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第139話 黒十字団のアジトをつぶせ

 黒十字団のアジトはアグスブルクの西にあるヴュルデムという土地に集中しているらしい。


 この土地がフェルドベルクの王からディートリヒに与えられた土地のようだが。


「アグスブルクの国境をやっと越えられたけど……」


「なんか荒れ地ばっかりだね」


 かつて魔王軍から攻撃を受けたせいなのだろうか。


 荒れた土地に生える草木はまばらで、生物の姿もあまり見かけない。


「ヴェンよ、勇者はこの土地で暮らしてたのか?」


「そうでしょうね。作物が育つ土地には見えないですが」


「そうじゃな。それほど濃くはないが、この辺りに邪瘴が滞留しておる」


 邪瘴が濃くなると魔物や亡霊が生み出されるのか。


「ここで暮らしていくのは大変そうじゃのう」


「苦労の末に魔王を倒したんだから、もう少し良い場所を与えてくれてもいいのに……」


 この冷遇がディートリヒの反乱につながってるんだな。


「そんなことはいいから早く先へ進もう!」


 マルが私たちに強い言葉で言った。



  * * *



 ディートリヒの土地は開発がほとんど行われていないのか、村や農園がひとつも見つけられない。


「ずっと歩いてきているけど」


「人が住んでいそうな感じじゃないね」


 前を歩くアルマとマルも寂れた気配を感じとったようだ。


「ディートリヒは戦うことしか考えていないんだろうな。畑を耕さないと人は暮らしていけないというのに」


「こんなところにも、あいつのろくでなしな部分が露見しちゃうとはね――」


 速い何かが前方から飛んでくる!


「よっと!」


 燕のように飛来するものをマルが驚異的な反射神経でつかんだ。


「マル、すごい!」


「大丈夫かっ」


 マルが右手でにぎりしめていたのは木製の矢だ。


「敵が現れたようだね!」


 先の岩陰から黒十字団の者たちが姿を現す。


 彼らは一様に黒い頭巾で頭を隠し、また黒い外套で全身を覆っている。


「お前たち、何者だっ」


「私たちはフェルドベルクから訪れた冒険者だ。ディートリヒのアジトに用があって、ここまで来た!」


 構わずに大喝すると奴らが意外にもたじろいだ。


「フェルドベルクから来た奴らだとっ」


「ディートリヒ様は本当に捕まってしまったのか!?」


 黒十字団の動揺はかなり広がっているようだ。


 これを利用しない手はない。


「そうだ。ディートリヒは我々がフェルドベルクの騎士団と結託して捕まえた。お前たちにもう未来はない!」


「な、なに……っ」


「お前たちは王国に仇なす犯罪人だが、助かる道はひとつだけある。今すぐ武器を捨てて王国に降伏するのだっ」


 敵とはいえ命を無駄に奪うようなことはしたくない。


「王国も刃向かう者は厳正に処罰するが、武器を捨てた者に無慈悲な処断は下さない。ディートリヒが捕まり、お前たちも内心は反抗する意思がなくなってるんだろう?」


 奴らが明らかに浮足立っている。


 手にしている刃を下ろし、近くの仲間と小声で話しはじめている。


「ヴェンもようやくこのような戦い方ができるようになったようじゃな」


 ユミス様も私のとなりで満足気に眺めていた。


「さあ、どうする!? 今ここで武器を捨てるというのなら、私たちもお前たちを――」


「見え透いた言葉に騙されるんじゃねぇ!」


 奴らの集まっていた場所が突然、爆風のようなものに包まれた。


「な、なに!?」


「もしかして自爆!?」


 自爆のように見えるが、そんなことをする意味がわからない。


 砂ぼこりが舞う場所から背の高い男が現れた。


 私の背丈よりも長い槍をもち、屈強な腕や足を見せつけているこの男を以前に見かけたことがある。


「あなたはグレルマン!」


 アルマが男に向かって叫ぶ。


「あん? だれだ、ねえちゃん……いや、お前たち、どっかで見たことあるな」


「当たり前だっ。わたしたちは前にあなたがたを倒した!」


 私たちがフェルドベルクに入国したときに追い払った男かっ。


「そこの粋がってる奴とガキもいやがったな。そうか、お前らか……」


「あなたはまだこんな場所で性懲りもなく悪事に手を染めているのか。神の意思に従い、あなたがたを倒す!」


 グレルマンにアルマが突進する。


 奴はアルマのシールドアサルトをさばいて反撃してくる。


「しねっ」


 なかなかの剛腕だがアルマとて負けてはいない。


「その程度の攻撃、わたしの盾には通用しない!」


「ち。女のくせに重たい盾なんか持ちやがって……」


 黒十字団の他の男たちも武器を構えはじめた。


「ヴェン、あたしたちも行こう!」


 アルマを取り囲もうとする男たちにマルが炎の拳をぶつける。


「あんたらっ、女の子ひとりに寄ってたかって卑怯だよ!」


 マルとアルマの二人で充分に対処できる。


 グレルマンはやがてアルマに倒され、他の男たちも武器を捨ててどこかへ逃げていった。


「終わったね」


「大したことなかったね」


 マルとアルマがハイタッチする。


「ふたりともご苦労じゃ。見事な戦いぶりであったぞ」


「あたしらが強いんじゃなくて、こいつらが弱かっただけだよ」


 ふたりの強さは今さら疑う余地もないが、敵の戦意の喪失ぶりも甚だしいように感じる。


 グレルマンはアルマの前で大の字になって倒れていた。


「ディートリヒ様は本当に負けちまったのか」


「そうだ。フェルドベルクの砦に監禁されて、そのうち都へ護送されることが決まっている」


「そうか……」


 この男の戦意も完全に喪失したようであった。


 マルが止めを刺そうか聞いてきたが、ユミス様がそれを制止した。


「お主は体格に恵まれておるのじゃから、どこに行っても暮らしていけよう。こんなところで途方もない破壊活動ばかりしていないで、人のためになることをするのじゃ」


「人のため……か」


 ユミス様の温かい言葉が心にしみる。


「フェルドベルクに行けば俺は殺される。だが、黒十字団ももう終わりだ。こんな俺に何ができるっていうんだ」


「他にも暮らしていける土地はたくさんあるじゃろう。ヴェンが前に暮らしていた土地もそうじゃし、世界には人間の国が他にももっとたくさんあるのじゃろう? 一度犯してしまった罪を消すことはできぬが、罪を悔い改めて人生をやり直すことはできる。お主が胸を張って生きれる場所と目的を探すのじゃ」


 グレルマンは大の字で倒れたまま静かに涙を流しているようだった。


「この先の山奥にディートリヒ様……ギルマスの本拠地がある。ギルマスの留守をメヒティルデが守ってる。気をつけて進め」


「うむ。お主もここにいればいずれ捕まる。王国に見つからぬうちになるべく遠くへ逃げるのじゃ」


 ユミス様が光の魔法を唱えてグレルマンの傷を癒した。


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