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守日出来高 VS ???

 山口県は田舎だ。


 だが、いいところも沢山ある。海が綺麗で魚が美味しい、人が少なくて落ち着く。子供たちは、無邪気に小石を蹴って下校する。


 いや、もう夏休みだから下校じゃないな。公園で遊んだ帰りかな……二人の少年はご機嫌に小石のパスワークをしている。


 小石を蹴る……ルーティンだろう。


 俺もそんなことをしていた記憶がある。ギンガムチェックのように色の違うタイルを歩くとき、この色だけしか踏まん!と訳の分からないことをしていたことがある。


 今、目の前を歩く少年たちは、きっと家までの道のりで、あの小石を蹴って帰るのだろう。この小石をどこまで蹴っていけるのか……そんな思いで小石を運ぶ。


 そんな風に辺りを眺めている時、研ぎ澄まされた感覚になったりすることを経験したことはないだろうか。嫌な予感の前兆というか……偶然が重なる瞬間というのは、ごく稀に先が予測出来る気がする。


 皆、一度や二度はあるだろう。俺はけっこうある。


 バトミントンでゾーンに入ってる時とかもそうだ。なんとなく、ゾクっとして、気持ちが悪いからこっちを警戒する。それに何度救われたことか……。


 今、この瞬間もそうだった。何気ない平和な一幕だが、気持ちが悪い……その時……カンッと子供たちが蹴った小石が道路へ弾け飛ぶ!


 そしてその小石が走行中の黒いSUV車に当たる!


 跳ね返った小石は、歩行中のおばあさんを目掛けて、弾丸のように襲う!


 俺はそのおばあさんのもとへ走り出していた。嫌な感じがしていたから……その気持ちの悪い方向へ走っていた。


 踏み出せる一歩目の速さ!


 初速300キロの羽根を目で追える俺は、手持ちのバッグでそれを打ち返す!


 バキィッ!!!


 キィーッと急停止する車の音と、いきなり飛び込んだ俺の縮地に驚いたおばあさんは、腰を抜かすように倒れそうになる……が大丈夫……俺はそのマダムの腰に腕を伸ばし社交ダンスさながらに支えてあげる。


「大丈夫ですか?」


「あらぁ〜、こげんされたら、あたしゃ惚れるそいね」


「20年早く生まれたかったです」


「50年の間違いじゃろ?」


「20年で充分でしょ」


「あっらぁ〜あんたモテるやろねぇ」


「いえ、クラス一の嫌われ者ですよ」


「ほぉかね?最近の若もんは分からんねぇ」


 おばあさんに怪我がないことを確認し、安心したのも束の間、俺はとんでもないことに気付く……俺が打ち返した小石は車のサイドミラーに直撃して、見事に打ち砕いていたのだ。自分のチカラが恐ろしい。


 停車した車からサングラスをかけた巨躯な男性が後部座席から降りてくる……やっちまった……打ち落とせば良かったものを打ち返していたことに猛省する。


「君たちそこに並びなさい」


 ビクッとしてしまったが、俺に言ったわけではないようだ。

 

 逃げ出そうとした子供たちにそう声をかけた男性は、一見ヤクザのような風貌だ。一瞬、俺に言ったのかと思って整列しそうになった。こえぇ。


 物静かな雰囲気で落ち着いた声音、冷静に喋っているのだが、それがまた迫力を増している。


 男性はサングラスを取ると、さらにいかつい顔で頭を下げる。運転手も慌てて降りてきて頭を下げるが、サイドミラーの損壊に気付き、顔が引きつっている。


「ご婦人、怪我はなかったですか?」


「あたしゃ、この男の子が守ってくれたから大丈夫やったそいね」


「そうですか……君、ご婦人を守ってくれて感謝する」


「あ……いえ、たまたま運が良かっただけです。あの……サイドミラー……僕が小石を打ち返しちゃって、壊しちゃったみたいですね。すみません、やっぱり弁償ですよね……」


「あんたは気にせんでも、それくらい、あたしゃ〜払ういね!」


 おばあさんはそう言ってくれるが、やはり申し訳ない。そう思っていると男性は大きな手でその言葉を制す。

 

「いや、その必要はない。怪我人がでなくて良かった……サイドミラーなんて安いもんです」


「いいんですか?すごく高級そうな車ですが……」


「ハハ、君がいなかったらご婦人は怪我をしていた。何も悪い事をしていないのに弁償なんて必要ないよ。罰しなければならないのは、そこの少年2人だ」


「「――え?」」


 見かけによらず優しいのかと思っていたが、違ったようだ。男性は子供たち二人のもとへ向かうと、名前と通っている小学校を尋ねている。そして、説教を始めた。運転手は只々オロオロしている。


 きっと偉い社長さんなんだろう……


 言葉を荒げない恐ろしさ……その説教に対し、少年たちはビビり上がり、顔が青ざめている。


 少年たちは震える足でなんとか立っている……そんな感じだ。


「あ……」


 おばあさんが堪らず声をかけようとしたので、俺がそれを静止した。


 ふぅ……仕方がない。「大丈夫ですよ」とおばあさんに耳打ちし、男性と少年たちのもとへ行く。

 

