購入
「お、なんだ如月? 車を買うつもりなのか?」
「あ、はい。そうなんですよ、緒方さん。中古でいいんで、荷物が積める軽自動車くらいでなにかいいのがないかなと思って見てるんですよ」
琴葉の家でゆかりさんと会い、おいしい夕食とお菓子をごちそうしてもらった翌日のこと。
俺は職場の事務所で昼飯を食べながらスマホを見ていた。
中古車情報が載っているサイトで適当に条件検索しながら良さげな車はないだろうかと画面をスクロールしていた。
そこにたまたま事務所に入ってきて俺の後ろを通った緒方さんが、俺のスマホ画面を見て声をかけてきた。
そういえば、緒方さんは車とかが好きだったんだっけ?
前にちらりとそんな話を耳にしたような気がする。
が、そのときの俺は車に対してさして興味がなかったので気にもしていなかった。
「車を買うつもりなんだったら、俺が人を紹介してやろうか? 中古の車はスマホのサイトだけじゃわからんから実物を見たほうがいいぞ」
「そうなんですか? でも、俺は実物を見ても車の良しあしって分からない気もするんで、とりあえず値段だけでも見ているんですよ」
「まあ、それも悪くないのかもな。値段だけならインターネットで調べたほうが安いのはあるだろうし。けどな、如月。車を買うときに重要なのは交渉力だぞ」
「交渉力、ですか?」
「そうだ。別名、値切り力とも言うな。同じ車でも買う人の交渉力で値段なんて結構変わってくるものなんだよ。単純に車本体の値段を下げる交渉もそうだし、購入するからオプションをおまけでつけてくれ、なんて言って結果的に総額を安く済ませたりな」
「へえ。そうなんですね。でも、それも自信ないですよ。俺だったら相手の言い値で買うかも。っていうか、今までサイトを見ていて値切ることなんて気にしていなかったですし」
「だろうな。まあ、初めて車を買うやつってのは大体そうだよ。そういうのは経験を積んでいって覚えるもんだからな。よし、それじゃあ、俺が一緒について行って交渉してやろう。如月の代わりに買い叩いてやるぞ」
おお。
なんか知らないけど、緒方さんが燃えている。
仕事終わりに緒方さんの知り合いがやっている中古車を扱っている店に行って、値段交渉までしてくれるのだという。
本当に安くなるんだろうか?
うまいこといっているだけで、実は車の販売に仲介に入ることでキックバックでももらえるとか、そんなことはないだろうか。
いきなりおせっかいを焼いてくれる気になった緒方さんを見て、俺は思わずそんなことを考えてしまった。
だけど、それでもいいか。
車を買おうかと考えたものの、車そのものに対しての所有欲というのは俺にはあまりない。
だからか、格好いい車が欲しいだとか、有名な外車がいい、なんて欲がないのだ。
きちんと動いて荷物を運べれば十分なのだ。
あくまでも足になればそれでいい。
ならば、緒方さんに交渉を任せてもよいかもしれないと考えた。
予算の額をきちんと伝えて、それを超えない範囲で値段交渉してくれて収めてくれさえすればどんな車でもいいしな。
ちなみに中古車の購入を考えたときに、電気自動車にしてみようかとも頭に浮かんだ。
電気自動車はバッテリーの電力を使って動くからだ。
バッテリーを琴葉の【錬金】で魔力バッテリーにしてしまえば、ガソリン代がいらなくなるのではないかと思った。
が、そのことを琴葉に言うと、多分無理なんじゃないかとのこと。
というのも、小さな乾電池やスマホのバッテリー程度であればスライムの核からとれた魔石でも【錬金】で魔力バッテリーとすることができたが、自動車レベルの重たいものを動かすことを考えるとできない気がする、らしい。
【錬金】のスキルレベルが足りないというのもあるし、素材として使う魔石ももっと高レベルでなければ実用に足る魔力バッテリーにはならないのだろう。
もし下手に【錬金】してしまえば買ったばかりの車が動かなくなってしまうしな。
それに、魔力バッテリーは【収集】を使って魔力を集めれば充電できるかもしれないが、それはあくまでも魔力が満たされた空気があるダンジョン内に限ってのことだ。
日常生活で使うならば、普通の車のほうが便利だろう。
というわけで、仕事終わりに緒方さんに連れられてやってきた小さな店。
どちらかというと小汚い狭い整備工場みたいなところのそばに駐車場があり、そこに十数台の車が停めてあるだけだ。
個人でやっている店で、全国チェーンしているとかそういう感じではなさそうだ。
そんなお店で緒方さんはいくつもの車のボンネットを開けさせてエンジンを見たり、外装に傷がないかを入念に確認したり、あれやこれやとチェックをしながら店員さんと話をしていた。
そうして、どうやら緒方さんのお眼鏡にかなう車があったようで、そこからは駐車場ではなく店の狭い建物の商談スペースへと場所を変え、値段交渉を開始した。
長く苦しい戦いだった。
だが、苦しんだのは主に車屋の店員のほうだったようだ。
苦しそうな顔をしつつも、最後には笑顔で「緒方さんにはかないませんね。それならそちらはサービスさせていただきます」と言って、追加で何らかの機械を付けてくれる約束もしてくれた。
というわけで、俺は完全に緒方さん任せに車購入の契約をしたのだった。
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