第101話 国境の村のちんぴらから情報収集
バルゲホルムとフェルドベルクの国境を越えて、ユベルリンゲンの村にたどり着いた。
「それじゃ、兄ちゃん。この村でお別れだな」
荷台から降りるとギードの旦那さんが挨拶してくれた。
「お二人はここで降りられないんですか?」
「はは。俺たちが帰る場所はもっと山奥の田舎さ」
ギードさんと奥さんのハンナさんと握手を交わす。
「強い冒険者に会えて、若い日のことを思い出しちまったぜ。またな!」
「元気でね」
ふたりとも穏やかで話しやすい人たちだった。
「楽しい者たちであったの」
「またお会いしたいですね」
気持ちを切り替えて勇者とウシンシュ様の手がかりを探したいが、
「ずっと荷台に乗って疲れたから、宿で少し休みたいですね」
「なら、この村で泊まれそうな場所を探すかの」
この村は国境に近いけど、それほど大きな村ではないようだ。
「グーデンよりもずっと小さな村だよね」
「そうだね。ほとんど要塞化されてないところを見ると、バルゲホルムとフェルドベルクは仲が良いんだろうね」
宿は村の入り口の近くにひとつ。
奥にもう一軒あるか。
「奥の宿の方が値段は安そうだね。今後のことを踏まえて旅費を節約しよう」
「たまにはぱぁーっとお金を使ってもよいと思うがの」
「何を言ってるんですか。私たちは旅の途中ですよ。ぱぁーっと使って路銀がなくなったらどうするんですか」
「そんときはヴェンが一肌脱いでなんとかするじゃろ」
「なんで私が一肌脱がなきゃいけないんですか」
宿は客室のあまり多くない、小ぢんまりとした場所のようだ。
三階建てで客室のほとんどは埋まってしまっているみたいだ。
「一部屋だけぎりぎり空いててよかったですね。危うく野宿になるところだった」
「うん。だけど、ベッドがふたつしかないよ。どうしよっか」
「それならユミス様とアルマが使えばいいよ。私はこっちの床で寝るから」
部屋はできれば別にしたかったが、仕方ない。
「ヴェンツェル、いいの?」
「私のことは気にしないでいいから」
「ほほ。それならわらわとヴェンが添い寝をすれば良いではないか」
ユミス様の提案を丁重にお断りして、情報収集をどこですればいいか。
「勇者とウシンシュ様の手がかりって、誰に聞き込みをすればいいと思います?」
「誰に? その辺を歩いてる者に聞くのではいけないのかの?」
それでもいいのかもしれないけど。
「道ばたを歩いてる人に聞いても手がかりは得られなそうですけどね」
「なら、もっと的確な者がいるというのか?」
「そうですね……」
こういうとき、冒険者はどうすればいい?
「冒険者が旅先で情報や手がかりを得る場所といえば……酒場?」
「お酒を飲むところ?」
「そう。冒険者といえば、やっぱり酒場か」
夜になるまで宿でくつろいで、もう片方の宿屋のそばにある酒場へ向かった。
古びた扉を開けると酒の臭いがぷんと襲いかかってくる。
男たちの怒声や笑い声が飛び交う典型的な酒場だ。
「なんか怖そう」
「大丈夫じゃ。ヴェンにまかせておけ」
客のほとんどが男の冒険者だ。
私たちをぎろりと睨んでから目を少し丸くしていた。
「まずはカウンターにいる店主を尋ねてみましょう」
騒がしかった客が急に静かになった。
「店主。いくつかお聞きしたいことがあるんだが、よろしいか」
店主もかつては荒くれ者の冒険者であったのか、目の下と眉間に大きな古傷を残している。
「なんだ」
「勇者ディートリヒと光の神について、居場所をご存知であれば教えていただきたい」
店主は眉間をわずかに反応させたが、すぐにそっぽを向かれてしまった。
「知らねぇな」
「ほんとですか? 何か知っていそうな反応の仕方ですが――」
「おうおうおう! 色男のにいちゃん、女をはべらせて羨ましい限りだなぁ!」
ものすごくテンプレートな掛け声がどこからともなく聞こえた。
扉の近くで立ち上がったのは、すべての頭髪を逆立てている野人のような男だ。
「女を連れて魔王退治でもしようってぇのかあ!?」
「きゃっ!」
アルマが急に飛び上がった。
男がアルマの身体を触ったんだな。
「うひょー、いい尻だぜ。ねえちゃん、今晩、俺とどうだい?」
「やめろ」
フェルドベルクは立派な騎士団が護る大国だと聞いていたのに、この手の輩はどこにもいるんだな。
「おい、にいちゃん。まさかと思うが、この俺とやろうっつうのか?」
「私の大事な仲間に汚い手で触れるな」
「んだと! てめぇ、なら――」
なんかもうめんどくさい。
「ぐわっ!」
ウィンドブラストでさくっと吹き飛ばして、うざい男を向こうの壁まで押し出してやった。
「あーあ」
「料理や食器も盛大に吹き飛んでしまったのう」
しまった。お店に甚大な被害を出してしまった。
「てめぇ!」
別のチンピラが立ち上がってダガーをちらつかせてきたが、
「ぐほっ!」
こうなればもう自棄だ。
襲いかかってくる男たちをウィンドブラストで吹き飛ばした。
「うう……っ」
「なんてやつだ……」
気がつけば私たちを除いて立っているのは店主くらいしかいなかった。
「店主、すみません。あなたの大事なお店をめちゃくちゃにしてしまいました」
店主がまたぎろりと私を睨むが、なぜか声を大にして笑いはじめた。
「気にするな。冒険者の酒場の喧嘩は華だ。こんなもん、日常茶飯事よ!」
よくわかんない理屈だけど許していただけた。
「にいちゃん、あんた、見かけによらず強いねぇ。どこから来た魔道師だい?」
「グーデンからです。グリフォン退治やサイクロプスを静めた話を聞いたことはありませんか?」
「グリフォン? ああ、そういえば北の平原でグリフォンを狩った奴がいるとか、そんな奴の話を聞いたことがあったかもなぁ」
私の名前はここまで聞き及んでいないか。
「よくわかんねぇが、強い奴なら大歓迎だ! ひさびさにおもしろいもんを見させてもらったぜ」
「いえいえ、そんな。では、あの改めて聞きますが、勇者と光の神の居場所を――」
「店が荒れちまったから今日はもう店じまいだ! にいちゃんとねえちゃんは残って店掃除してもらうからなっ」
やっぱり許してもらえてなかったようだ。




