分け合う荷物
東京タワーが素晴らしいのはともかく、観劇を取り入れるなんて……なんと気の利いた高校だ。
「劇団四季・アナと雪の女王」、初めてのミュージカルに俺は心が躍っていた。あまりの素晴らしさに興奮状態だ。これだけでも修学旅行に来て良かったといえる。
しかし、第一幕が終わり休憩時間20分……第二幕が始まろうかというところ……隣の空席が気になる。お花を摘みに行ったつばきが帰って来ない……落ち着かない気持ちを誤魔化すようにパンフレットを読み漁る。
逆側の隣にいる神代が「八蓮花さん、戻って来ないね」と言ってくる。「まぁ、大丈夫だろ」と心にもないことを言って自らにも言い聞かせる。
最近、つばきとあやめのことが気になってしょうがない。束縛するような危ない男にはなりたくないので極力平静を装っているのだが、自分が思っているよりもずっと二人が俺の心を支配している。
会場が薄暗くなり、第二幕の開演ギリギリになると、ストンッと隣に人の気配を感じる。静まる会場のなか、声はかけずチラッと横目で確認すると、つばきの可愛いらしいワンピースを確認……ほっと肩をなでおろす。
これで観劇に集中出来る……と思っていると、第二幕の中盤あたり……感極まったのか、つばきが俺の右手に触れる……当然、俺はその手をつなぐ。
物語に入り込んだ感情が、つないだ手にも影響し、大胆にも絡め合う指と指……
ぎゅっと隙間なく握られた手……
大好きだよ……と気持ちを交換していく手の感触に興奮していく。
終盤……観劇の興奮との相乗効果で高ぶったのか、俺たちは寄り添い、肩は触れ、腕までも絡み合う……。
暗転した会場……引き込まれるような演技と歌に、俺たちのことを気にする者などいないだろう。
しかし、そうも言ってられない。この場所はクラスメイトに囲まれているのだ。なんとか我に返った俺は、そっと手を離し座り直すと……名残惜しそうに俺の右手を探す華奢な手を見て思う。
可愛い過ぎて死ねる……。
終演後、カーテンコールも終わり、神代が「良かったね」と話しかけてきたが……俺たちのこと?とは返さず「素晴らしかったな」と平気な顔で返した。
席を立ち、ゾロゾロと会場をあとにする。前を歩くつばきは後ろ手に組み、「楽しいかったね」と振り返る……彼女と目が合うと………………………は?
「なんでやねん!!」
俺は慣れない関西弁で突っ込んでいた。
「どうした?守日出」
「ぷっ!コーチ、関西弁……」
「アンタ、また寝ぼけてんの?」
「急にどうした?」
「ミュージカルに興奮したんじゃね?」
「そういえば、バスでも叫んでたでしょ」
「守日出、疲れてんちゃう?」
神代、豊田、野原、杉下、亀山、田倉、吉見……コイツらは気付かない!
……が俺は気付く。2ヶ月ぶりで油断していたが、お前たち……また入れ替わってんじゃねぇか!
第一幕までは、つばきだった……
ということは、お花を摘みに行ったとき!
目の前にいる麗しい彼女は……あやめ!
どうやってここに!?
【大丈夫^ ^待ち合わせしてるから】
あやめのメールを思い出す!待ち合わせ……待ち合わせるだと?……どこで?……誰と?……は!?
今日の公演……一般客は2階席。沢庵宗彭の教えとともに、見るともなく全体を見る俺……………………いた!
見上げた先に俺を見下ろす黒い影!
黒いフードで顔を隠しているが、ニヤリと微笑む口元が、あの優秀かつ可愛い諜報員だと気付かせる!
黄昏のルーク!いや、鵠沼瑠花!
俺がメールをちゃんと返信しないから、お兄ちゃんへの仕返しか?……ククク、瑠花よ……これは仕返しでもなんでもなく、むしろご褒美になってるぞ!
「守日出……上に誰かいるのか?」
「いや……なんでもない」
神代が見上げたときには瑠花の姿は無かった。登場の仕方がカッコ良すぎるぞ、妹よ!
ホテルへ帰るバスの中、行きのテンションとは違いまったりとした雰囲気になっている。どうやら、朝から騒がしくしていた分、疲れてしまったのだろう。
帰りのバスは誰が言うこともなく行きと同じ席に座っている。ここが自分のポジションだよ、と人間の心理が働いているのかは分からない。
通勤電車でいつも同じ席にいるサラリーマン。あれと一緒なのだろう。俺としてはありがたい……なぜなら、ニコニコと俺を見つめる彼女に問いただすことが出来るからだ。
(それで……俺が気付かないとでも思ったか?つばき)
そう……いつの間にかまた入れ替わってるのだ。お前らはマジシャンかよ!
