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第102話 勇者ディートリヒと王国の噂

 酔っぱらいの客たちを店の外へ放り出して、私たちは店の掃除に取りかかった。


「ううっ、なぜわらわまで……」


「仕方ありませんよ、ユミス様。がんばって早く終わらせましょう!」


 アルマはなぜか張り切って、床に落ちた残飯を拾いはじめた。


「アルマはなんで掃除に張り切れるんじゃ?」


「さぁ」


 アルマって料理するのも好きだし、もしかして家事が好きなのかな?


「いいとこのお嬢さんなのに、変わってるなぁ」


「ヴェンはいいとこのお兄さんじゃないから掃除は嫌なのかの?」


「うるさいな。掃除やってるでしょ。っていうかユミス様だって全然手が動いてないじゃないですか」


 農民だった頃から掃除なんて好きじゃなかった。


「わらわは神じゃから掃除などせんでもよいのじゃ」


「じゃ、ユミス様もいいとこのお嬢さんじゃなかったということですね」


「な……! 神に向かってなんと無礼な――」


「おいお前らっ、くっちゃべってねぇでさっさと片付けろ!」


 ぴしゃりと店主から叱責が飛んだ。


「うぬぅ……あの親父も神を畏れぬ不届き者よ。わらわが天罰を下してくれようぞ」


「罪のない人を痛めつけたらお父上から叱られますよ」


 ユミス様が「はぅ!」とうなだれた。



  * * *



 結局、掃除のほとんどはアルマがやってくれた。


「ねえちゃんは若えのに偉いな! あっという間に店がきれいになっちまったっ」


「そんな……マスターの指示がよかっただけですよ」


「がはは。あんたみたいなべっぴんで働き者の娘がいたら、毎日が楽しいんだろうな」


 アルマが店主に気に入られてる。


「あんな強面こわもての店主の心をつかんでしまうとは」


「アルマの健気さはすさまじいのう」


 店主から好きな席に座るように言われたので、隅っこの席を三人で囲む。


「ねえちゃんががんばってくれたから、これでも食いな」


 差し出されたのは大きな器にたくさん盛られた肉団子の料理!


「いいんですか!?」


「お前らは大してがんばってなかったが、ねえちゃんのおまけだ」


「ありがとうございます!」


 こんなところで貴重な肉が食べられるとは!


「わたしたちが勝手にお邪魔したのに、なんだか申し訳ないです」


 アルマは真面目だな。いただけるものはいただいてしまえばいいのに。


「気にするな。あんたが気に入ったからな。たくさん食べな!」


 エールもいっしょにつけてくれるなんて、見た目に反して心優しい店主だっ。


「小さい奴にはミルクでいいだろ」


 ユミス様の前にはなみなみ注がれたミルクのコップが置かれた。


「ほほ。そなたの無礼は水に流しておくぞ」


「ふん、妙な奴らだな。他の奴らと比べて断然若いのに、実力はお前らの方が数段上だ。お前らみたいな奴を見たのは初めてだぜ」


 店主が近くの椅子にどかりと腰を落とした。


「この村にはたくさんの冒険者が訪れるんですか?」


「そりゃな。隣の国と近い場所だし、交通の要衝だからな」


「このユベルリンゲンを訪れる冒険者は、どのような人たちですか?」


「あん? どのようなって、お前がさっき吹っ飛ばしたような連中ばっかだよ」


 あの荒くればっかりなのか。


「冒険者のほとんどは、その日の酒さえ飲めればいい連中ばっかだからな。お前らみたいに若くて目を輝かせてる奴らがまぶしいのさ」


 私は元四十二歳のおっさんですけどね。


「だから、さっきはあんな感じでムキになってたの?」


 アルマが問うと店主が素直にうなずいた。


「ああ。年を取ったら若い頃には戻れねえからな。要するにお前らが羨ましいんだよ」


「わたしたちが羨ましい? よくわかんない……」


 アルマが木のスプーンを置いて難しい顔をしていた。


「店主、私たちは勇者ディートリヒの行方を追っています。何か知りませんか?」


「勇者? たまに出る偽者のことじゃなくてか?」


「はい。本物の勇者ディートリヒを探しています」


 店主がテーブルに肘を置いて考え込む。


「すまねえが俺は知らねえな。この辺りで知ってる奴はいないんじゃないか?」


「そうですか。残念です」


 わずかに期待していた分、落胆はそれなりに大きい。


「ディートリヒは王国と結託して魔王と戦ってたんだよな。俺は見たことねえが、五年前か? 奴が活躍してたときはこの店でも毎日のように奴の話が飛び交ってたぜ」


 当時の噂話でも何かの参考になるかもしれない。


「どんな話が飛び交ってたんですか?」


「どんな? そうだな。だいたいは戦いばっかだった気がするな。どこどこの関所から魔物を追い払ったとか、あの戦場で魔王軍に勝ったとか、そんな話ばっかりだった気がするな」


 ディートリヒは戦いばっかりの生活を強いられてたんだな。


「魔王軍は東のアグスブルクを拠点にしてたんでしたっけ?」


「アグス……? すまんが、地理とか政治的なのは知らん。だが、魔王軍を東の方へ押し返したとかって、誰かが言ってた気がするな」


「魔王はフェルドベルクの東にあったアグスブルクを滅ぼして、自分たちの領土にしてたらしいです。だから最終的にはディートリヒがアグスブルクまで攻め入って、魔王を倒したんでしょうね」


「そういうことか。俺よりもにいちゃんの方が詳しそうだな」


 問題なのは、その後だ。


「凶悪な魔王を倒したんですから、ディートリヒはこの国の英雄になっててもおかしくないのに、彼の消息がなぜか途絶えている。どうしてなんだろう」


「そうだな。俺もそれはずっと気になってたが……」


 店主がまた考えはじめた。


「魔王を倒したときはやたら騒がれてたんだが、半年くらいしたら奴の話を聞かなくなったんだよな」


「ディートリヒの噂が途絶えたんですか?」


「ああ。なんか王国と喧嘩したとか、そんな話は聞いたような気がするなぁ」


 ディートリヒは王国と何かしらの理由で揉めたのか。


「魔王討伐の報酬とか、領地をめぐる問題で揉めたとか?」


「さあな。国とか政治的な話はよくわからん。だが、魔王を倒した奴なんだから、領地くらい与えてやってもいいのにな。国の連中もケチだよな」


 店主が大きなグラスに注いだエールを一気に飲んだ。


「ヴェンよ、何かわかりそうか?」


 ユミス様とアルマが心配そうに私を見ている。


「はい。大事な情報をいただきました」


「そうなの? わたしにはよくわからなかったけど」


 ディートリヒはフェルドベルクの王国と接点があった。


 ならば王家に近づくのが最良だろう。


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