなくなったぁ。もう終わりだぁ!」
夜の静寂に包まれる森で叫んだところで、誰も助けてくれないわけで……
「こんなはずではない。こんなはずではない。わらわとヴェンの愛の逃避行はもっと甘い蜜のようにまろやかで……」
超ポジティブのユミス様も激しく動揺して……どさくさに紛れて妙なこと口走らないでください。
「ユミス様は以前にひとりで旅をしてたと思うんですが、今みたいに遭難しなかったんですか?」
「うむ。遭難しなかった」
「じゃあ、なんで今回は遭難したんだろう。あ、神級の魔法で現在地を把握されてたとか?」
「そのような魔法はないぞ」
ないのか、魔法!
ユミス様は神級の魔法を極めた女神なのに、いつもここぞという場面で融通が利かない……
「む、ヴェンよ。そなた、わらわを都合のいい女だと思っておるな?」
「おっ、思ってません!」
「ほんとか? 今、『こいつ使えねー』というオーラがひしひしと伝わってきたぞ。そなたがわらわを疑うと、わらわの力は弱まると言っておろう。注意してくれんと困るぞ」
神様への疑念が信仰と正反対の作用を及ぼすことは知ってるけど……
「ならば『神の力でなんとかしてみろよ、このハゲ』と思ったじゃ――」
「絶対に森から抜け出すぞー!」
休んでなんていられない!
絶賛不機嫌に陥られたユミス様は基本的に使いものにならない。
ユミス様の小言に耐えながら、突破口となる事象や景色をくまなく調べる。
光はユミス様が魔法で灯してくれるけれども、夜の森は洞窟のように暗いので、前すらろくに視認できない。
「ヴェンよ、あんまり歩かずに朝を待った方がよいのではないか?」
「そうですね。今日はもう疲れたので、ここで野宿をしましょう」
夜の森をむやみに進むくらいなら、朝を待った方がいい。
太い木の根に座り、堅い幹にもたれる。
腹は鳴っているが、それ以上に疲労が蓄積して動く気になれない。
「さっきからぐーぐーと音が鳴っておるぞ」
「それは言わないでくださいっ」
空腹のことを考えたら、きっと眠れなくなってしまう。
「まったく、一度遭難したくらいで情けないのう。ほれ、ヴェン。見てみい。星がきれいじゃぞ」
ユミス様が指した先は、光の魔法よりも圧倒的な光を放つ星々の海だった。
「きれいですねぇ」
「じゃろ。あの星々を眺めていると、わらわたちがいかに幸せの中にいるかわかるじゃろう」
「はい……って、絶賛遭難中なんですけどね……」
ぼそりとつぶやくとユミス様にまた怒られた。
「そんなに不安なら、明日は陽の出とともに出発するのじゃ!」
「はい……」
* * *
気づいたら寝ていたらしく、陽がまだ昇り切っていないのにユミス様から叩き起こされた。
空腹に耐えられなかったので野草やきのこを採集して、陽が昇るまでに腹ごしらえを済ませた。
「準備は整ったようじゃな。行くぞ」
「はい」
遭難してしまったのだから、くよくよしていても何もはじまらない。
早朝の森はまるで静寂だ。
獣たちの姿は見えない。私たちとそよ風をのぞいて草木を揺らす者はいないようであった。
「この辺りの風は少し生ぬるいのう。さて、今日はどうする?」
「そうですね。森の変化をくまなく探しながら歩きましょう」
とはいっても、同じような草や木しか生えない景色に変化なんてひとつもないわけで。
「森の変化とは、どのようにして探すのじゃ?」
「そうですね……ありとあらゆるものに目を向けまして、かすかな違いを機敏に感じ取るんですよ」
「お主……さっきから適当に申してないか?」
そんなこと言われたって、仕方ないだろ。
ユミス様に当たり散らしても状況は悪化するだけだ――
「ヴェンよ。実は先ほどから少し気になっておるのじゃが」
「何か見つけたんですか?」
「うむ……見つけたというほどではないのじゃが、この辺りは動物が少ないと思っての」
動物が少ない?
「そうですね。さっき食事のために野生動物を探してたんですけど、一匹も見つからなかったですね」
「そうじゃろう。このような人の手がおよんでいない地域で、動物が一匹もおらぬのはおかしい。もしや魔の手が伸びておるのやもしれぬ」
魔物がこの地域に跋扈しているというのか――がさがさと茂みの揺れる音!
「ヴェン、何か来るぞ!」
「はいっ」
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