持ち帰り用
「うーん。これ以上もう食べられないってくらい堪能したよ。さすが、桃一つで千円を超えるだけの値段がするだけはあるな」
「え!? この桃ってそんなにすごい値段なんだ?」
「そうみたいだぞ。やっぱり持って帰るのが難しいんじゃないかな?」
お腹がはちきれそうなほどに桃を食べてしまって俺も琴葉も再びレジャーシートの上に腰を下ろして体を休めていた。
ここまでお腹いっぱいに食べるのなんて、今までなかったのだけれど、ダンジョンに潜り始めてから増えてしまっている。
琴葉のカレーや【調合】クッキーのときもそうだった。
が、これはなんの手も加えていない素材の状態でも飽きることなく食べ続けることができるというだけで、やはり味のランクが一段も二段も違っているのではないだろうか。
そんな桃だがやはり人気があるのだろう。
俺はさきほどのスマホアプリでの画像検索でそのことに気が付いた。
すでにダンジョンで採れる桃の情報がアプリには入っていて、しかも市場での取引相場の値段まであったからだ。
このダンジョン産の桃は一つだけで千円を超えるのだそうだ。
これは素材としての買取金額なので、さらにそこから買い付けしようと思ったら何倍にもなるんじゃないだろうか。
なかなかに強烈な金額だが、その値段でも十分に満足できると食べた今なら同意できる。
この金額に相場が落ち着くということは、ダンジョンの出入り口付近で採れる野菜と違って持ち帰るのが難しいのではないだろう。
ほかのダンジョンでもこの桃が採れるのかどうかは知らないけれど、少なくともこのお野菜ダンジョンで今俺たちがいる場所よりもさらに出入り口に近くないと持ち帰るのは大変そうだと感じる。
というのも、桃がいい感じに熟しているからだ。
素手で桃に触れたら、少ししたらきっとその部分が変色してしまうんじゃないだろうか。
まわりを見た感じではまだ熟していない青い果実というのも見当たらない。
持ち帰ってギルド建物で売ろうと思っても、傷んでしまっていては相場の金額よりもかなり下回ることになるだろう。
なにより、このダンジョンは出入口の通路が狭くて自動車が入れないからな。
自動車なしで持ちかるならうまくいっても数が少なくなってしまうだろうしな。
「マー君はこの桃を持って帰りたいの?」
「まあ、持って帰ることができるなら持ち帰ってみたいよな。別に売ってお金にしたいってこともないけど、ゆかりさんとかには食べてみてほしいし」
「じゃあ、【調合】してみようか?」
「【調合】? この桃を? そんなことできるのか?」
「さあ? けど、できてもおかしくはないと思うよ。だって、薬草とかも植物で、この桃も植物なんだからできる可能性はあると思わない?」
持ち帰ることができなさそうだな、という俺に対して桃を【調合】しようと言う琴葉。
俺はやはり【調合】スキルに今でも無意識的な固定観念を持っているみたいだ。
傷を治すポーションを生み出すことができる【調合】にはどうしても薬品関係というイメージがあるのだろう。
だからか、果物である桃に【調合】を使うという発想すら思い浮かばなかった。
だが、琴葉は違ったようだ。
将来の夢がパティシエであり、それに【調合】を活用しようと考えているからなのだろうか。
桃に対してもごく普通に【調合】を試みようとしている。
新たに木からいくつかの桃をもぎ取り、【調合】スキルを発動する。
「……おお。一瞬で桃がジュースみたいになったな。どうなったんだ、それは? 【調合】で桃を絞って果汁にしたってことになるのか?」
「【鑑定】した結果だと桃ジュースってことになるね。そうだ、マー君。これをまだ使っていないきれいなボトルに【収集】して入れていってくれないかな?」
「了解。任せろ」
琴葉の【調合】スキルで次々と桃の果実がジュースへと変換されていく。
それを手に触れることなく俺がボトル容器へと【収集】していった。
このお野菜ダンジョンにも容器持参で来て、自転車で移動しながら魔力精製水を【収集】していたのが功を奏したようだ。
普通ならば、このダンジョンに来ても空きボトルを何本も持ってくる人はいないと思うが、俺は大量に持ち込んでいた。
目につく限りの桃を採取し、そしてジュースに変えて持ち運びができるようにしていく。
これならば、ゆかりさんにいいお土産になるのではないだろうか。
ついでに、どのくらい日持ちするのかも知りたいところだ。
雑菌が入り込んだら傷みやすいだろうから、桃ジュースを入れる前の容器の内部をきれいにする必要があるかもしれない。
内部の菌を別の袋に【収集】で移動したりはできるのかな?
効果があるかどうかわからないが、念のためにも容器内部の空気ごと移動させる【収集】による強制排菌を行い、お持ち帰り用のジュースを確保していったのだった。
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