鶴の一声
「……ふう」
社長との面談を終えた俺が社長室から出て、大きく息を吐きだした。
やっぱり緊張していたんだろうな。
一気に体から力が抜けたようだ。
そんな俺の姿が見えたのか、事務所の外にいた緒方さんが手でジェスチャーを送っている。
ちょいちょいと指先を動かして招き寄せるようにしていたので、それに吸い寄せられるように俺は事務所から出て、緒方さんがいるほうへと向かっていった。
「おう。どうだった、社長との話は?」
「ちょっと緊張しましたね。別に怒られる話ではなかったんで、心配する必要はなかったんですけど」
「どういう話が出たんだ?」
「んー、そうですね。基本的にはこれから仕事量を増やしていこう、って感じの内容でしたよ」
「っげ、やっぱりか。まあ、そうじゃないかと思ってはいたんだがな。如月がここまで早く作業を終わらせちまったら、することなくなるしな。ってことは、これからはもっと荷物の搬入量が増えるわけか」
「そうなるかもしれませんね。っていうか、社長が緒方さんのことも呼んでいましたよ」
「俺をか? わかった、行ってくる」
緒方さんに社長との話し合いの内容を聞かれた。
それに対しての返答としては間違ったことは言っていない。
あまりにも早く荷物の移動が終わるのであれば、もっと他社からの仕事を引き受けても大丈夫だろうか、という話も実際にしたのだ。
【運び屋】としてスキルのレベルが上がった俺の登場により、一日でこなすことのできる仕事量というのが大きく変化した。
そして、それを社長やほかの人間は読めない。
どのくらいの余力が作業している者にあるのかが分からないからこそ、その元凶である俺に直接確認したというわけだ。
そして、俺は今の倍であっても仕事を終わらせられる自信があると答えた。
その結果、ならば引き受ける荷物の総量を増やしていこうということになった。
なのだが、ここで問題がある。
それは、俺一人の能力で職場全体の仕事量を増減させるにはリスクがある、ということだ。
まあ、当然だろうと思う。
例えば、今の倍、三倍の量の荷物を移動できる能力があったとして、それが俺一人の力に頼ったものであったら、俺がいなければできないということにもなるからな。
ダンジョンに潜る俺がいつケガをして休むかわからないし、風邪をひいて休むこともあるだろう。
有休を消化することだってあるわけだ。
だが、一人に休まれたことで仕事が完了しないということになれば会社としての責任につながっていく。
そこで、社長の言うチャレンジの話が出たわけだ。
俺一人の力に依存しないためにどうするべきか。
それは、ほかにも俺と同じくらい動ける人間を入れる、というものだった。
一人の力に依存せず、全体の底上げをしていく。
そうすれば、誰かが休んで欠員が出てもリスクヘッジができるというわけである。
そのために、社長はこの職場に【運び屋】を増やす計画をたてた。
俺と同じように【運び屋】の【職業】を持つ者がいて、そのメンバーが倉庫で仕事をこなせば、今よりももっと稼げる。
では、どうやって【運び屋】を増やしていくか。
最初、社長は今いる社員にライセンスを取ってもらうことを考えていたようだ。
教育訓練給付金制度というものがあるらしい。
昔からある制度だそうで、国がやっているものだ。
働いている者が主体的に能力開発を行っていく支援をする制度だそうで、ようするに資格を取る勉強にかかるお金の一部を出してくれる。
その教育訓練給付金制度の中にダンジョンの探索者ライセンスも入っていたのだそうだ。
国は学生に学割を用意しているだけではなく、仕事をする者にも手を差し伸べていたらしい。
もっとも、今年働き始めた俺はその受給要件を満たしていないのだそうで、その制度は使えなかったのだが、なんとなく損した気分になった。
つまり、この制度を用いてライセンス取得にかかる金額が一部免除されるわけだが、さらにそれにプラスして会社からも支援金を出そうと考えているらしい。
会社の仕事のためにライセンスを取ってもらうのだから、ということである。
ちなみに、ライセンスを取るまでに講習に出る必要があるが、その講習出席のための時間も業務時間とするとのこと。
なにそれ、うらやましいんだけど。
社長の話を聞いて、思わずそう思ってしまった俺は悪くないはずだ。
そんな俺の表情が出たのだろうか。
社長は俺を見ながら、分かっているさ、などと言う。
なにが分かっているのか、俺には分からなかった。
もしかして、すでにライセンスを取った俺にもなにか手当を出してくれたりするんだろうか?
だが、違ったらしい。
次に、社長の口から出た一言に俺は驚いてしまった。
「【運び屋】チームの副主任は如月君に任せようかと思うが、どうだろうか? 主任はそうだな。私は緒方君あたりが現場をまとめてくれればと考えているのだけれど」
すごいな、うちの社長。
昨日今日の現場の状況を見て、新しく福利厚生を充実させるどころか、人事異動まで考えちゃったのか。
っていうか、それって俺が昇進するってことになるのか?
働き始めて半年くらいのペーペーなんだけどな。
それだけ、スキルの力を目にして驚いているってことなのかもしれない。
こうして、俺は社長の言うチャレンジに飛びついた。
社長の言う【運び屋】チームでの倉庫仕事をするというのは、俺にとってもメリットが大きいので断る理由もなかった。
もしも、身の回りを【運び屋】で固めれば、俺の【収集】スキルの使い方で周囲の人間の熟練度もしっかり上げられることだろう。
こうして、俺の勤める会社は社長の鶴の一声で新たな環境に生まれ変わり始めることとなったのだった。
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