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第122話 マルセルとディートリヒ

 いや、待て。落ち着くんだ。


 これまで集めてきた手がかりや目にした光景をよく整理するんだ。


「ヴェン、どうしたの? いきなり。訳わかんないんだけど」


 私に不平不満を漏らすのはマル。


 マルセルさんが勇者ディートリヒと同一人物だなんて、口が裂けても言えない。


「夜風に当たってくるから、ユミス様を頼む」


「え、あ……ちょっと!」


 マルセルさんと勇者ディートリヒが同一人物って、そんなことがあり得るのか?


 ディートリヒは黒十字団の創設者。


 今も邪悪な組織のギルマスとして王国と戦っている。


 黒十字団は闇の神ペルクナスを信仰する集団でもある。


 そして、マルセルさんは闇の魔法を使う。


 彼の圧倒的な強さは水竜との戦いで確認済みだ。


「やはり一連の流れがマルセルさんとディートリヒを結びつけている。だが……」


 マルセルさんはマルの実兄であるのかもしれないんだぞ。


「もしマルセルさんがマルの探してる兄さんだったら……どうしたらいいんだよ」


 闇の魔法を使うマルセルさんがマルの兄さんで、さらにディートリヒだと?


「いや、やっぱり出来過ぎか。そもそも名前が違うんだ。マルセルさんがディートリヒであるはずがない」


 私は下らないことを考え過ぎていたようだ。


「だけど、マルセルさんの年齢はフリーゼ様と同じくらいだったな。もう一人の……なんて言ったっけ。あの血色の悪そうな人――」


「私と誰が同じくらいなんですか?」


 背後からの突然のかけ声に驚いてしまった。


 振り返った先で立ち尽くしていたのは、フリーゼ様。


「お一人で考え込まれていたのを邪魔してしまったようですね」


「ああ、いや、別に」


 フリーゼ様は重たい帽子とローブを外して身軽な姿になられていた。


「フリーゼ様からお聞かせいただいた話を整理していました。あ、今こうやって話すのも相談料の支払いの対象になりますか?」


「ははは。大丈夫ですよ。さっきの分も金を取らないようにとユミス様からきつく言われていますから。それに今はプライベートですから、もっと気楽に接してもらって構いませんよ」


 オフのフリーゼ様は、先ほどの厳かな姿から一変して好青年という印象だった。


「それでしたら、遠慮なく」


「はは。あなたとこうして話をしてみたかったのでね」


「私と? それはどうしてですか」


「あなたはユミス様の加護をもっとも強く受け継いでいる。先ほども軽く触れましたが、神に好かれるということは普通の人間では決して体験できない奇跡なんです。あなたは神に選ばれた人間なんですよ」


 私が神に、ねぇ。


「そんな大それた人間じゃありませんよ」


「ふ。謙遜するんですね。私などはいくら徳を積んでも神から好かれないというのに」


「神といってもヴァリマテ様やラーマ様に好かれるんでしたら恩恵も凄まじいんでしょうけど。でも、ユミス様はいろいろとアレですしねぇ」


「いろいろと? アレ?」


 生真面目に首をかしげているフリーゼ様がおかしかった。


「なんでもありません。ユミス様はいろいろと変わったお方ですから、私みたいな変な人間を気に入ってしまったんでしょう」


「変な人間の方が神の興味を引けるということですね」


 なんだか、とんでもなく偉い方によこしまなことを吹き込んでしまっている。


「私もあなたやディートリヒのように、神に好かれたい。神に選ばれる生活はどんなに至福なのか。羨ましくて仕方ない」


「神に選ばれる生活ってものすごく大変ですよ」


「大変? そうなのですか?」


 ユミス様との出会いや、猫に変化させられたことなどをかいつまんで話してみた。


「なんと! ユミス様は生まれ変わりの力を扱うだけでなく、変化の達人でもあらせられるのかっ」


「ええ。今もよくわかりませんが、花になって寝てますよ」


「なんと、動物になるだけでは飽き足らず、植物にまで変化できてしまうのか。初めて聞いたな、そんな力……」


 やっぱり神と送る生活って普通じゃないんだな。


 この生活が普通になってたから……もしかして毒されてる?


「大変貴重なお話を聞かせてもらった。私が逆に相談料を支払わないといけない気がするな」


「いえいえ、そんな。大したことではありませんから」


 となりで無邪気に笑うフリーゼさんを見て思った。


「じゃあ、相談料の代わりと言ってはなんですが、ディートリヒのことをもう少しだけ聞いてもいいですか?」


「ええ、もちろん。大体のことは話しましたが、他にも聞きそびれたことがありますか」


「はい。その、ディートリヒってどんな見た目だったんですか? たとえば髪が薄ピンク色だったとか、肌も白くてきれいな顔立ちだったとか――」


 あれ。フリーゼさんが固まってる。


「まさにヴェンツェルさんがおっしゃる通りの見た目なのだが……」


 そんな……では、やはり……


「あなたはもしやディートリヒに会ったことがある?」


 マルセルさんのことを正直に話すべきか。


「実は、偶然なのですが、黒十字団のメンバーと思わしき人間と会話したことがあるんです」


 マルセルさんと出会った水竜の件をフリーゼさんに話した。


 私の話を一言一句逃さない様子でフリーゼさんが耳を傾けていた。


「なるほど。それで、さっきからずっと考え込まれていたんですね」


「はい。いささか荒唐無稽なこじ付けだと思われますけど、忌憚ない意見をいただけますか」


「そうですね。私の考えでは、その方はディートリヒ本人で間違いないと思います」


 フリーゼさんの言葉が重たかった。


「闇の魔法を使うという一点だけが解せないが、容姿の特徴とドラゴンを圧倒する強さに否定する余地がない。名前が異なるのはきっと偽名を名乗ったからだろう」


「マルセルというのが偽名ですか」


「そうだ。奴は今や王国のお尋ね者。第一級の犯罪者だ。正体を知られてはいけないのだから、偽名を使うのは当然だろう」


 フリーゼさんの主張を疑う部分は一つもない。


「そうですね。その通りだ」


「しかし、ディートリヒは光の魔法を使う魔法戦士であった。闇の魔法は断じて扱えぬはず。それなのに、どうして……」


「ペルクナスが力を貸したのでしょうか」


「ペルクナスだと!? そんな、まさか……」


 言いながらフリーゼさんが右手で口を止めた。


「いや、ウシンシュ様を味方につけた奴ならあり得る。ペルクナスか、彼に準ずる邪神の力を得たか」


 ディートリヒの謎は追っても深まるばかりか。


「ヴェンツェルさん、困ったことがあれば、いつでも私を尋ねてくれ。これはヴァリマテ様の意志でもある」


「はい。そのときは遠慮なく駆け込ませてもらいます」


「私の縁者である印も明日に渡そう。それさえあれば受付を通さずに本殿まで入れる。メトラッハや他所の街でも使えるから、うまく活用してみてくれ」


 後ろで物音が聞こえたような気がしたが、気のせいだ。


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