ダンジョン桃
「ついたー。なんか甘ーい匂いがするね」
「本当だな。食べごろの旬の桃ってことなのかな? ダンジョンで採れる野菜や果物に旬の季節があるのかどうかは知らないけど」
薬草群生地でドローンを使って発見した桃の木。
ドローンからの映像をもとに、その地点まで自転車で移動した。
思ったよりも時間がかかった。
多少の起伏があったのと、地面の状況で遠回りした場所もあったからだ。
上空からの映像というのも距離感がつかみにくくなっていた。
空中を高速で移動できるドローンでは大した距離ではないように感じていただけで、実際には結構離れていたのだ。
おかげで、サンドイッチを食べたというのに小腹が空いている。
これならば、桃をおいしくいただけそうだ。
一本の木のそばに自転車を停めて、桃色の果実に向かって歩いていく。
「ってか、その前に食べられるかどうかが問題か。【鑑定】してみてくれるか、琴葉」
「オッケー。……うん、大丈夫っぽいよ。桃、って表示されているからほかの野菜やサクランボと同じ扱いだと思う」
「一応、スマホのアプリで画像検索もしておこうか」
もしかすると、この桃の発見はお野菜ダンジョンではまだないのかもしれない。
その場合、ここに桃があることを俺と琴葉の秘密にしておくと今後も独占できる可能性がある。
が、アプリでの画像検索をすると情報が広まる可能性がある。
というのも、ダンジョン内ではネットに接続できていないけれど、ダンジョンの外に出てネットにアクセス可能になれば、画像検索で桃の情報が管理者側に送信されるのだ。
そのため、このお野菜ダンジョンで桃を見つけて画像検索を行ったという事実が残る。
ちなみに、俺が平日によく行くF-108ダンジョンの地図はまた少し話が違う。
あれは俺が地図情報をお金を出して購入したものだ。
その地図にドローンを使って、描き足していくということをしているため、俺が持つ地図のデータは俺だけの独自の情報となるわけだ。
つまり、何が言いたいのかというとここで画像検索をして情報が知られてもよいかどうか、ということに尽きる。
独占できる可能性がないわけではないし、せっかく【鑑定】を持つ琴葉が桃であると断言してくれているので必要ないかもしれない。
それでも、俺たちは話し合い、アプリでも情報の確認をすることにした。
これがただのダンジョン素材であれば秘密にしてもよかったのかもしれない。
けれど、これから食べてみようと考えているものだからな。
アプリでの画像検索で出てくる情報も結局は【鑑定】を使ってのものではあるが、それでも食べ物であれば追加で「食用可」などと教えてくれる。
食べて何かあっても自己責任ではあるのだけれど、それでもほかに食べた人がいるかどうかで、この桃の危険度が分かるのであれば調べるほうが良いだろう。
「……お、出た。食べられるってよ」
「えへへ。それじゃあ、私はこの桃をもらおうかな。レベル十八って結構高いから、きっとおいしいよ」
「あ、いいな。ほかのはレベルどのくらいだ、琴葉? 俺にもおいしそうなやつを教えてくれよ」
どうやら、この桃はすでに情報があるものだったようだ。
食用にしても問題はない(ただし、自己責任で)、と記載されている。
そして、俺たちは自分たちの責任でもってこの桃を食べることにする。
万が一に備えてポーションも用意しているし、大丈夫だろう。
「じゃ、そのままガブリといかせてもらうぜ」
遠目ではきれいな桃色に見えていたが、間近でみると鮮やかな赤色にも見えるきれいな桃。
形も全体的にふっくらとしていて、きれいな丸みを帯びている。
木になっているものをもぎ取り、表面をさっと魔力精製水で洗い流しただけで、そのまま齧り付くようにして食べた。
マチェットで切り分けるよりも、そのほうがいいと思ったからだ。
それは正解だったようだ。
手にしただけでも分かる上品なそのダンジョン産の桃は、きっと持ち帰ることは難しいだろう。
指の跡が残ってしまうだろうと思うほどに食べごろに熟しており、切り分けずに歯を直接皮の上からたてたことで、まず最初に感じたのはその芳醇な香りだった。
サクランボを食べたときに感じる匂いも芳醇ではあったが、この桃はさらに直接鼻の奥に突き上げるような香り立つ匂いとでも言えるだろうか。
そして、甘い。
歯が皮を突き破り、果実に到達した直後にジュワッと染み出た桃のエキスが口の中で洪水を起こしたように広がり、そして味覚を刺激した。
皮ごと食べることは普段はあまりしないが、それが止まらなかった。
一つ食べたらもう一つへと手が伸びる。
次々に目の前にある桃をもぎ取り、そして噛り付き、食していく。
気が付いたら、俺は口の周りを桃の果汁だらけにしながら、お腹がはちきれそうになるほどに桃を堪能してしまっていたのだった。
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