目標期限
俺の職場に変化が現れる。
琴葉にはそう言ったが、そうなるまでにはまだ時間がかかるだろう。
ライセンスというのはすぐには取れないし、求人を出してもすぐに採用したりはしないだろうからだ。
多分、最短でも一月、一番あり得そうなのは翌々月の頭からの新体制となるだろうか。
それまでが勝負だ。
「勝負って、なんの勝負なの、マー君?」
「決まっているだろ。俺のレベル上げのことだよ」
俺は今、F-108ダンジョンにてスライム相手に無双をして、さらには【収集】スキルを用いての効率的なレベル上げをしている。
このやり方はおそらくは世間的には広まっていないと思う。
少なくとも俺がネットで見た限りでは見当たらないやり方だった。
そのため、このレベル上げの方法は俺と琴葉で秘密にしている。
だが、仕事として新しく俺の下につく部下のレベルを上げるなら、このやり方を使っていくことになると思う。
というか、そうしないといつまでたっても倉庫仕事でのバランスブレイカーが増えていかないからだ。
最初は秘密主義を貫いて、部下をダンジョンに潜らせずに熟練度だけを【収集】してスキルレベルの向上にとどめようかとも考えていた。
しかし、それはやはりあまりうまくない方法だろうと思う。
倉庫での仕事で重たい荷物を持って動き回る新人たちを俺が自分のスキルを使って熟練度を【収集】し、各人の体に収めていく。
これだけでも、それまでよりは効率的にスキルレベルを上げることはできると思う。
だけど、スキルのレベルだけを上げても今の俺のように仕事で目を見張る働きができるかどうかは微妙だと思ったからだ。
俺が数人分の仕事をできると社長に豪語し、それが実際にほかの職員の目から見ても同意できるレベルになったのはスキルのレベルが上がったからだけではない。
肉体レベルも上がったからだ。
今の俺の肉体レベルは十一だ。
そして、多分国内にいる【運び屋】にこの肉体レベルの人はあまりいないんじゃないかと思う。
実際に自分の手でモンスターを倒さなければレベルが上がらない。
これまでの通説はこうだった。
そして、それを信じてレベル上げをしようとした場合、とんでもない数のモンスターを倒さなければレベルが十を超えることはないだろう。
緒方さんが言っていた、かつて【運び屋】が現実世界での仕事でスキルレベルを上げようとしたことがあったが、あまりにも時間がかかりすぎて業界全体で広がらなかったという話があった。
最初の一か二くらいだったらまだいいのだが、それ以上になると必要になる熟練度、そして経験値が加速度的に増えていくのだろう。
ダンジョン内で銃をぶっ放してレベル上げをする【運び屋】の存在なんて海外の話であり、日本ではまずいないからな。
国内の【運び屋】の肉体レベルは一般人と大差ないものだろう。
【重量軽減】や【体力強化】のスキルレベルを多少上げたところでは全然足りない。
で、話は戻る。
俺が社長から求められるであろう【運び屋】チーム副主任としての仕事は、今の俺と同程度の作業量が可能な人材を育てることだ。
ということは、おおよその要求スペックは決まってくる。
肉体レベル五、【重量軽減】レベル三〜四、【体力強化】レベル三〜四。
これくらいが相場となるのではないだろうか。
今の俺の肉体レベルよりも半分くらい低いけれど、文句は言われないと思う。
細かい数値は伝えていないし分からないだろう。
また、これを達成するために、俺は自分で発見した手法をいちいち説明してやる気はない。
だって、やり方は【運び屋】であれば誰でもできる簡単な方法だからな。
もしも、こんな簡単なやり方でレベルがあげられるんだと分かれば、俺が副主任として新人たちの上に立つ必要などなくなってしまう。
なので、俺がやるべきは、手法を秘匿しつつ新人たちの肉体レベルとスキルレベルを上げるということになる。
新人は俺という指導員とダンジョンに潜ってレベルを上げる必要がある、としつつ、その道中で得られる戦利品はすべて俺が【収集】することに同意すること、とでも取り決めておくように話しておいたほうがいいかもしれないな。
この条件をのむのであれば戦利品として経験値や熟練度を俺が【収集】できるようになるし。
詳しい説明がなければ、なぜこんなにも短期間でレベルが上がっていくのかが分からないだろう。
いつか気づく者がいるかもしれないけれど、それはまあ考えないものとする。
「と、いうわけで、今後俺の前に現れる新人社員に舐められないように、可能な限り俺のレベルを上げておこうと思うんだ。場合によってはライセンス取得の最後のやり方のときみたいに、モンスターのとどめだけでも新人にやらせれば言い訳はきくと思うしね」
ダンジョンでは一体でもモンスターを倒せば【職業】と【スキル】が得られる。
そのために、ライセンス取得では座学での講習を修了した者はダンジョン内に入り、モンスターを倒す。
その時のやり方のことを思い出しながら、俺はそう琴葉へと説明する。
あの時は初めてのモンスター退治ではあったけれど、決して戦うなどという行為ではなかった。
ギルドが管理しているダンジョンに入り、そこで出された小動物型のモンスターの命を奪う。
ただそれだけの作業だ。
まな板の上に置かれた魚に包丁を突き立てる、くらいの労力でしかない。
おかげで、俺はモンスターを倒したという経験を得たものの、自力で入った初ダンジョンのお野菜ダンジョンでのウサギ狩りは攻撃を当てるどころか追いつくこともできなかった。
今から考えるとモンスター退治という狩りをしたこともなかったのだから、当然と言わざるを得ない。
そう考えると、会社での新人教育も同じようなやり方でやってもいいかもしれない。
どこか適当なダンジョンに入り、重たい荷物を背負わせて延々と歩いた後に、モンスターハウスにてこれまた攻撃し続ける、という普通では起こりえない行動をさせてみようかな?
そのためにも、俺は新人たちが成長した後も圧倒的に強者の立場を維持できるくらいにはレベルを上げておきたい。
とりあえず、俺は一か月という目標期限をめどに、可能な限り自身のレベルを上げていこうと心に決めたのだった。
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