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第130話 東の国境へ

 数日間の休息を経て、私はテレザさんと面会した。


「我々の前に颯爽と現れて窮地を救ってくれたヴェンツェルさん。本日はどのようなご用件かな?」


 開口一番でとんでもない挨拶をされた。


「やめてください。私たちはそんな人間ではないです」


「謙遜ならば無用だ。きみたちの働きを疑う兵はいない。騎士団長とわたし以外の騎士団の連中だけは意固地になっているがな」


 騎士団長はあのナイスひげの人だったな。


 すまないが名前は忘れてしまった。


「それでいいんです。後からやってきた者に簡単に心を許してはいけません」


「だが、きみたちは自分の身を省みずに身命を賭してくれただろう?」


 この人のまっすぐな瞳は誤魔化せないな。


「人間の本心は態度と行動に現れる。兵たちはそれを知っているから、きみたちを認めたのだろう」


「そうかもしれませんが」


「こんな議論をしにわざわざわたしの下を訪れた訳ではあるまい。わたしになんの用があるのかな?」


「はい。ディートリヒを倒すべく進軍すべきだと思い、不遜ながら進言しに参りました」


 本来ならば身分の違う人に意見なんてできないのだが。


「ディートリヒを倒すとは、また大きく出たな」


「驕っている訳ではありません。奴を倒すのが我らの使命だと思っているだけです」


「そうだな。きみの言うことは間違っていないが、奴は強いぞ」


 テレザさんが大きな地図を取り出してテーブルに広げた。


「我らはモレン平原の戦いに勝利した。東の砦を落とせばディートリヒの所領まで目と鼻の先だ。次の戦いで間違いなく奴が姿を現すだろう」


 テレザさんが指したモレン平原の東は国境だ。


「ディートリヒの領土はフェルドベルクの外にあるのですか?」


「そうだアグスブルクのヴュルデムという土地が奴に与えられた場所だ。と言っても魔王との戦いで散々に荒らされた土地だったがな」


 ディートリヒはアグスブルクにいたのか。


「ディートリヒはアグスブルクの出身だったはず。奴は魔王を倒して故郷に凱旋したのか」


「凱旋といっても魔王に滅ぼされた土地だから、それほど華やかなものではなかっただろう」


 自分の故郷が魔王に滅ぼされて、故郷と同じ国の土地を与えられる気分というのは、どのようなものであったのか。


「先の戦いで我々は消耗してしまったから、次の戦いに補給をしなければならない。都から物資が運ばれ、兵も新たに補充されるはずだ。進軍はそれまで待ってほしい」


「わかりました。進軍されるご意志があるのでしたら、私は異論ありません」


「強いきみたちも次の戦いに参加してくれるということだな。強い者であれば奴隷でも平民でも大歓迎だ」


 私が元農民だと知っても、この女性騎士は気にしないか。


「もちろんです。私たちでディートリヒを倒しましょう」



  * * *



 それから十日以上の時を待って、メトラッハから兵の新たな動員と物資の補給が済まされた。


「皆、待たせたな。メトラッハから送られたすべての物資の搬入が完了し、戦いの準備がここに整った。次の目標は敵の砦の破壊とヴュルデムへの進軍だ!」


 テレザさんが兵たちを砦の前に集めて高らかに宣言した。


「次の戦いでは敵の首領が姿を現すであろう。容易に勝てる戦いではないだろうが、皆、奮起してほしい。先の戦いを勝ち抜いた者はさらなる戦果を、都から新たに遣わされた者たちは先に遣わされた者に負けぬよう、功を競うのだ!」


 白銀の長剣を掲げるテレザさんに兵たちが呼応する。


「ディートリヒを倒せ!」


「黒十字団をぶっつぶすぞ!」


 兵の士気はものすごく高い。


「みんな、張り切ってるね!」


「前の戦いでみんな疲れてたけど、心配いらないね」


 アルマとマルも兵の歓声に驚いていた。


「いざ進め! 我らの勝利はもはや目前だっ」


 部隊が編成されて進軍が開始された。


 私たちも傭兵として騎士団が率いる部隊に編入されている。


「ねえねえヴェン、テレザさんがずっと指揮してるけど、あの人がここのリーダーなんだっけ?」


「いや。リーダーは別の人だよ。ほら、前にテントで挨拶した、あのナイスひげの人だよ」


「ナイスひげの……? ああっ、あの頼りなさそうなおじさんね!」


 マル……あんまり大きな声で言っちゃダメだ。


「そ、そうだけどさ」


「あたし、てっきりテレザさんがリーダーなんだと思った。だってあの人がなんでもかんでもこなしてるじゃん」


 さっきの激励だけじゃなく、補給物資の搬入も部隊の編成もほとんどテレザさんが主体となって実施されている。


「そう思うのは無理ないかもね」


「でしょ。ここのリーダーはなんもしてくれないのかね」


 あのナイスひげの人は前に出ないタイプなのだろうか。


「ヴェンとマルよ。のんきにしゃべってる場所じゃないぞよ。次の戦いはもっと過酷なものとなる」


 ユミス様が小鳥に変化して私の肩に停まっている。


「邪気や邪瘴を感じるんですか?」


「感じるの。前の戦場をはるかに凌駕する邪気がこの先に渦巻いておる」


「闇堕ちしたディートリヒが放っているのでしょうか」


「わからぬ。カルタも徒党を組んでおるやもしれぬ。わらわも油断できぬ」


 神の戦いには割って入れない。


「他の者たちはお主らにまかせるぞ。邪神が人間をたぶらかしておるというのであれば、わらわとて見過ごす訳にはいかぬ」


 モレン平原の東の砦は放棄されていた。


 敵はこの地の戦いに勝利できないと判断したのだろう。


「あの砦もわたしたちのものになったから、順調に進んでるんだよね」


「ああ。この先に進めばいよいよフェルドベルクの国境だ」


 アルマの堅い表情にも笑みがこぼれた。


 街道に入り、大きな岩のころがる荒地を進んでいく。


「ここはなんていう場所?」


「わからない。地図に書いてあったかな」


 草木のあまり生えていない、殺風景な場所だ。


「岩陰が多くて、いかにも敵がいそうな感じ?」


「そうだな。国境が近いんだから、そろそろ敵と遭遇してもおかしくないが――」


 前から悲鳴のようなものが聞こえたぞ。


「ヴェン!」


「もしかして敵が現れたの!?」


 いよいよ戦闘開始かっ。


「黒十字団が現れたんだ。私たちも行くぞ!」


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