リベンジ
「え? この桃とスライムの粘液を合わせれば桃ゼリーになるって、マジで言ってんのか?」
「うん。【調合】スキルのおかげなのかな。なんとなく、食べられるものになりそうな気がするよ」
「ん〜。おいしいのかな? スライムを普段から見ているから、ちょっと微妙な気持ちになるな。原材料を知らずに食べたほうが幸せかもしれないな」
琴葉と一緒に桃を回収し、そしてそれを【調合】で桃ジュースにしながら話をしていた。
【調合】を料理に使う琴葉によると、このダンジョン産の桃はスライムの粘液と組み合わせることができるのだそうだ。
今はこのお野菜ダンジョンにスライムの粘液を持ち込んでいないので試すこともできないが、おそらくはゼリーのような食べ物ができるのではないかとのこと。
それを聞いて、俺は顔をしかめてしまった。
さすがに、スライムを食べたいとは思えないしな。
いくらおいしくなる可能性があるとはいえ、それならば普通に桃として食べたい。
そんなことを話しているときだった。
「ん? 今、何か聞こえたな」
「え、本当? ほかにも誰か来たのかな?」
「いや、違う。急いでここから離れるぞ、琴葉」
「あ、うん。待ってよ、マー君」
ガサガサという音を耳にした俺はすぐにその場を離れることにした。
あきらかになにかがいる音がしている。
それが琴葉の言うようにほかの探索者であればいいが、そうではない可能性もある。
なにせここはダンジョンだからな。
すぐにその場を離れ、音のした方向に注意を払う。
「……ウサギ、か。あれはこのダンジョンに出るモンスターのウサギだよな」
「うん。そうだね。あ、もしかしてあの子たちも桃を食べに来たのかも」
「ウサギって桃を食べるのか? っていうか、モンスターが桃を食うのか」
なんとなくウサギはニンジンを齧っているイメージなんだが、桃も食べるものなんだろうか。
音の正体が非アクティブモンスターであるウサギのものであると分かったことで、俺たちは一瞬高まった緊張を緩めてウサギの様子を確認する。
どうやら、本当に桃を食べに来たようだ。
桃が木になっているが、それを地面にいるウサギが顔を上げて見つめる。
明らかに狙っている顔と目つきだ。
ウサギの大きな耳をピコピコと動かして周囲の様子を探っている。
そして、ついに動いた。
地面から木の枝についた桃に向かって足に力をためてピョンっと飛び上がったのだ。
人が立って手を伸ばして取るような高さにある桃の果実。
それにウサギの跳躍が届いた。
器用に顎と二本の前足でしっかりと桃をホールドし、そして地面に着地する。
見事に桃の採取にウサギが成功した。
「か、かわいいー。なにあれ、すごい可愛いね」
その一連の流れを見て琴葉が嬉しそうにそう言う。
小動物の愛らしい動きを見ることに喜びを感じているようだ。
多分、この光景をドローンが撮影できていたらネットに公開するだけでかなりの視聴回数になるんじゃないだろうか。
だが、俺のほうはウサギの桃回収作業を見て別の感想を思い浮かべていた。
隙だらけじゃないか、と思ったのだ。
俺が初めてこのお野菜ダンジョンに入り、モンスター討伐を行おうとした相手も同じくウサギだった。
その時、俺は穴の中にいたウサギを穴から追い出し、退治しようと追いかけたのだ。
だが、それは成功しなかった。
逃げるウサギに俺の走力では追いつかなかったからだ。
結果、討伐失敗となったのは今でも鮮明に覚えている。
そんなことがあったからなのか。
俺は心のどこかでリベンジを果たしたいと思っていたのかもしれない。
スライムを倒して位階レベルを上げ、強くなる。
で、結局レベルを上げて何をしたいのか、と言われれば、一つの答えとしてウサギへのリベンジを果たすということがあったのだ。
かつて倒せなかった相手を倒す。
そのチャンスが今目の前にある。
食べ物を採る・食べる瞬間というのはたいていの動物にとって隙となる。
それはモンスターであるウサギにとっても同じだったようだ。
桃を採る直前まではうさ耳を頻繁に動かして周囲の警戒をしていたらしいのだが、桃を齧って食べ始めた瞬間からおいしくて幸せいっぱいですみたいな表情をしてやがるのだ。
君は本当にモンスターかと思わずにはいられない。
そして、それを見た瞬間、俺の手は無意識に動いていた。
苦無を手に持ち、それを投擲したのだ。
先ほど音に気が付いた瞬間に距離を取り、ウサギからも周囲に危険はないと判断される程度には離れていた。
そのため、結構な距離があるにもかかわらず俺の苦無投擲は攻撃を成功させた。
ウサギに突き刺さる苦無。
それを見て悲鳴を上げる琴葉。
桃を半分程度ほど齧っていたウサギの首に深々と刺さった苦無が致命傷となり、地面へとその体がゆっくりと倒れていく。
こうして、俺はかつての宿敵にリベンジを果たすことに成功したのだった。
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