育成計画書
「……おい、如月。この計画書についてなんだが、本気か?」
「え、なにかまずいですか、緒方さん?」
「いや、まずいというかなんというか。これって本当に効果があるものなのか? やってみてスキルの成長が全然ありませんでしたってことにならないかどうかが心配ってことだ。なんせ、俺はダンジョンとかスキルのことに詳しくないからな」
朝からダンジョンで実験を済ませ、そして時間つぶしがてらに地図の空白埋めをした俺はその後職場へと移動した。
いつもどおりに倉庫仕事をこなし、ある程度作業を終えたら、今度はパソコンに向き合って書類作成だ。
その書類というのは、今後の俺の主たる仕事となる新人教育案だ。
【運び屋】チームを作り、そこで俺が【運び屋】たちを育てる。
倉庫仕事を素早くこなせるメンバーを増やすのが目的であり、そのための方法としてレベル上げを行う。
が、それについてのノウハウは我が社では誰も持ち合わせていない。
なので、俺が新人育成についての進め方を作成する必要があった。
もっとも、はっきりとした目標数値などは特に求められてない。
なにせ、俺が探索者ライセンスを取ったのはまだ十日ほど前の話なのだ。
それにもかかわらず位階レベルもスキルレベルも上がっているので、同じようにほかの人も育ててほしいと社長から言われているが大雑把なやり方を提示するくらいが今できることになるだろう。
そう思って、どんなふうにスキルなどを伸ばしていくかを書類にまとめたのだが、俺の直属の上司になる予定の緒方さんは懐疑的な感想を持たざるを得なかったようだ。
「F-108ダンジョンに大型のシャベルを持ち込んで、洞窟型のダンジョンの壁をひたすら掘る。で、掘った土や岩を【収集】で鞄に集めて、別の場所まで移動することで【重量軽減】と【体力強化】のスキルを鍛えていく。……正気か? 大昔の炭鉱夫みたいな感じだが」
「しょうがないですよ。スキルを鍛えるにはどうしてもそのスキルを使う必要がありますから。【運び屋】を育てるなら、多分このやり方が一番効率がいいと思います。ダンジョン内の土や岩が【収集】で回収できるのは実際に経験して確認していますし、それで【重量軽減】や【体力強化】が上がるのも間違いないですよ」
「うーむ。まあ、そういわれればそうなのかもしれんがな」
「逆になにか問題ありますか? 一応、ダンジョンに入って活動するので、ケガをせずにスキルを鍛えられる方法ってことで考えたんですけど」
「いや、なんというかな。この育成計画書を見て、やりたがるやつがいるのかどうかって思ったんだわ。見るからにきつそうだし」
「まあ、事前にどういうことをするかは書類にあるんですから、やりたくないなら【運び屋】チームに入れなければいいだけですよ。俺自身が、倉庫仕事だけじゃなくてダンジョンでの活動でレベルを上げているので、ダンジョン内の活動なしに間違いなく育成できるかと言われれば自信ないですし」
会社の業務として人を育てる。
そのための目的というのは、あくまでも倉庫仕事で活躍できる人材の育成にあった。
俺自身がダンジョンでレベルを上げることが好きで毎日潜っているが、決してダンジョンでの活動を目的にはしていないということでもある。
つまり、モンスターと戦う力は求められていない。
なので、基本的にはスキルを育てるためにだけダンジョンへと入ることとした。
緒方さんの言うように嫌がる人は多いと思う。
計画書の内容だけで言えば、まさしく虚無の作業が待っているからだ。
ひたすら洞窟の壁を掘り、そこで得た重しを自分の背中の鞄に入れ込んで、別の場所へと持っていき、捨てる。
普通思い描くダンジョン内での活動とはかけ離れたものだろう。
ダンジョン内でモンスターと華麗に戦い、そこで得た戦利品をギルドに売却して財を得る。
そんな光景が一切思い浮かびもしない内容なのだから。
だが、この方法で間違いなく【運び屋】としてのスキルは成長すると思う。
なんせ、俺がレベルアップの手伝いをする予定なのだから。
事前にダンジョンに潜る際の誓約書にサインをしてもらうつもりだ。
ダンジョン内では危険を避けるために俺の指示には必ず従うとか、万が一ケガをした場合の対応なども社長や緒方さんとも決めて載せておくつもりだ。
そして、その中に入れるべき一文として、ダンジョン内で得たものの管理はすべて俺に一任するとしておこう。
これは、会社的には社員がダンジョン内から持ち出した素材を私的に売却してしまわないようにするための処置とでも言えば説明がつくだろうか。
F-108ダンジョンではそんな高価な素材が手に入ることはないだろうが、それでも必須の項目として誓約書に加えられていても不自然さはないと思う。
が、それはあくまでもダミーで、本命は経験値や熟練度だ。
俺がそれらを【収集】で集めて、新人の体に収めてレベルを上げる。
まずはスキルレベルを育てて、真面目に作業をしている者は位階レベルを上げるなどの二段階にでもしてもいいかもしれない。
そんなふうに本当の狙いは隠しつつも、厳しい作業を行うことでレベル上げが可能であるかのように書かれた育成計画書についての説明を俺は緒方さんへと行ったのだった。
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