第126話 黒十字団と魔物どもを蹴散らせ
副騎士団長は女性か。
「メトラッハから遠路はるばる、よく来てくれました。あなたがたの勇気と正義を重んじる気持ちに感謝いたします」
とても凛とした方だ。
黒い甲冑に身を包み、戦士然とした姿であるが、金色の長い髪と白い肌がとても美しい。
「わたしはアレント騎士団の副騎士団長を務めていますテレザと申します。よろしくお願いします」
「丁寧なご挨拶、ありがとうございます。私はバルゲホルムから流れてきました冒険者のヴェンツェルと申します。よろしくお願いします」
本題の前に軽く雑談を済ませて、
「それでは作戦の概要について、簡単に説明いたします」
テレザさんが本題を切り出した。
「あなたがたには、これからわたしと一緒にモレン平原に行ってもらいます。そこが此度の戦場です」
「はい」
「前線に立って敵と戦ってもらいます。敵はあの黒十字団。魔物も使役する恐ろしい存在です」
敵が魔物を使役するというのは本当だったのか。
「魔物が人間の指令に従っているのですか?」
「はい、そういうことになります。わたしたちもまだ詳しく調べられていないのですが、敵の幹部に魔物を使役する者が存在するようなのです」
「それは妙ですね」
魔物は人間に従わない。
過去に偽者の勇者が魔物を利用したことがあったが、あのとき魔物に指示を出していたのは魔物の親玉だ。
「あなたはなかなか目ざとい方のようですね。本来ならば魔物が人間に従うことなどあり得ません。ですが、今は事実として魔物が人間に従っているのです」
「ふむ。要するに知恵のはたらく者が下位の魔物たちを操っておるのじゃろう。過去にあった事例じゃ」
ユミス様がすぐに言い切るとテレザさんが顔をわずかに強張らせた。
「その子はあなたの妹君か? ずいぶんと聡明なようだが……」
「今はそのような小事に気をとられている場合ではなかろう」
五歳くらいの幼女が知的な発言をすれば、充分に驚く事案だと思いますがね。
「人間たちは魔物を知能のない化け物と定義したがるが、それは大きな過ちじゃ。魔王然り、魔物の中には人間の知能を凌ぐ者はたくさんおる。ゆえに人間と手を組み、より手の込んだ悪事をはたらこうとする不埒者が中にはおるのじゃ」
それは私も初めて聞いた。
「では、此度のケースはさほど珍しくないと申されるのか?」
「左様。このような悪事は古来より幾度となく行われた。人間もいい加減に魔物の知能の高さを認めるべきじゃ」
人間が暗に魔物を見下しているということか。
「またとない高説、ありがたく頂戴する。あなたの言う通り、魔物を甘くみていることが此度の戦いの長期化を招いているのだろう」
テレザさんは凛とした見た目に違わず聡明な方だ。
「幼子なのに世の理を知り尽くしているようだな。その知性の高さを生かして我々を導いてほしいものだ」
「もちろんじゃ。それこそが神の定め――」
「たたたっ、大変です!」
部屋の扉が突然押し開けられた。
慌てた様子の兵卒が部屋に入ってきた。
「どうしたっ。戦時で何かあったか!」
「は、はいっ。テレザ様に急ぎ戦場に来られるようにと、騎士団長様がっ」
凶悪な魔物が戦場に現れたか。
* * *
テレザさんとともに戦場であるモレン平原へと向かった。
王国軍の陣地に白と青の布地が特徴的なテントが張られている。
テントの中に騎士団の中心人物と思わしき人たちが待ち構えていた。
「アレント騎士団長! 一大事とは何事ですかっ」
「おお、テレザっ、やっと来おったか。前線が奴らによって押し切られそうなのだ!」
アレント騎士団長と呼ばれた人は鼻の下にひげを生やした壮年の男性だ。
「なんですと!?」
「お前がいない間、奴らはずっと大人しかった。それなのに昨夜から急に攻撃を再開してきたのだ」
黒十字団は賊なのに緩急を使い分けるのか。
「とにかく奴らを撃退してくれ!」
「わかりました。やってみます」
とりあえず敵を倒せばいいんだな。
「それでは皆さん、お願いします」
「まかせてください」
私たちは騎士団の所属ではないから、指揮系統に縛られることはない。
「ヴェンよ、これからどうするのじゃ?」
「まずは戦場に向かいましょう。状況がわからないと判断できません」
どんよりとした空の下、兵たちの悲鳴や絶叫のようなものが聞こえてくる。
「ヴェンツェル、あそこに火の手が上がってる!」
アルマが指す先に火柱が立ち上っている。
「あそこに魔物がいるのか」
「行こう!」
戦場を蹂躙しているのは黒い悪魔のような者たち。
「あれ、魔物じゃない!?」
王国軍の兵に攻撃を仕掛けているのはインプたちか!
「食らえ!」
ウォーターガンの魔法でインプたちを吹き飛ばす。
「わたしたちも行こう!」
「オーケー!」
アルマとマルもランスと拳を構えて戦場に飛び込んでいく。
ふたりの強力な攻撃はインプたちを寄せ付けない。
素早い攻撃で一匹ずつ確実に仕留めていく。
「おお、援軍が来たかっ」
「こっちも助けてくれ!」
戦場は敵と味方が入り乱れた混沌と化している。
「皆さん下がって!」
一瞬だけ広範囲で突風を発生させるモーメンタリストームを使役する。
風の精霊たちの力で魔物たちを一斉に吹き飛ばした。
「戦場にいる魔物たちはインプだけではありませんね」
「そうじゃの。獣の魔物もかなり使役されておる。力の強い者が下位の魔物たちを操っておるようじゃの」
熊のように大きい悪魔が向こうで暴れまわっている。
「ユミス様、あちらはアルマとマルにまかせて、わたしたちはあの悪魔を倒しましょう!」
「ほほ。ヴェンとふたりで戦うのは久しぶりじゃな」
炎をまとった拳を振るう凶悪な魔物だ。
「マルと同じタイプの戦い方か」
悪魔は両手から火炎を発生させて火の玉のように辺りに投げつけている。
燃えさかる炎を水の魔法で消化する。
悪魔が私たちに気づいて飛びかかってきた。
太い腕から突き出される強力な攻撃をユミス様の魔法が防いでくれた。
「その程度なら!」
ウィンドブラストで敵を吹き飛ばして、間髪を入れずにエアスラッシュを連発する。
五枚の刃が悪魔の両腕と胴を切断した。
「すげぇ!」
「あの怖い奴を簡単に倒しちまったっ」
劣勢で落ちていた王国軍の士気がわずかに上がったか。
「ここが踏ん張りどころだ。攻勢に転じろ!」
兵たちが地面に落ちた剣を拾って反撃する。
敵のインプや黒十字団の者たちが圧倒されはじめたか。
『ち。敵の中に厄介な奴が現れおったな』
なんだ、この妙な声はっ。
私の脳に直接ひびくこの声は……ペルクナス!?
「ユミス様!」
「うむ。嫌な気をさっきから感じておったが……わらわの同胞がこんなところで油を売っておったのか」
曇天の空に漆黒の渦が出現する。
強力な邪気を発している邪瘴のような渦から扉のようなものが現れる。
あの扉は、なんだ?
扉が開き、飛び出してきたのは黒髪の少女……いや、幼女?
ユミス様と同じくらいの背丈の子どもが異国の服を身につけていた。
「ユミス様、あの子どもは……?」
「まさか、こんな場所で鉢合わせるとはの。邪神カルタよ」




