第108話 山の上から敵のアジトを探せ
黒十字団のアジトをどうやって見つけるか。
「奴らが現れたら捕まえて、アジトまで案内させるしかないか」
長年使われていないという空き家を整理しながら考える。
「山に入って探すのはダメなのかな」
「ダメではないけど、かなり非効率だと思うよ。広い山から奴らのアジトを探し出すのは至難だろうし、時間をかけても探し出せないかもしれない」
「そっかぁ」
アルマがわずかに肩を落とした。
ユミス様も苦笑されて、
「こればかりは魔法でなんとかなるものではないの。鳥に化けて探し出す手はあるが」
アルマを慰めるように言われたが……鳥に化ける?
「鳥に変化して空から山を捜索するんですか」
「そうじゃな。歩いて探すより効率はよいと思うぞ」
奴らがいつここに現れるのか、わからない。
ユミス様のアイデアは突飛ではあるが、ためしてみる価値はある。
「ユミス様、明日、鳥に変化させてください」
「わらわの案でいくんじゃな。まかせておけ」
* * *
次の日に鳥の姿へと変化して山の捜索を開始した。
鳥の身体は雲のように軽い。
気流に乗って上空へとすぐ上昇し、山の頂上まで眺められる高さにまで達した。
「すごい! こんな簡単に空を飛べちゃうなんて」
茶色の小鳥になったアルマが興奮しているようだ。
「これ。あんまりはしゃぐでない」
「すみません。空を飛ぶのは初めてなので」
こんな上空まで飛んでいるんだから、興奮するのは無理もない。
真下を除けば失神してしまうほどの高さだ。
「大丈夫だ。今は鳥の姿なんだから、落ちるはずがないんだ」
今さらながら高いところが苦手だったことを思い出した。
「高いところが苦手なのは落ちる恐怖があるからであって、決して落ちないとわかっているんだったら恐怖なんて感じなくていいんだ」
「ヴェンよ、さっきから何をぶつぶつ言っておるのじゃ?」
余計なことを考えている場合ではなかった。
「アルマとユミス様は向こうの山を探してください。私はこの山を探します」
「わかった!」
「奴らの住処を見つけても深入りするでないぞ」
空の旅は快適だ。
翼を広げて大空を舞い、風に乗って大きく旋回する。
空には進行を妨げるものがないから、自分の思い描く道を進むことができる。
「空を飛べるのってすごいな。一日中飛んでいても飽きないな」
改めて思う。ユミス様の変化の力は偉大だ。
「遊んでいる場合じゃない。黒十字団のアジトを探すんだ」
近くの山へと急降下する。
木の枝に留まり辺りを見まわす。
「この近くにそれらしい建物や洞窟はないな」
少し離れた場所に移動して怪しい場所がないか探す。
しかし、山で拝める景色はどこも木や草が生い茂っている光景ばかりでまったく変わり映えしない。
「鳥になってアジトを探す案は良さそうだったが……探し出せるのか?」
後ろから何かが近づいてくる気配!
急いで小枝から飛び出して後ろを振り返ると……白い小鳥はユミス様ですね。
「ユミス様、どうしたんですか?」
「ほほ。ヴェンがわらわと遊びたそうにしてると思っての」
要するにアジトを探すの飽きたんですね。
「早くアジトを探したいんですから、真面目に探してくださいよ」
「ええ、そんなぁ。ヴェンちゃんのいけずぅ」
うわ、近づいてこないでください!
「いいから向こうへ行け、エロ女神!」
「ほほ。エロであることは否定せぬが、ちょっと口が悪いぞ」
エロって認めていいんだ。
「最近どんどん生意気になってきたヴェンにお仕置きの時間じゃ!」
「いいから早くアジトを探せ!」
結局、ユミス様にまとわりつかれて、ろくに捜索ができなかった。
夕方に差しかかる時間になって、アルマが怪しい場所を見つけ出してくれた。
「アルマにばっかり探させてしまって、申し訳ない」
「全然気にしないで。小鳥の姿で飛びまわってるの楽しかったから!」
ううっ、アルマの純粋無垢な笑顔が眩しい。まだ鳥の姿だけど。
「ヴェンよ、遊んでばっかりではなくて、もう少しアルマを見習った方がよいようじゃの」
「享楽女神は黙っとれ」
気を取り直して、アルマの案内に従って山を飛び越えていく。
山の中に入って木々の間をすり抜けて、高い崖の下に木々の拓けた場所が広がっていた。
「ここだよ。あそこに洞窟があるんだけど、盗賊の住処かなって」
アルマが言う通り、崖に穴が開いて洞窟の入り口がぽっかりと口を開けている。
洞窟の入り口の前に焚き火をした跡もある。
「誰かが住んでいることには間違いなさそうだ。よく発見してくれた」
「偶然見つかっただけだよ」
アルマのひたむきさに脱帽する。
「さて、ヴェンよ。これからどうする?」
「そうですね。まずは洞窟の中を探索しますか」
小鳥の姿のまま洞窟の入り口を抜ける。
洞窟の中に明かりが灯っている?
洞窟の中は意外と整備されている。
石だたみの階段と床。
棚やテーブルも広い空間に置かれている。
大小さまざまな部屋が回廊でつながる複雑な構造だった。
「中は意外と広いですね。これだけ広ければ三十人くらいは入れそうです」
「ふむ。貴族の屋敷よりも広いかもしれんのう」
「わたしのうちよりも広いね」
そして、それ以上に気になるのが黒十字を描いた壁かけじゅうたん。
「黒い布地に金で描かれた十字が不気味ですね。やはりペルクナスを信仰しているのでしょうか」
「そうであるとしか言いようがないのう」
ユミス様が私のとなりに降りて嘆息する。
「闇の力は強大じゃ。光や他の元素と違って爆発的な力を得られる。本来ならば人間では扱えぬはずじゃが、ついこの間に人間が闇の魔法を扱っているのを見てしまったからのう」
マルセルさんか。
「マルセルさんもペルクナスを信仰しているのでしょうか」
「さぁな。闇の魔法を扱うからといって、必ずしもペルクナスを信仰しているとは限らん。闇の強い力に単純に魅入られてしまった可能性もあるからの」
闇の力はそんなに魅力的なのか。
「闇の力は強大ですが、人間の心や身体は闇の力に耐えられないんでしょう? そんな麻薬と同じような力を得ても自分の身を滅ぼすだけなのでは?」
「うむ。そのように理性的に考えられればよいのじゃが――」
外から物音が聞こえてきた!
「黒十字団の方が帰ってきた?」
「そうかもしれない」
盗っ人のようにこそこそ動くのはもう終わりだ。
「ユミス様。変化を解いてください。ここで戦います」




