第125話 王国軍と黒十字団が戦う戦場へ
おっさんは「トレイガー」という名前のようだ。
「脅してすまなかったな。あえて突き放すような言い方をしたが、本音を言えば一人でも多くの戦士を雇いたいのだ」
トレイガーさんの顔はいかついが、それほど悪い人ではなさそうだ。
「ディートリヒと戦うクエはそんなに大変なの?」
マルの問いにトレイガーさんが浅くうなずく。
「ディートリヒ個人ですら手に負えないというのに、黒十字の精鋭どもも相手にしなければならないからな」
「黒十字団ていうのは、そんなに厄介な奴らなのかい?」
「厄介だな。末端の奴らはザコばかりだが、中枢の奴らは強者ばかりだ。しかも金を使って説得できないから厄介なのだ。奴らは王を玉座から引きずり落とすことしか考えていない。邪神に魂を売った狂人どもなのだっ」
トレイガーさんがテーブルを強く叩いた。
「さらに闇の魔法まで使うから厄介だということか」
私の言葉にトレイガーさんが反応する。
「そんなことまで調べ上げていたのか」
「黒十字団の連中とは前に戦ったことがあります。戦ったのは、あなたが言う『末端』のザコたちでしたが、奴らは闇の神を信仰していた。闇の魔法を使う奴らの幹部にも会ったことがあります」
マルの眉尻がわずかに動いていた。
「ほう。奴らと因縁があったのか」
「ええ。奴らに仲間が捕えられていますから。仲間も助けなければならないんです」
「黒十字団が人質を取っているとでもいうのか? それは初耳だなぁ」
トレイガーさんが尖ったアゴをさすっていた。
「まぁいい。お前たちにどのような野心や目的があろうとも、我らは黒十字団を止めてさえくれればいいのだ。一定のレベルに達している冒険者と見越してクエストを紹介させてもらうぞ」
私たちの前に一枚の羊皮紙が差し出された。
「お前たちにはこれから『ツォレンベルク要塞』に行ってもらう。ここメトラッハから南東に向かった先にある要塞だ。そこで王国軍の傭兵となり黒十字団と戦ってもらう」
傭兵になるということは戦場に連れていかれるということか。
「王国は日夜、黒十字団と戦っているが、現状は一進一退の攻防が繰り広げられている状態だ。数に勝る王国軍がわずかに有利であるようだが、黒十字団の反撃に苦戦を強いられている」
「だから私たちが戦場に赴いて王国軍に加勢しろということですね」
「そうだ。お前たちはどんなにつらい戦場に連れていかれても決して文句を言わないと、俺に約束をした。今さら拒否はさせないぞ」
「望むところです。どんなに危険なクエでもこなしてみせます」
アルマとマルに目くばせをする。
ふたりとも真剣な顔でうなずいてくれた。
「お前たちはまだ若いというのに。どうしてそんなに生き急ぐのか……いや、もはや何も言うまい。ツォレンベルクへ送迎する馬車を用意してやろう」
「ありがとうございます」
「詳しい話は現地に着いてから聞け。話は先に通しておいてやる。無事に帰還すれば高い報酬を与えてやるが、向こうで戦死しても骨は拾わんからな。覚悟しておけ」
* * *
旅装を整えて二日後に要塞に向けて出発した。
「まさか、これから戦場に向かう羽目になるとは思わなかったな」
マルが荷台の端に肘を乗せてため息をついている。
「戦争なんて一度も参加したことないけど、ちゃんと戦えるのかな」
「大丈夫だよ。わたしたちは前にも戦いに参加したことあるし、ユミス様もついてるから!」
アルマも荷台に揺られながら、右拳を強くにぎりしめている。
「そっか。じゃあ、大丈夫かな」
「うん。マルだってすごく強いから、何も心配いらないよ」
アルマはどんなときでも前向きだな。
「マルの言う通りじゃ。お主らは強い。それにわらわがサポートするゆえ、案ずることはないぞ」
ユミス様はいつもの幼女の姿でマルに抱きつかれている。
「アルマもユミちゃんもハート強いよね。これから戦場に向かうのに」
「なんじゃ。そんなに心配なのか? お主ならそこらの人間よりも充分に強いと思うぞ」
「そうかもしれないけどさ」
マルが不安がる気持ちはよくわかる。
トレイガーさんからいただいた情報を整理しよう。
王国軍と黒十字団はモレン平原という南東の土地で戦っているらしい。
両軍がぶつかって二ヶ月以上も経つが、決着がつかずに戦いが膠着しているようだ。
「ヴェンツェルも戦うの不安なの?」
アルマがとなりから羊皮紙を覗き込んでいる。
「いや、情報を整理してただけだよ」
「そうなんだ」
「黒十字団はどういう訳か魔物を使役するらしい。それがどうやら戦況の膠着につながってるようだ」
「黒十字団が魔物を!? 勇者様が結成したギルドなのに、そんなことがあるなんて……」
ディートリヒは名実ともに道を踏み外してしまったんだろうな。
「正直、ディートリヒが魔物と結託してるなんて想像できないけどな。嘘の情報であってほしいが」
「勇者様をたぶらかす悪い人がいるのかもしれないね」
「ディートリヒをたぶらかす悪い奴か。なるほど」
純粋な男であるために悪にも染まりやすいということか。
* * *
五日間の長い旅路を経てツォレンベルク要塞にたどり着いた。
「やっとついたねえ」
「ずいぶん大きい建物じゃのう」
要塞というだけあって、小高い丘の上に石垣が築かれた巨大な建物だった。
王城と同じくらいの規模だが、煌びやかな飾りは一切ない。
高い石垣の上に城壁がそびえ、そのまわりをお堀が囲んでいる。
「まさに鉄壁の要塞だな」
「そうなの?」
「ああ。高い城壁のまわりを堀が囲んでいたら、外からほぼ侵入することができない。だが守る方は城壁から無数の矢を浴びせられるから、かなり有利だ」
「そういうものなんだ」
アルマやマルは要塞にあまり関心がないようだ。
「どうでもよいから、さっさと中に入るぞ」
門番に通行証を見せる。
門の先は広場になっているが兵の姿は少ない。
「みんな、戦場に出払ってるんだろうな。ここには必要最低限の守兵しかいない」
案内に従って建物の中へと入っていく。
室内も壁掛けやじゅうたんなどが一切なく無骨なつくりだ。
「副騎士団長。メトラッハのギルドから遣わされた傭兵が到着しました」
「わかった。通せ」
女性の透き通った声が聞こえる。
かたい扉の先は長テーブルが置かれた会議室のようだ。
縦に長い部屋の向こうで私たちに背を向けている人がいた。




