第134話 ディートリヒ討伐作戦会議
「少しだけだったけど、あのとき話してわかった。あいつはあたしの兄貴だよ」
城壁の上を流れる夜風は冷たい。
「あの髪。あの顔。あの声。もちろん、あたしが生き別れたときから見た目なんて全部変わっちゃってるけど……血なのかね。一目見ただけでわかっちゃった。よくわかんないけど、全身がめちゃくちゃ熱くなって、胸もはち切れそうになったんだよ」
「全身がめちゃくちゃ熱くなる? なんだか初恋みたいに聞こえてくるけど」
「初恋? ううん、そんなときめく感覚じゃない。どちらかというと絶対に会っちゃいけない殺人犯に会っちゃった感覚さ。うまく表現できないんだけど」
「全身が熱くなったのは、どちらかというと恐怖心から来ていたものだったのか」
私には生き別れた兄弟や身内がいないから、絶対に襲ってこない感覚だ。
「あいつはしきりに否定してたけど、あいつもきっと同じだったはずさ。だから隙があったんだ」
「あの一撃はすさまじかったな。相手は騎士団すらお手上げの凶悪犯なんだぞ」
「だから、隙があっただけなんだって。次はきっと、同じようにはいかない」
マルが城壁の腕を乗せて顔をうずめる。
「最悪な再会だ。このまま、いなくなりたい…」
「やっぱり落ち込んでたんじゃないか。無理するなよ」
マルが顔を上げて……めっちゃ機嫌悪そうだな。
「そういうの、おせっかいだよ」
「うるせえ。黙って慰められてろ」
構わずに言い返すとマルがため息をついた。
「マルが子どもの頃に奴がいなくなったときのこと、もう一回聞かせてくれるか」
「兄貴のこと? 神殿で保護されたのに、急にいなくなったって言ったでしょ」
「そうだけど、他に手がかりはないのか? 前日の様子がおかしかったとか」
「そんなのわかる訳ないでしょ。もう十年以上も前だし、あたしはまだ小っちゃかったんだよ!」
子どもの頃の記憶にすがるのは厳しいよな。
「なんで、あたしを捨てたんだよ。そんでもって、こんなところで王国軍と戦ってさ。なんなの!? あの兄貴っ」
「落ち着けって」
「落ち着いてなんていられないよっ。だいたい、勝手すぎるんだよ! あたしになんの断りもいれないで魔王とか倒しちゃってさ。あり得ないっつーの!」
マルがだんだん元気になってきた。
「普通に考えたらあり得ないな」
「でしょ? あたしだって、めちゃくちゃ苦労して今まで生活してきたっていうのに……ああ、一発ぶん殴っただけじゃ気が済まなくなってきた。今度こそ、あいつを徹底的にぶっ飛ばしてやる!」
これでこそマルだっ。
「もちろんだ。そのために次の戦いの準備をしてる」
「そうと決まったら、さっさと出発しなきゃ! こんなとこでのんびりしてられないっつーのっ」
「おい、待てって」
マルが後ろの階段を駆け下りて、砦へと戻ってしまった。
「アルマより年上なのに、落ち着きがないなぁ」
とりあえず元気になったから、いいか。
「マルの兄貴のマルセルは子どもの頃に故郷を魔王に滅ぼされて、マルを見捨てて旅に出た。どこかで『ディートリヒ』と名を変え、フリーゼさんたちとパーティを結成して魔王を倒した」
今まで見聞した内容をまとめると、この通りになるか?
