第100話 邪神を崇拝する盗賊団
勇者ディートリヒと光の神ウシンシュ様の消息をつかむため、私たちは南西の大国であるフェルドベルクへと向かった。
グーデンの南西にある「猛獣の楽園」ことナバナ平原を越えて、そのさらに先へと街道を進むとフェルドベルクにつながっているという。
「イグノアの滝からずっと南に向かって旅をしてきたけど、目的地はなかなか遠いね」
馬車の荷台に揺られながら、アルマがつぶやくように言う。
「フェルドベルクはバルゲホルムの隣国なはずだけど、場所はけっこう離れてるようだね」
「うん。バルゲホルムはそんなに大きい国じゃないみたいだけど、充分大きいよね」
荷馬車を改装しただけの乗合馬車はお世辞にも乗り心地がいいとは言えない。
道ばたの大きな石に乗り上げると荷台が大きく揺れるから、気を緩めたら地面に落とされてしまいそうだ。
「あんたらもフェルドベルクに行くのかい?」
私のとなりに座る旅人から声をかけられた。
年齢は三十代……四十代か? 熟練夫婦の冒険者かな。
「はい。今までグーデンを拠点にしていましたが、もっと大きな都市で一山当てたいと思いまして」
「はは、若い人はいいねぇ。大きな野望と活気に満ちあふれている。俺たちにも少しばかり分けてもらいたいくらいだよ」
頭は禿げているが穏やかそうな人だ。
となりで笑う奥さんも優しそうだ。
「おふたりは恋人? それとも小さいお嬢さんと三人兄弟?」
「ええと、三人兄弟のようなものです」
「複雑な事情があるようね。魔王がいなくなっても、まだ不安定な世の中ですものね」
「はい。おふたりもバルゲホルムでクエストなどをこなしてたんですか?」
「クエスト? ああ、冒険者ギルドのことね」
頭の禿げた旦那さんが豪快に笑った。
「俺たちがギルドで活動してたのは、もう十年以上も前のことさ。あんときは君たちのように、やる気に満ちあふれてたなぁ」
「そうなんですね。では、冒険者はもう引退されてしまったのですか?」
「ああ。今じゃ農地を細々と耕して、たまにこうして気ままな旅をするだけさ。俺は大した冒険者じゃなかったが、ギルドでこいつと出会って今は幸せさ」
旦那さんが奥さんの肩を抱いて笑う。
「ギルドでおふたりが出会ったんですね!」
アルマが目を輝かせていた。
「そうさ! 俺は剣豪ギード、そしてこいつは優秀なヒーラのハンナ! 二人で立ち向かうところ敵なしっ。どんな奥深くへ続くダンジョンだって完璧に攻略してみせるぜ!」
「ちょっと、あんたっ。恥ずかしいから、やめなさいって――」
「野盗だ!」
御者の叫び声だっ。
「ヴェン!」
「わかってます。行くぞ!」
「うん。悪いことはさせない!」
メネス様からいただいた霊木の杖を拾って荷台を飛び降りる。
馬車の前で凶器をちらつかせているのは黒い外套で身を隠した者たち。
「金目のものを出せ」
「早くしろ!」
普段よく目にする野盗と装いが少し異なる。
だが、そんなものは関係ない!
「やめろ!」
アルマが前に立って妖精銀の盾をかまえた。
「女。てめえもこの馬車の一味か。命がほしければ金をよこせ!」
「断るっ。あなたがたには正義の鉄槌を受けてもらいます!」
アルマが盾をかまえたまま突進する。
「ぐわっ」
「なんだこいつ!」
あれは突撃系スキルのシールドアサルトだ。
「人間であろうとも悪い者には容赦をしない!」
アルマは相変わらず強い。
男たちはさほど手練れではないようだ。
アルマの背後を狙う者にアクアボールをぶつけて彼を吹き飛ばした。
「ここでいつも積み荷を狙っているのだろうが、運が悪かったな。これ以上抵抗するのなら、ここで捕縛して王国へ突き出すぞ!」
男たちはしばらくうろたえていたが、やがて身をひるがえして逃げていった。
「黒いマントで身を隠した野盗は珍しいな。グーデンのそばで悪事をはたらいてた連中とは異なる盗賊ギルドか」
「あのマントに黒い十字架が描かれてるね」
アルマが指摘した通り、男たちがなびかせているマントに金の刺繍で大きな十字架が描かれている。
「盗賊にしては見た目がちゃんとしてるというか」
「盗賊らしくない?」
「そうだな。と言っても冒険者らしくもないし、商人の装いとも違う」
あれは……いったいなんの集団だったのだろう。
荷台で私たちを見守っていたユミス様も珍しく真剣なご様子だ。
「あの黒い恰好と模様、気になるのう」
「ユミス様は何かご存じなんですか?」
「いや、わらわはよく知らぬが――」
「あんたたち、すごいな!」
旦那さんに豪快に肩を叩かれた。
「すごいじゃないか! あんな簡単に盗賊を追っ払っちまうなんて。人は見かけによらないなぁ!」
「あの手の輩は何度も退治してますので」
荷台に乗って旅を再開させる。
「それにしても不思議な盗賊でしたね。あんな黒い恰好の盗賊がいるなんて」
「ありゃ、あんたら知らないのか? あいつらは黒十字団っていう賊だぜ」
黒十字団?
「なんですか、その人たちは」
「俺も詳しいことはよく知らんが、山奥で邪神を崇拝してるっていう連中さ。最近、こいつらの活動が活発になって、王国でも問題になってるんだってよ」
邪神を崇拝!?
「それはもしやペルクナスでは!?」
「ペル……? いや、名前はよく知らないが、そんな名前の邪神かもしれねぇな。なんだ、兄ちゃん、邪神に興味でもあるのか?」
邪神を崇拝する人間が本当に存在するとは。
ユミス様も目を見開いておられた。
「ヴェンよ。これから向かう国は、どうやらかなり厄介な状態になっておるようじゃ」
「はい。邪神というのはペルクナスで間違いないでしょうか?」
「そうじゃな。あの黒い十字架はペルクナスを示すシンボルそのものじゃ」
頭の禿げた旦那さんがぽかんと口を開けていた。




