雰囲気
「如月君が倉庫業の会社で働いているというのは知らなかったよ。【運び屋】だからその仕事を選んだというわけではないのよね?」
「そうですね。先に今の仕事をしていて、探索者になるためにライセンスを取りに行ったら【運び屋】になったってだけです」
「ふふ。そんな如月君の影響で勤めている会社も変わり始めたというのが面白いわね。【運び屋】という【職業】を社会で活用するためのプロジェクト、ね。うまくいくのかしら?」
「大丈夫でしょう。それで、この話はどう思いましたか? ぶっちゃけ、企業案件と言っても、そこまでおいしい話ってわけでもないと思いますけど」
神宮寺さんと連絡を取り合い、その日のうちに緒方さんと話をした。
と言っても、まだ具体的な計画はまとまっていないので、顔つなぎ程度だ。
うちの会社が新しいプロジェクトを開始するが、そのために【鍛冶師】が求められるという程度の話で終始した。
そして、その内容も特別に良いものとは言いづらいものだった。
というのも、新しい動きを始めたばかりで潤沢な予算があるわけでもなかった。
社員をダンジョンへと潜らせる関係上、どうしても装備類が必要であり、継続してダンジョンに潜る場合には整備も必要。
なので、【鍛冶師】と契約してそれをしてもらおうと思っているが、装備一部位あたりいくらでの計算ではなく、一月いくらで契約させてほしいというものになるだろうという話だったからだ。
ようするに、【鍛冶師】にとっては定期的に安定したお金が入ってくる代わりに、仕事量はそれなりに多くなる可能性があるというわけだ。
俺が仕事を依頼したときのように、一部位の装備を作るのに一万円とはならず、単価はもっと下がってしまうことになるだろう。
しかも、契約期間はおそらく一年程度で、更新するかどうかも未定だ。
それは、うちの社員がどんな【職業】を手に入れるかが分からないというのもあった。
緒方さんはライセンスを取る気はないそうだが、ほかの社員全員がそうとは限らない。
なかには俺のように働きながら講習を受けに行き、ライセンス取得をする者も出てくるだろう。
そして、その中に【鍛冶師】がいれば、わざわざ神宮寺さんと契約を続ける意味はない。
社内の人間でも可能になるからだ。
なので、期間を区切っての契約となり、大儲けもできないという内容の依頼だ。
修理工場や板金屋などで【修理】をするだけよりも【鍛冶】を使う機会はあるだろうが、それでもダンジョン探索メインでダンジョンに入るわけでもない。
なので、電話口では「企業案件だー」と言っていた神宮寺さんがこの話を受ける意思が、緒方さんと会った後にもまだあるのか疑問だった。
そこで、緒方さんとの話し合いが終わった後に、俺は神宮寺さんと二人で喫茶店に入り、どう思ったのかを直接聞くことにしたわけだ。
仕事終わりでこれからダンジョンに向かう隙間時間。
ゆったりとした時間が流れる店内で、暖かいコーヒーを口に運び、一口飲んでから神宮寺さんが答えた。
「私としては前向きに検討したい話だったよ」
「そうですか。それは良かったです。けど、どこに魅力を感じたんですか?」
「それはやっぱり、実際にダンジョンに入る人たちに装備を作るというところによ」
「……それは今もしているんじゃないんですか?」
「個人的な、知り合いを通じての狭い範囲内ではやっているわよ。でも、この話はそうではないでしょう? 一年間という契約ではあるけれど、私の交流のなかった人たちに装備を提供する機会を得られる。そして、もしかしたらその人たちがほかの探索者を紹介してくれるかもしれないじゃない」
「ああ、広がりを作るという意味ではそうですね。でも、【運び屋】ばかりですけどね。一般的にはハズレ【職業】と呼ばれている人に装備を作っても【鍛冶師】にメリットあるのかとは思わなかったんですか? 依頼するこちらが言うことではないですけど」
「そんなことないわ。如月君が関係しているプロジェクトなんでしょう? それに、如月君って相当レベル高いんじゃないかしら?」
「……俺のことを【鑑定】したわけじゃないんですよね? 相手のレベルなんて分かるものなんですか?」
「いいえ。でも、なんとなく雰囲気を感じることはあるわね。如月君はその雰囲気を感じる相手ってことよ」
そんな雰囲気が俺から出ているんだろうか?
【鍛冶師】である神宮寺さんも琴葉と同じように【鑑定】を使うことができる。
が、その【鑑定】もほかの人を勝手にスキルで調べることはできないらしい。
俺の【収集】と同じように、相手に許可を得るという行為が必要なのだそうだ。
なので、いつの間にか知らないうちに俺のレベルを【鑑定】で調べられているということはないから、やっぱり見た目だけで判断されているのだろう。
今までスライムかウサギしか狩ったことがないのでわからないが、案外俺にも探索者としての貫禄が出てきたのかもしれない。
神宮寺さんからの一言を聞いて思わずちょっとうれしくなって、ほほをゆるめてしまったのだった。
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