第106話 カツラ役人とフェルンバッハ十一世
結局、水竜の討伐から半月以上も湖の関所で待たされる羽目になった。
「――冒険者である貴公らの功績をここに称え、金一封を贈呈することとする」
メトラッハから遣わされたという役人の長い祝辞がやっと終わった。
私は仮設の台に上がらされて、役人のありがたい祝辞をいただく立場になっている。
「王国から多大なる恩顧を被り、ありがたき幸せにございます」
「ふむ。金一封といえども冒険者である貴公らには多すぎる報酬だ。決して、無駄金になどせんようにな」
ユミス様に渡したら一夜で無駄金に化けそうだ。
紙の封筒に包まれた金一封を両手で受け取って、深々と頭を下げた。
「ヴェンよ、いくら入っとるんじゃ!?」
めんどくさい表彰式……じゃなかった。
厳かでありがたい表彰式を終えるとユミス様がさっそく飛びついてきた。
「中はまだ確認してませんが、けっこう入ってるんですかね」
棚ぼたであることをすっかり忘れて、貴重な紙の封筒をそっと開けてみた。
ぶ厚い封筒に一万リブラの紙幣が何枚も入っている。
一枚ずつ数えると三十枚……なかなかの臨時収入だけど、ドラゴンを倒した報酬にしては少ない気がする。
「三十万リブラですね。思ったほど多くなかったです」
「ほぉ、そうなのか? グリフォンのときと比べてみても少ないのかの?」
「ナバナ平原のグリフォンを討伐したときの報酬は五十万リブラですから、この報酬はかなり少ないですね」
「そうであったか。しかし、わらわの新しい香水は買えるじゃろ?」
この人……じゃなくてこの女神はしれっと香水の購入を要求してきたぞ。
「香水なんて買いませんよ」
「なぜじゃ! そんなに金があるのじゃから買ってくれたってよいではないかっ」
さっき無駄金を使うなって言われたばかりなのに。
「わかりましたよ。メトラッハに着いたら考えます」
手放しで喜ぶユミス様の後ろから、王国の役人が歩み寄ってきた。
「報酬はどうだったかな? 貧しい冒険者には多すぎる金額だろう」
「はい。王国と王様のご慈悲に感激しております」
この手の人に本音をぶちまけてはいけない――
「前の街でもらった報酬よりも全然少ないが、人間にしてはよい心がけであったぞ」
ユミス様! ここぞとばかりに余計なことを言わないでくださいっ。
「な……少ない、だと」
「あはは! 昨日食べたごはんが少なかったんで文句を言ってるだけですっ」
役人の男性が目を点にしている合間にユミス様の口を封じた。
「まぁよい。きみたちは他所の国からやってきた冒険者かね?」
「はい。バルゲホルムからやってきました」
「ほぅ、あの田舎の国か。道理で田舎臭さを感じた訳だ」
うわ、そっちから本音をぶちまけてくるのか。
この親父、こういう性格か。
「都会になじんでいなくてすみません。フェルドベルクはもっと都会なんですか?」
「もちろんだとも! フェルドベルクは勇者フェルンバッハ一世が築いた大国。二百年以上も歴史のある国が、そんじょそこらの田舎と同じな訳がなかろう」
この横柄な態度は無視して、フェルドベルクは勇者フェルンバッハが建国したのか。
「フェルンバッハは二百年前に実在した――」
「これっ、『フェルンバッハ様』だっ。誰が呼び捨てにしていいと言った!?」
うわぁ、めんどくせぇ。
「フェルンバッハ様は、二百年前に実在した方なのでしょうか」
「当たり前だ。そうでなければ、現国王のフェルンバッハ十一世まで王位が継承される訳がなかろう。やれやれ、そこまで説明しないといけないほどの田舎者だったとは……」
フェルドベルクの役人って、こんな人たちばっかりなのか。
こいつの頭、髪にボリュームがなくて、なんだかカツラっぽいな。
ありがたい長話をスルーしながら、この頭がカツラであることをどうやって証明しようか方法を考えた。
「きみたちのような田舎者にとってフェルドベルクは都会すぎるだろうが、心ゆくまで観光していきたまえ」
奴が下品な笑い声を上げながら去っていく後ろから、ウィンドの初級魔法をそっと唱えてやった。
「あ……? ああっ!」
ああ、やっぱりカツラだったんだ……が雲のようにふわりと浮いて、湖の畔に落ちた。
「なんで急に変な風が吹くんだ!」
親父は周りから白い目で見られてることにも気づかずにカツラを拾いに行った。
「よくわからんが、つまらん人間じゃのう」
ユミス様が小鳥に変化して私の肩に乗った。
「フェルドベルクの役人であることに誇りをもっているようですね。そのあたりの感覚は私にも理解しかねますが」
「国の役人でいることが、それほど素晴らしいものなのかのう」
カツラ親父の無様な姿なんて眺めても面白くない。
「もらえるものはもらったし、メトラッハに向かって出発しよう」
「やっと目的地に向かえるんだね」
アルマもずっと退屈してたようだ。
門番の人たちに別れを告げて、大きな湖の畔を歩いていく。
「メトラッハに向かうためには、いくつかの山を越えないといけないようだ」
「けっこう遠いの?」
アルマが隣から地図をのぞき込む。
「割と遠いな。ゆっくり歩いたらひと月はかかるんじゃないか?」
「そんなにかかるんだ」
「急ぐ旅じゃないけど、山道ばっかり歩くと食糧が足りなくなるなぁ」
ユベルリンゲンでいただいた食糧は、節約しながら食いつないでも数日分しかない。
ユミス様が幼女の姿に戻った。
「わらわはヴェンとアルマの信仰で食いつなげるが、ふたりは物理的な食糧がないときつかろう」
「そうですね。野生の動物を捕まえてもいいですが、できれば中間の拠点を探したいです」
「中間の……? 人間の村が見つかればよいのか?」
「はい。食事をいただける場所に辿り着ければいいんだけど――」
前方から研ぎ澄まされた気が!
「ふたりとも離れて!」
急いで散開した私たちの脇を矢のようなものが通り過ぎた。
「なんじゃ?」
「誰かが攻撃したの!?」
嫌な予感がする。
向こうの崖を滑り落ちてくるのは、黒い衣服が特徴的な盗賊たち。
「黒十字団という賊か」




