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第129話 ディートリヒとの戦いの前に

 農村の家屋を軽々と破壊しそうな怪鳥が、雄叫びのような声を発しながら近づいてくる。


「ヴェンツェル!」


「まかせとけ!」


 私は盾を構えるアルマに隠れて上級のウィンドブラストを唱える。


 魔物の陰影がどんどん大きくなっていく――


「食らえっ!」


 私はアルマの陰から飛び出して風の魔法を放った。


 一体の魔物に狙いを定めた風の魔法は、突撃に対する逆流となって奴の勢いを弱める。


「アルマ、頼むぞ!」


 動きの鈍くなった魔物をアルマが正面から受け止める。


「くっ!」


 ウィンドブラストで突撃の勢いは弱まったが、重量のある巨大を受け止めるのは至難だ。


 アルマはランスを捨て、両手で魔物の重量を押し殺す。


 私もアルマを加勢するぞっ。


 アルマの背後に戻って彼女の背中を押す。


「ぐぐ……っ」


 アルマとともに魔物を受け止めて……突撃の勢いが完全に消えた。


「マル!」


「あいよっ!」


 マルは火の魔法を四肢にまとっていた。


「はっ!」


 近づきながら跳躍して、魔物の脳天に強烈なかかと落としをお見舞いする。


「やった!」


「いいぞ!」


 絶叫する魔物にマルが猛攻をたたみかける。


 連続の打撃は魔物を引火させて、紅蓮の炎が戦場に立ち上る。


「これで仕舞いだよ!」


 マルが突進して魔物に左の肩をぶつける。


 遠くで吹き飛ばされた魔物は火だるまになってやがて全身の動きを止めた。



  * * *



「ヴェンツェルさん、アルマさん。そしてマルグリットさん。きみたちのお陰で我々は黒十字団の侵攻を食い止められました。感謝いたします!」


 ツォレンベルク要塞に帰還して私たちは戦功第一位の殊勲者として表彰された。


「大げさです。私たちは後から来て雑に戦っただけです」


「ふ。謙遜しなくてもよかろう。きみたちがいなければ、わたしたちは敵の猛攻を受け止め切れずに瓦解していたのだ。戦場の流れを変えたのは確実にきみたちだ」


 テレザさんの高らかな宣言に、周りの兵たちが歓声を上げた。


「最高だったぜ、にいちゃん!」


「ねえちゃんふたりも若えのに、すげえよなぁ」


「にいちゃんが怪我人を率先して下がらせてくれたから、助かったぜっ」


 私は後から来たから、勝手に動いていいのか気にしてたのだが。


「みんなもああ言ってるんだし、もらえるものもらってもいいんじゃない?」


 アルマは私と同様に困惑していたが、マルは手慣れた様子だった。


「みんなありがとう! 黒十字団の連中をぶっ飛ばしちゃおうぜっ」


 マルが右手を振り上げると兵たちの熱気が最高潮に高まった。


 疲れたので身体の熱を覚ましに静かな場所に行こう。


 兵たちの集まる大部屋を出て二階の個室の扉を開ける。


 誰もいない部屋の掃き出し窓を開けてベランダに出る。


 レンガを積み上げたフェンスに寄りかかると、夜風が頬をなでて気持ちがいい。


「とりあえず目の前の戦いには勝てたが、私たちのゴールはここではない」


 目の前の勝利に浮かれていてはいけないと思う。


「どこに行けばディートリヒと戦える? ウシンシュ様は? どうすれば探し出せるんだ」


 ここでのんびりしていていいのだろうか。


「一刻も早く彼らを探し出さなければいけないというのに――」


 視線の先の夜空に白い雲が浮かんでいる。


 大きな風船くらいの大きさの雲は一定の場所から動かずに、ぷかぷかとやや不自然に浮遊している。


「なんで、こんな場所に雲が浮いてるんだ? ここはそんなに高い場所じゃないぞ」


 よくよく考えると雲がこの高さにあるのは変だ。


「いや……あれは雲じゃない?」


 よく見ると人の形をしている。


 うつ伏せになっているようで、背中から生えた小さな翼を微妙に動かしているように見えた。


「こんなところで何やってるんですか……ユミス様」


 姿を見かけないと思ったら、竜巻騒動の後に姿を消して、こんな場所で浮遊してたんですね。


 ユミス様の反応がないので風をそっと送ってみる。


「はうっ」


 あ、起きた。


「目が覚めましたか」


「お……そこにおるのはヴェンか?」


「はい。竜巻でなんやかんやあってから、こんなところまで流されてたんですね」


 ユミス様が空中で身体を起こした。


「ヴェンはひどいのじゃ。わらわに無理難題を押し付けて、自分はそそくさと逃げるなんて、薄情じゃ!」


「いや、あの竜巻はご自分で出されてたものでしょう? 神級の魔法で出された竜巻なんて、私たちでは対処できませんし」


「わらわがあの後、どんなにつらい目に遭ったか……身も心もズタズタに引き裂かれて、信じる者を失ったわらわがどのような思いで夜をさまよったか……」


 その割には元気そうですけどね。


「あのカルタという邪神は昔からユミス様と敵対されてるんですか?」


「カルタか? そうじゃぞ。あやつはペルクナスほど厄介ではないが、人間をたぶらかしてばかりのしょうもない神じゃからの。父上もカンカンじゃ」


「堕落の神でしたっけ。そんな神がいるなんて知りませんでした。邪神もいろんな神がいるんですね」


「そうじゃな。邪神はディエヴルスを頂点にたくさんの神が君臨しておる。カルタはそこまで強い神ではないが、人間を操る力をもつから、その一点だけは要注意じゃな」


 人間を操る力……か。


 ユミス様がふよふよと近づいてきた。


「ディートリヒはカルタに操られてるのでしょうか」


「それは考えられるの。奴が操るのは意思の弱い者だけであるが」


「ディートリヒは意思が弱くなさそうですけどね」


 カルタに操られている訳ではないのか。


「奴が勇者を完全に支配している訳ではないであろうが、奴が勇者の堕落に一役買っているのは間違いなさそうじゃの」


 ディートリヒはやはり邪神の影響を受けてしまったのか。


「ユミス様。このまま、のんびりしてていいのでしょうか。早くディートリヒとウシンシュ様を探すべきだと考えますが」


「そうじゃが、そんなに急がなくてもよかろう。わらわは神級の竜巻を百年ぶりに発生させたから、いささかエネルギーを使い果たしておるのじゃ」


「ユミス様でもエネルギーがからっぽになるんですね」


「そうじゃぞ。ヴェンがわらわと添い寝してくれたら、一晩で回復するがの」


「それは遠慮しときます」


 きっぱりと言い切るとユミス様が「がーん!」と世界の終わりを迎えたような顔をした。


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