「マルセルがマルを見捨てたのは、魔王を倒すため?」
いくつかの段階をすっ飛ばしているように思えるけれども、要約するとそういう結論になる。
「マルが奴と生き別れたときはきっと十歳にも満たなかったんだろうから、一緒に旅をするのは難しいか」
だが、それならあんなに拒絶しなくてもいいだろう。
「マルが怒るのはわかるが、奴が怒るのは筋違いだろう。他にもわからないことが何かあるのか?」
ディートリヒからも聞いてみないと正しい答えは導けないか。
* * *
マルとアルマとユミス様の三人を空き部屋に呼び集めた。
「ヴェンよ。わらわたちだけをこんな狭い場所に呼び集めて、何をする気なんじゃ?」
「もちろん、次の戦いに向けた作戦会議です。各自、好きな椅子に腰かけてください」
マルとアルマが左右のひとつ離れた椅子に座る。
ユミス様が私を椅子の代わりにしようとしたので、となりの席に構わず放り込んだ。
「やんっ。ヴェンのいけずぅ」
「真面目にやってください。相手はあのディートリヒなんですよ」
この前の戦いはマルがいたから奴の動揺を誘えたが、次も同じようにはいかない。
「ヴェンがカリカリしておる」
「ユミス様……」
マルとアルマの表情は真剣そのものだ。
「ふたりはわかってると思うが、この前の戦いで奴を退けられたのは偶然が重なった結果だ。次はきっと、こうはいかない」
「うん。そうだよね」
「じゃあ、どうするっていうのさ」
あの強敵をどうやって退ける?
「向こうはひとりだが、こちらは三人だ。数の利を生かすのが上策だと考えるが、どうだろうか」
「ディートリヒひとりに対して、わたしたちが三人で戦うんだよね。でも、そういうのって卑怯なんじゃ……」
「これは戦いだ。剣技などを競う試合ではないから卑怯ではない」
あの強敵を相手に一対一とか、戦い方にこだわっていられるほど私たちに余裕はない。
「ヴェンの言う通りだよ。あんなやつ、あたしたちでまとめて殴っちまえばいいんだよ!」
マルは本当に強くなったな。
一方でアルマの表情は少し暗い。
「マルはそれでいいの?」
「それでいいって、何が?」
「何がって、お兄さんなんでしょ。長年探し求めてた。それなのに、わたしたちで寄ってたかって攻撃しちゃうなんて……」
そんなことをアルマは気にしていたのか。
マルは肩をすくめた。
「アルマってほんとにいい子なんだね。そんなの気にしなくていいのに」
「だって! マルのお兄さんなんだよ。唯一の血のつながった家族なんでしょ。それなのに、そんな簡単に考えられないよ!」
アルマは父さんと母さんを失っているんだ。
エクムントさんという叔父さんはいるけど、親や兄弟ほど距離は近くないもんなぁ。
「アルマは、ほんとに優しいんだね」
「そんなことないっ」
「アルマの気持ちはものすごく嬉しいんだけど、それじゃ困るんだ。あいつがあたしの身内だからって手を抜いたら、あなたが逆にやられる。あたしはそっちの方がつらいんだ」
マルが言っていることを、アルマの師匠も言っていた。
「そうだけど……」
「あいつはあたしの身内だった。だけど今は王国を騒がす犯罪者! あんなやつをのさばらせちゃいけない。あたしたちであいつを王国から追い出さないといけないんだよ!」
マルの口調は強い。
言っていることも間違っていないが……それで本当にいいのだろうか。
「うん。そうだね」
「やっと、わかってくれたね」
「マルのお兄さんを攻撃するのはつらいけど、マルがそこまで決意を固めてるんだもん。わたしやヴェンツェルが怯んじゃダメだよね。だから、がんばる!」
そうだ。やるしかないんだ。
「んもうっ、アルマってほんと可愛い!」
「きゃっ。ちょ、ちょっと……っ」
「もうあたしのペット……じゃなくて妹にしちゃいたい! それならあのバカ兄貴がいなくなっても安心だもんねっ」
おいおい、さっきペットって言ったぞ。
「マルの妹にはなれないけど、ずっと一緒にいられるから。みんなでがんばろう!」
なんだかんだで、いいパーティになったな。
「おほほ。マルがアルマをペットにした暁には、わらわがヴェンをペットにして差し上げるぞよ」
どさくさに紛れて血迷うな、マイナー女神っ。




