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第120話 勇者のかつての仲間によって語られる

 ユミス様がふらりとどこかへ消えて、五日が経った。


 一報が入るまで街で待っておれと言われたからメトラッハの宿で待っていると、太陽神殿の神官を名乗る男が私たちを訪ねてきた。


「ヴェンツェル・フリードハイム様でお間違いありませんか? 大神官フリーゼ様から伝言を預かっております」


 突然の使者にマルとアルマも唖然としていた。


「本当に一報が入った!」


「ユミス様のお願いがお父様に届いたってこと?」


 神の力がこんなところでも通用してしまうなんて。


「いや、まずは話を聞いてからだ」


 使者の話によると、明日の夜にフリーゼ様が都合をつけてくれたらしい。


 使者は詳しい理由を知らされていないようだが、フリーゼ様が緊急の処置を取るのはかなり異例のことであるようだ。


「お忙しいフリーゼ様直々のご依頼です。明日の夜に大神殿に必ずお越しください」


「私たちのお願いをお聞きいただき、感謝いたします。必ず向かいますとフリーゼ様にお伝えください」


 かつて勇者ディートリヒのそばで戦っていたという方から話を直接聞くことができる。


 ユミス様がつなげてくれたこの機会を決して無駄にはできない。



  * * *



 次の日にマルとアルマを従えて太陽大神殿へ向かった。


「森を迂回する道が別に用意されてたんだね」


「そうじゃないと戦えない人も魔物に襲われちゃうもんね」


 森に入らずに街道を進んでいく道だから安全だけど、森を突っ切る道の倍近くの時間がかかってしまう。


「ユミちゃんは帰ってこないけど、平気なのかな」


「平気だろう。放っておいても死ぬような人じゃないし」


「そうだけどさ。心配じゃない?」


 心配ではあるが、気にしたところでどうにかなるものではない。


「今ごろお父様と仲良くやってるんだろう。そのうちに帰ってくるさ」


「ヴェンは呑気なんだから」


 夕方には太陽大神殿に到着してしまった。


 茜色の夕陽に照らされた神殿は儚げで、昼間とまったく異なる表情を見せてくれる。


「夕陽がきれいだね~」


「見て。祭殿の屋根もすごくきれいだよ!」


 大神殿の訪問客は昼間より少ないが、ヴァリマテ様を熱心に信仰する人は多いようだ。


「陽が落ちるまで向こうの神殿で待っていよう。訪問客の邪魔をしたら悪いから」



  * * *



 陽が西の遠くの山に沈み、下位の神官が私たちの下を訪れた。


 彼の案内に従って祭殿の奥へとつながる一室へと移動する。


「この向こうって一般人が立ち入りできない場所なんでしょ?」


「緊張するぅ」


 神殿をつなぐ回廊は灯りがつけられているが、手燭がないと足下はかなり暗い。


「こちらでございます」


 十人くらいが入れるそこまで広くない部屋だ。


 真ん中に縦長のテーブルが置かれ、カゴの中にフルーツが用意されている。


「フリーゼ様をお呼びいたします。椅子に座ってお待ちください」


 使者はテーブルの燭台に火を灯して部屋を出ていった。


「フリーゼ様、ほんとに来られるのかな」


 アルマのとなりに座ろう。


「来るんじゃない? ここまできたらもう、びびってもしょうがないから、待つしかないでしょ」


 マルがカゴの中からリンゴを取り出した。


「お腹空いたから、これ食べちゃおうよ」


「あ、皮剥くから、ちょっと待ってて」


 アルマがリンゴの皮を剥き終えた頃に回廊から足音が聞こえた。


 現れたのは白いローブに身を包んだ長身の男性……とユミス様。


「ユミス様!」


「お主ら、言いつけた通りにちゃんと来おったようじゃの」


 ユミス様はフリーゼ様と一緒にいたんですか。


「まさか神に選ばれた方々にまた出会えるとは思いもしませんでした」


 フリーゼ様は顔の白い美青年だった。


 年齢は二十代か三十代。


 神官の豪華な帽子とローブが位の高さを過分に感じさせる。


「お初にお目にかかります。フリーゼです。当神殿の責任者を務めています」


「私はヴェンツェルといいます。本日はお忙しい中、私たちのためにお時間をつくっていただいてありがとうございます」


「ご丁寧にありがとうございます。堅くならずに、そちらにおかけください」


 物腰の柔らかそうな方だが、やはり緊張してしまう。


「時間がないので簡潔にお話しましょう。あなたがたはディートリヒとウシンシュ様の行方について知りたいのでしょう?」


「はい、そうです。光の神ウシンシュ様が行方不明ですので、魔王との戦いの折にそばにいたというディートリヒの所在を知りたいのです。彼の所在についてご存知ですか?」


「ディートリヒの所在ですか……」


 フリーゼ様が目を背けられる。


「その様子ですと、ご存知なんですね」


「はい。知っていると言えば、知っています」


 時間がないと言いつつ、なんとも歯切れの悪い返事だな。


「どういう意味ですか」


「大体の所在はわかりますが、彼の具体的な所在はわからないという意味です」


 それだと余計に意味がわからないぞ。


「ひとつずつ、順番に説明していきましょう。あなたがたは黒十字団についてご存知ですか?」


「はい。フェルドベルクの各地で悪さをしているならず者たちですよね」


「そうです。黒十字団は今や巨大な組織へと膨れ上がり、長いこと王国が討伐に身を乗り出していますが、戦いの終息は未だに見えません。あの巨大組織はディートリヒがつくり出したものなのです」


 夜の静寂が燭台の火を揺らす。


「なんですって?」


「ディートリヒは魔王ザラストラを倒しましたが、王国の自身への対応を不服として反逆を企てたのです。黒十字団は王国の打倒を目指して結成された組織だったのです」


 黒十字団はディートリヒが結成した組織だったというのか?


「では、黒十字団のギルマスというのは……」


「お察しの通り、ディートリヒご本人です」


 無情な宣告がフリーゼ様から下されてしまった。


「そんな……」


「だから勇者の大体の居場所がわかるんだ」


 マルとアルマも無情な宣告を受け入れたくないようであった。


「ディートリヒは……彼はとても純粋な方です。魔王を倒すために厳しい修練を乗り越えて、どんな強敵にも屈さずに戦い続けました。彼はとても強い人だった。しかし、そんな彼にも弱点があった。彼には王国や権威というものを推しはかる気持ちが欠落していたのです」


「よくわかりませんが、要するに王国や権威に忖度できなかったということですか?」


「はい。彼は考えが純粋であるあまりに騎士団や貴族とよく衝突していました。彼がいくら強くても身分は騎士や貴族たちより低い。強いのに、弱い者に付き従わせられるのが嫌だったんでしょうね。

 それでも魔王を倒すまでは王国と協力関係を維持していました。だが、魔王を倒したら共通の敵がいなくなってしまった。彼と王国が決裂するのは時間の問題であったように思えてなりません」


 こんな裏事情があったから、フェルドベルクでディートリヒについて触れてはいけない空気が流れていたんだな。


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