(ふふふ、サプラ〜イズ!)
(サプラ〜イズ!じゃないわ!俺はてっきりお前だと思って……)
(――?お前だと思って……何?)
(あ……いや……その……なんだ……大丈夫だ)
(大丈夫って何!?……あ〜!もしかして……エッチなことした?)
(――そこまで出来るか!……あ……)
(ふ〜ん……イチャイチャしたんだぁ……ふ〜ん……もしかして、あやめの太もも触ったとかぁ?)
(――アホかぁ!俺をなんだと思ってる!)
(じゃあ、何したの?)
(て……手を……絡ませたり……腕を絡ませたり……)
(やらしいぃ〜、あやめにそんなことしてぇ〜)
(おい!……俺は、お前だと思って……ぶつぶつ……)
(ふふふ、いいよ!『私はいつでもどこでも』)
――!私はいつでもどこでも……私はいつでもどこでも……私はいつでもどこでも……かはっ!……やばい……そのフレーズだけ耳元で囁くなんて反則だ!
(ねぇ、ユキタカくん……夜抜け出しちゃう?)
(つばき……期間限定の彼氏は終わったはずだが)
(ふ〜ん、終わったはずなのに絡ませちゃうんだ!『指とか腕とか』……)
――!いや、ちょいちょい耳元で囁かないで……しかも、そのフレーズのチョイス……。
(反省してます……だけど、言われたろ?)
(むぅ……でも彼氏みたいなもんじゃん!婚約者候補なんだから)
そう……夏休みの終わり間近のとき、俺は『二人のそばにいるが、友人として支えたい』と決めて八蓮花邸で歳三さんと一戦交えたが、四葩という伏兵の登場で『二人どちらかの婚約者になること』というとんでも展開になった。
だが、夏休みが終わってもその答えを出していない……もう11月だ……そして、その後の話し合いで、結婚はまだ先の話だからと、答えを急かされてはいないのだ。
それに胡坐をかいているわけではないが、俺たち三人はそのことを話し合ってはいない。
四葩からは、もし交際したいならどうするかは、ちゃんと決めろ……と言われている。
(正式にどちらかと婚約するまでは、交際禁止って言われたろ)
(じゃあ、あやめと婚約して私と付き合おっか!)
「――なっ!そんなこと……」
思わず声を張ってしまったが、すぐに小声でに切り替える。
(許されるわけないだろ!)
(私とあやめがいいって言ってるんだし、いいじゃん!)
(俺たちが良くても世間がそれを許すか!)
(あれぇ〜?ということはユキタカくん自身は、いいんだね〜。いいこと聞いちゃった〜)
「――!ちっ、違っ……」
つばきに翻弄され、動揺する。
(つばき……その提案はあまりにも俺に都合が良すぎる……俺はお前たちがずっと笑顔でいられるなら、なんだってする……だけど、それはお前といずれ別れるということに……!)
(ユキタカくんがそう想ってくれることと同じように……私も、あやめとユキタカくんの幸せを願ってるんだよ……もちろん、あやめもね)
(つばき……)
(ふふ……でもさぁ、私たちの悩みって恵まれてるよね!)
(恵まれてる?)
(だって、好きな人にお互い好きだって言えてるんだよ!もうこの時点で幸せだよ!)
(……)
(私は本当に幸せ!)
(俺も……もちろんそうは思うが……)
「ユキタカくん!荷物は三人で分け合おうよ!」
「――!」
荷物を分け合う……つまり、つばきは喜びも悲しみも悩みも全て三人で共有しようというのだ。
痛みを分け合えば三等分に、喜びを分け合えば三倍に……なんて理想的な世界だろう。
そんな風に想ってくれる二人に出会えて……
俺は世界一の幸せ者だ!
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「美咲、芹那!お待たせ……ハァ……ハァ」
「向日葵、アンタほんとにトロいね。ちゃんとメイクもしてないじゃん!ウチらが恥ずかしいから、ちゃんとしなさいよ!」
「ご……ごめん」
「美咲、メイク上手いし、やってあげたら。センスもあるし」
「えぇ〜?マジ〜?」
「い、いいよ……悪いし……」
「悠人と大我、まだ来てないし、それまでにやってもらいなよ!ダサいとウチらが迷惑だから」
「――!じゃ……じゃあ……お願い」
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「ふ〜ん、いいじゃん」
「美咲、天才!」
「まぁね〜」
「あ……ありがとう」
「悪ぃ、お待たせ」
「おっ!向日葵メイクしてんの?」
「おぉ!マジじゃん!っていうか似合ってなくね?」
「――!」
「ディズニー仕様?」
「いや、気合い入りすぎて空回りって感じ!?」
「「ハハハッ!」」
「「ウケる〜!」キャハハ」
「――!……」




