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第121話 勇者を止めろ

「先日、ヴァリマテ様の使いとしてユミス様が私の前においでになられて、あなたがたにすべてを話す決意がかたまりました。どうか、ディートリヒを止めてください」


 フリーゼ様がテーブルに手をついて私たちに頭を下げた。


「純粋な彼は今でもどこかで王国の打倒に炎を燃やしていることでしょう。友のそんな姿は見ていられない。だから、あなたがたに彼を止めてほしいのです」


 ウシンシュ様を探す旅であったはずなのに、話がどんどん壮大になっていく。


「止めるというのは、彼を殺せという意味ですか?」


「そうしてほしくありませんが、それ以外に方法はないでしょう」


 美しい顔で簡単に言ってくれるな。


「ディートリヒは道を踏み外したといっても、かつて魔王を倒した勇者です。そんな強敵を私たちで倒せるとお思いですか」


「難しいですが、やっていただく他ありません。あなたがたは神の祝福を受けた選ばれし者。彼に決して引けを取りません」


 私たちで勇者を倒せると本気で思っているのか?


「もちろん、あなたがたに単独で戦いを挑めとは言いません。王国の力を借りてディートリヒを打倒するのです。王国もそれを望んでいるはずです」


「簡単に言わないでほしいですね。相手は魔王を倒した男なんですよ」


「難しいでしょうが、彼を一人にすれば勝算はあるでしょう。彼にはもうウシンシュ様の加護がない。だが、あなたがたにはユミス様がついておられます。必ず、あなたがたを勝利に導いてくれるでしょう」


「おほほ。かつての勇者といっても所詮は人間のレベル。神であるわらわの敵ではないわ」


 普段のおちゃらけた姿から想像できない凄みを感じさせてくれる。


 無理難題だが、やるしかないのか。


「あの、フリーゼさん。ひとつだけ聞きたいんだけど」


 マルが遠慮しないで右手を上げた。


「はい、なんでしょう?」


「さっき、ウシンシュ様の加護がないとか言ってたけど、ウシンシュ様ってまだ勇者のそばにいるの?」


「いい質問ですね。確証はありませんが、ウシンシュ様は未だにディートリヒのそばにいると思われます。神は一度好いた人間からなかなか離れませんから」


 私がユミス様に好かれているように、ウシンシュ様も未だにディートリヒのそばから離れられないのか。


「まだ近くにいるんだったら、その加護とかいうのもディートリヒに行くんじゃないの?」


「いえ、それは断じてありません。神は道を踏み外した者に加護を与えません。たとえディートリヒの行いに正当性があろうとも、彼が罪のない者を傷つけているのは紛れもない事実。このような暴虐を神は決して許しません」


 神の加護はそんなにも厳正な基準で与えられるかどうかが決まるものなのか。


「マル、その男の言う通りじゃ。わらわたち善神は悪を嫌う。わらわも例外ではないゆえ、そなたらも日頃の行いには気をつけるのじゃぞ」


「そうだね、わかったよ」


 ウシンシュ様の行方も大方の予想がついた。


 やはりディートリヒの近くで戦っていた人を尋ねて正解だった。


「で、では、わたしも、ひとつだけ……」


 アルマが恐る恐る手を上げた。


「遠慮しないで聞いてください。私が直接お話できる機会は限られてますので」


「は、はい。その……どうして、フリーゼ様が勇者様を阻止されないのかなって」


 聞きにくいところを真正面から突いたな。


 フリーゼ様がお気を害するかと思ったが、意外と苦笑しているだけであった。


「当然、そう思われるでしょう。ですが、私では彼を止めることはできないのです」


「そ、そうなんですかっ」


「私は防御と回復を専門とする魔道師。仲間のサポートはできますが、人や魔物を攻撃するのは苦手なのです」


 要するに勇者パーティのヒーラだったんだな。


「そうですかっ」


「聖騎士のラルスや攻撃を得意とする魔道師のメヒティナであれば、単独で彼を止められたかもしれませんがね」


「あ! 聖騎士のラルス様は、魔王との戦いで命を落とされたって……」


「もう一人の魔道師も確か行方不明なんだよね」


「そう。二人がいれば、私でもディートリヒの過ちを止められたんですがね」


 ヒーラは防御と回復に特化しているから単独で戦えない。


 サポートは得意だが単独行動には向かないか。


「ていうか、あんたはここから離れられないんでしょ? どっちみち勇者を止めるのは無理だよ」


「ええ、まあ。だからこそ、あなたがたにお願いしたいのです」


 私たちでディートリヒに勝てるのか。


「私たちがパーティを結成して魔王の討伐に燃えていた頃、融通の利かないディートリヒと王国の間をラルスが取り持っていました。とりわけ彼の死が悔やまれます」


「大事な方だったんですね」


「ええ。ラルスは王国に忠誠を誓う人間であり、同時にディートリヒと肩を並べるほど強かった。彼も武人肌で、決して融通が利くタイプではなかったのですが、彼の言葉にディートリヒはよく従っていた……ああ、私があの時、彼を助けていれば、このような混乱を招くこともなかったはずなのに」


 ラルスという人は優れた方だったのだろうが、いくら悔やんでも故人が生き返ったりしない。


「フリーゼ様、貴重なお話をたくさんお聞かせいただき、ありがとうございました」


「いえ。力のない私ができるのは、このくらいしかありません。どうか、友をお願いいたします」



  * * *



 夜道を帰るのは危険だからと、本殿の一室で宿泊することを許された。


「それにしても厄介なことになったねぇ」


 一室に四枚の布団を並べる。


 陽が落ちてもまだ当分寝られそうにない。


 燭台を置いたテーブルを四人で囲った。


「うん。わたしたちで勇者様を止められるのかな」


「案ずるでない。お主らにはわらわがついておる」


 なんだかんだでユミス様のお力があれば、どうにかなりそうな気もする。


「ユミちゃんって、そんなにすごいの? 相手は魔王を倒した勇者なんだよ」


「ん? マルはわらわの力を信じぬというのか。神が人間などに負けるとお思いか?」


「うーん。そうなんだけどさ」


 マルはまだユミス様のすごい力を目の当たりにしてないのか。


「まあよい。そなたも直にわらわのすごさを知ることになるであろう。わらわは眠いから、もう寝るぞ」


 そう言ってユミス様が変化の力を使って……


「花? 花にもなれるの!?」


「うっそ」


 ユミス様がユリの花に変化して、テーブルの上で寝てしまった。


「ユミちゃんの変化はなんでもありなんだね」


「お花になるんだったら花瓶を用意しなきゃ」


 アルマが花瓶を探しに部屋を出ていった。


「起きててもすることなんてないから、あたしらも寝る?」


「そうだな」


 ディートリヒの居場所を思い浮かべてみる。


 黒十字団のギルマスである奴は、今ごろどこかのアジトにいるんだろうな。


 闇の神ペルクナスを信仰する邪教徒たちの集団。


 ――はははは! 死ねっ。


 脳裏に突如浮かんだのは闇の魔法を使うマルセルさん。


「そんなバカな! あり得ないっ」


「どっ、どうしたの!?」


 私はテーブルを叩いて立ち上がってしまった。


 記憶と思考の奥底から不意に浮かび上がったひとつの答え。


 マルセルさんが勇者ディートリヒなのでは……


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