社内方針
「へえ。おめでとう、マー君。昇進なんてすごいねぇ」
「ありがとう、琴葉。けど、おかげで今日は帰るのが遅くなったからダンジョンには行けなかったよ」
トップの社長によるワンマン経営の会社のための迅速な人事の結果、俺は平社員から昇格することに決まった。
【運び屋】チームを社内で結成し、そこの副主任となる。
俺と社長との話し合いの後に、緒方さんも社長と面談し、そしてそのチームの主任になることに決まった。
午後からはそのチームについての話し合いをずっと続けていたのだ。
「んー、でもさ。それって本当にうまくいくのかな?」
「どういうことだ? なにかまずいのか、琴葉?」
「まずいっていうか、ちょっと疑問に思っただけなんだけどね。【職業】って自分では選べないし、誰がどんなものになるのかは分からないでしょう? 会社でお金を出してライセンスを取ってもらっても、全員が【運び屋】さんになれるわけじゃないと思うんだけど」
「ああ、そのことか。ま、それはもちろんそうだし、社長にもそのことは伝えたよ。そのうえでの人事かな」
俺がスキルを伸ばしたことで作業を格段に早く終わらせられるようになったことから始まった今回のことだが、琴葉のいうように社長の思った通りにはいかない可能性は高い。
あとから聞いていた話と違うと俺が責められても困るため、そこは緒方さんが同席した場できっちりと説明を行った。
そして、そのことについては社長も理解をしてくれたと思う。
なので、会社からの支援によりライセンス取得を促すのと同時に、人材募集もすることに決まった。
というか、むしろこちらのほうが社長の狙いなのではないだろうか、とは緒方さんの言葉だ。
社内にいる者が【運び屋】になるよりも、すでに【運び屋】という【職業】についている者を採用していくことになりそうなのだ。
基本的にはダンジョンに入りモンスターを倒して【職業】を得るのはメリットが大きい。
ただ、ハズレ【職業】と呼ばれる【運び屋】は、社会的にも埋もれがちなのだそうだ。
ぶっちゃけ、荷物を移動させるだけであれば人数を増やすことでも対応できるし、あまりにも重い荷物はスキルがあっても持ち運べない。
それに、ダンジョンが出現した後に、【運び屋】を物流業界が活用しようと模索した時期もあったそうなのだ。
これは緒方さんも知っていたようで、俺に説明してくれた。
仕事をしながらスキルを育てることができるのは確からしいのだけれど、それには時間がかかるというのが問題だったらしい。
スキルレベル二や三程度なら比較的短時間でレベルが上がる。
が、どうやらそれ以降はレベルが高くなるほど次のレベルまで上がるのに時間がかかり、数年単位が必要なようだ。
そのため、あまり効果を感じられない期間が長く続き、だったら【運び屋】にこだわる必要はないよね、となってその動きは減少の一途をたどった。
当時はダンジョン探索が広まり始めた段階だったからか、長期的な育成という観点はあまりなく、すぐに役に立つ即戦力となる【職業】でなければ低評価だったのかもしれない。
【運び屋】がハズレといわれるのは、ダンジョンに限らず、そんな現実世界での動きもあったようだ。
だが、俺は違う。
短期間でスキルレベルを上げて作業効率を各段に上げたという実績が目の前にある。
もしも、俺のようなケースをほかの人にも適用できるのであれば、【運び屋】を雇い入れる意味が出てくる。
しかも、それは探索者ギルドに対しての有効なカードにもなるらしい。
「【運び屋】さんを雇うのが、ギルドとなにか関係があるの?」
「どうも、ギルドも、っていうか国か。そっちも【運び屋】の扱いに困っているらしいよ。で、そいつらの有効活用をする組織は優遇措置があるとかいう話だ」
探索者ギルド、というのはあくまでも通称だ。
正式にはダンジョン管理庁という国の機関である。
そんなギルドはハズレ【職業】と揶揄される【運び屋】の活用方法がないか気にしているらしい。
ライセンス取得に相当量の金額を取られるのに、ハズレといわれる【職業】があるというだけで、ライセンスを取得する人の数が減る、というのがあるのかもしれない。
当たりと呼ばれる【錬金術師】と比べても【運び屋】は出現率高めな【職業】であるからな。
ダンジョンでの活動ではあまり役に立たないといわれる【運び屋】でも、現実の仕事で優遇されるとなればハズレといわれることもなくなり、ひいてはライセンス取得者数の増大につながるだろうというわけだ。
そこで、【運び屋】などのハズレ【職業】を数多く雇い入れる企業には優先的にダンジョン素材の運搬・管理の仕事を回す傾向があるらしい。
うちの社長はどうやらそこに食い込んでいきたいのだろう。
つまりは、ギルドを通して【運び屋】の探索者ライセンス持ちに求人をかけ、そこで得た人材を実際に有効活用できているところを示したいわけだ。
だからこそ、新人の俺が副主任に抜擢された。
【運び屋】連中をまとめて仕事をしていくのは、あくまでも主任になる予定の緒方さんの仕事だ。
俺に求められる仕事は、現在ダンジョンの中でも外でも役に立たないといわれる【運び屋】連中を使い物にすることである。
「え、それってもしかして、マー君がレベル上げを手伝うの?」
「多分そうなるかと思う。何人が入ってくるかは知らないけど、【運び屋】の【職業】を持った人を俺が育てることになりそうだ。で、今日の話し合いでは社長にこう言ったんだ。スキルを育てるなら倉庫での日常業務だけでもいいけど、ダンジョンに入ったほうが効率がいいですよ、ってな。こうすれば、俺は仕事でもダンジョンに入れることになる」
まだまだこれからの予定ではあるが、琴葉に言ったように俺がダンジョンに入れる時間帯が変わりそうだ。
うまくいけば、日中もダンジョンに行って部下となる人のレベリングに行けるかもしれない。
そうなれば、部下だけではなく俺のレベルも上げられることだろう。
だからこそ、俺は社長の話に飛びついたのだ。
どうなるかは分からないが、新しく社内に誕生するであろう【運び屋】チームをどう育てていくか、今から妄想を膨らましていったのだった。
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