「子供たちも反省しているようなので、そのへんで勘弁してあげませんか?」

 

 俺はそう言った。


「……ふむ、君は優しさのつもりで言っているのだろうが、これは必要な教育だ。その場の雰囲気だけで、意見をしないでもらえるかな」


 説教中に割り込んだ俺をギロリと睨む男性……めっちゃ怖い。

 

「危なかったのは確かですが、彼らは小石を蹴っていただけです」


「だが、結果……ご婦人に怪我を負わせるところだった。いや、怪我では済まなかったかもしれない。にもかかわらず、彼らは逃げようとしたのだよ」


「逃げようとしたことは、確かに良くないですね。ですが、結果で言うなら怪我はしていませんよ」


 しばらく沈黙すると、男性は溜息をついて俺に向き直る。


「君がいたからね……君がいなかったら?君は常に彼らのそばにいるのか?もっと先を見なさい……最近の子供たちは想像力が足りないのだ。悪い事をすればどうなるか……そんなことも分からないまま大人になる。それも、これも、大人の責任だ。しっかり教育する必要があるのだよ」


「じゃあ、この子たちはあなたに怒られ、親に怒られ、学校で怒られて育っていくと言うんですか?」


「誰も怒らないからこういう事が起こる。だから教育するのだよ」


「分かりました……じゃあ、ここで起きた事は僕たちだけの間で解決して、学校に報告することはしないでおきませんか?彼らもすごく反省してます」


「いや、さっきも言ったが、大人に伝えていかなければならない。彼らだけが反省しても駄目なのだよ……大人も反省すべきなんだ」


「じゃあ、誰が彼らを許すんですか?」


「……」


「このことが彼らのトラウマになり、外で石も蹴れない世の中で……自分の殻に閉じこもってしまうかもしれませんよ」


 逃げ出そうとしたことは、確かに良くなかった。そして、引き留めたことは正解だと思う……逃げ出した後はきっと後悔するから……だから、彼らは運がいい。しっかり消化することが出来るから……だけど。


「人は反省し成長するものだ」


 この人は俺なんかが経験したことなど幾度もくぐり抜けて来たのだろう。揺るぎない信念で俺の前に立つ……デカい……身体だけでなく纏うオーラに気圧される……だが!


「正しく反省出来なければ成長出来ないと思います」


「私のやり方が正しくないとでも?」


「学校、親、我々……と彼らを囲むのが良くないと思うんです。きっと親も学校も彼らを責めるでしょう。だから、我々が逃げ道になれば……これがトラウマになり、閉じこもることもないんじゃないですか?」

 

「飛躍しすぎだ」


「想像力が豊かなもので」


「……ふっ……大した胆力だ。私に意見する若者は初めてだよ。名前を聞いてなかったな」


「青蘭高校2年、守日出来高(もりひでゆきたか)です」


「青蘭高校2年か……ふむ……縁があるようだ。私は八蓮花歳三(はちれんげとしぞう)。会社経営をしているが、まさか、娘と同い年の子供に諭されるとは……」


「――は!?」


 ハァァァ!?ととと、歳三様〜!!!!


 俺はあなたの娘さん二人と付き合っていて、奥さんの抱擁を受けている大罪人!谷間に顔をうずめた経験は今でも忘れられない。


 しかも1泊2日のお泊まりで、つばきの下着姿を見てしまい、あやめを抱きしめて「キスしたい」なんて言ったような言ってなかったような、いや言っていない。


 ちょっと待て……冷静になるんだ。歳三さんと会話をして、八蓮花つばきを知らないなんて言うと嘘をつくことになる!


 嘘はダメだ!


 想像しろ!今後、歳三さんに会うことを考えると、俺はここで正直にならねばならない。


「君は青蘭高校の2年と言っていたな。私の娘も通っているんだが、八蓮花つばきを知っているかな?」


「……もちろんです。つばきさんのお父様だとは知らずに生意気なことを言ってすみません」


「お父様?」


 空気が重くなる。


「あ、いえ、親御さん……です」


「……君は、つばきの友人かね?」


「はい、つばきさんとは、親しくさせてもらっています」


「親しく?」


 さらに空気が重くなる。

 

「ぼ、僕の数少ない友人の一人です……」


「友人か……そうか。守日出くん、君はどうやら優秀な生徒のようだ……ん?守日出?……君はもしかして……下の子のあやめが高熱で電車の中で倒れていたところを助けてくれたという子じゃないか?」


 おぉ!空気が軽くなる!


 そうです。僕があなたの娘さんを背負って車まで運び、地獄坂で身体を張って守り、フォークダンスでチークダンスを踊り、添い寝して、一泊して抱きしめて、さっきまで手をつないでた男です……これ、全部バレたら斬殺されて、そこのSUVセンチュリーに乗せられて海に沈められるのかな……。


「その、守日出で間違いないです……」


 俺はそう言った。


           |

           |


 厳重注意で釈放された子供たちは学校と親御さんには連絡しないことで落ち着いた。おばあさんもそれを聞いて安心したようで帰って行った。


 だが、俺は……センチュリーの後部座席にいる。


 隣には歳三さん……。


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