ポーションの効用
「ふー……。ご馳走様。ゆかりさんのおいしいごはんの後に、琴葉のクッキーをたくさん食べたからお腹がパンパンだよ」
「ふふ。お粗末様でした。味はどうだったかな、マー君?」
「ああ、すごくおいしかったよ。まさか【調合】を使ってクッキーを作るなんて俺では考えもしなかったけどうまくいくものなんだな」
クッキーを食べる手が止まらなかった。
上品なお皿の上におしゃれな飾り紙を敷いて、その上に並べられたクッキーを俺は一心不乱に食べ続けていた。
それを見てゆかりさんが淹れてくれた紅茶もクッキーとマッチしていて非常に美味な味わいを楽しませてくれた。
ただ、ちょっとはしたなかったかもしれない。
琴葉の家には久しぶりに来たし、ゆかりさんと会うのもそうだ。
これでは食いしん坊キャラに見られてしまいそうだ。
「便利よね、スキルって。でも、私は逆に勘違いしちゃっていたかもしれないわ。だって、琴葉ったら家ではずっとお菓子作りにスキルを使っていたのよ? 私はてっきり【錬金術師】って料理が得意なのかと思っていたもの」
「いやいや。そんなわけないですよ。って言っても俺もそこまで【錬金術師】のことに詳しいわけじゃないんですけどね。ただ、【錬金術師】になったら手に入る【調合】は本来料理やお菓子作りじゃなくて、回復薬を作るものなんですよ」
「回復薬? 傷を治すお薬ってことよね?」
「はい。前に琴葉が作ってくれた回復薬は八等級ポーションでした。これはすごいんですよ」
【錬金術師】は回復薬を作る【職業】である。
こう言うと、ちょっと語弊があるのかもしれない。
だって、本来的な意味で言えば金を錬成するのが錬金術師というものなのだろうし。
ただ、ダンジョンで得られる【職業】としてで言えば、金属についての【錬金】よりも【調合】のほうが注目を浴びている。
まあ、魔石を使った魔力バッテリーなどすごいものが作れるので決して【錬金】が悪いスキルというわけではないのだけれど。
「それってそんなにすごいの、真央くん?」
「もちろんですよ。俺や琴葉が入ったことのあるダンジョンは安全なところなんでケガをするリスクもあまりないんですけど。だけど、より上位のダンジョンは危険なモンスターも出るんです。で、当然そういうところだとケガをする人もいる。そんなときにポーションが役に立つんですよ」
「でも、それならきちんとお医者様に見てもらったほうがいいんじゃないかしら? 危険な動物と戦ってけがをしたのなら、傷薬ではどうにもならないと思うのだけど」
「そうですね。普通ならそうです。でも、スキルによって生み出されるポーションは即効性が高いんですよ。飲むだけで傷を瞬く間に治してくれる。病気とかは治らないみたいなんですけど、外傷に対しての効果は既存の薬を超えるからこそ需要があるんです」
一番質の低い十等級ポーションでは擦り傷などを治す効果しかない。
いや、それでも十分すごいけどな。
腕や足などを広い範囲で擦りむいた痛々しい傷が飲むだけでみるみる治っていく薬なんてものは普通ないだろう。
普通の現代医療であれば、傷の範囲が広ければ塗り薬を塗ったり、狭ければ絆創膏やラップ療法を行うくらいじゃないだろうか。
それでも治るまでには何日もかかる。
だが、ポーションならば違う。
モンスターとの戦闘中に傷を負ったとしても、ポーションを服用すれば戦闘続行が可能なのだ。
多分、痛み止めの効果も強いんだと思う。
さらに等級が上がればポーションの効果はより高まる。
九等級ポーションでは擦り傷だけではなく裂傷、つまり切り傷なども治るそうだ。
八等級では九等級では治りきらない裂傷も治せるというのだから、たいていの戦闘での傷を治すのに使えるのではないだろうか。
そして、もちろんポーションはダンジョン内のみでしか使えない、なんてことはない。
ダンジョンの外であるリアルな世界でも使えるのだ。
例えばだが、俺の仕事の同僚であるおじさん社員の緒方さんがいる。
緒方さんは最近腰が痛くて、ぎっくり腰になりそうな手前の状態だとよく言っている。
病気には効かないらしいが、こういう痛みが主な症状であればポーションはよく効くらしい。
俺はなったことはないが、ぎっくり腰は本当に動けなくなるみたいだ。
そして、すぐに治ればいいが、そうではないことも多い。
何日か仕事を休んで痛み止めを飲んだり注射して静養する必要があるのだろう。
それがポーションを使えばすぐに治るとすればどうだろうか。
誰もが欲しがるだろう。
いや、そんな身近な話ではすまない。
例えばそれが俺や緒方さんのような一般人ではなく、プロのスポーツ選手が相手ならわかりやすいかもしれない。
高額な年俸をもらう有名選手が試合中や練習でケガをした。
だが、試合に出なければならない。
そんなときに、超即効性の薬があればどうなるか。
喉から手が出るほどに欲しいと思うのが普通ではないだろうか。
「……え、それって危ないんじゃないかしら? いくら出しても欲しいと思うお薬を琴葉は作れるってことになるのよね?」
「そうです。だからこそ、琴葉は俺と一緒にダンジョンに潜る必要があると考えています。少なくとも自分の身を守れて、襲われたときに逃げられるくらいには強さが必要なんですよ」
そうだ。
俺がダンジョンに潜ってレベルを上げるのは、言ってみれば趣味でしかない。
だが、琴葉は違うのだ。
金の生る木である【錬金術師】の琴葉は、たとえ本人がパティシエを志していようと周囲が放っておかないだろう。
そんな周りの影響を完全にゼロにはできなくとも、自分の意思を示していく必要に迫られることもあるかもしれない。
そんな来なくてもいい未来のために、今から備えておかなければならないのだ。
クッキーをすべて平らげた俺は改めて、いかに琴葉がダンジョンに潜らなければならないのかをゆかりさんへと説明したのだった。
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