将来の夢
「え? 琴葉の将来の夢ってパティシエなの?」
「そうなのよ。ね、琴葉? この子ったらちょっと前からお菓子作りが好きになってね。私がケーキ屋さんで働いているのもあって、自分もなるっていうのよ」
琴葉の家でゆかりさんにダンジョンでの活動のことを話した。
そして、そこで琴葉の活動の許可を得て、その後、俺は琴葉とゆかりさんと一緒に食事をすることになった。
ゆかりさんはあり合わせのものでごめんね、などと言っているが一人暮らしをしている俺からすればごちそうと呼べる料理が振舞われた。
じっくりと煮込んで作られたビーフシチューにはどうやらお野菜ダンジョンで琴葉が持って帰ったニンジンやジャガイモも使っているらしい。
同じ材料で琴葉は俺の家でカレーを作ってくれたが、それと同じくらいおいしい。
付け合わせのサラダや副菜と併せて、俺はお代わりまでしながらお腹いっぱいに食べていた。
そんなときだ。
ゆかりさんがふとした発言で思わず聞き返してしまった内容のものがあった。
それは琴葉の将来の夢、あるいは希望というべきものだった。
「お菓子作りか〜。琴葉は料理も上手だけど、そういうのも得意なんだな。でも、【錬金術師】の【職業】を得たから、俺はてっきりそっち方面の仕事でもするのかなーと思ってたよ」
将来の夢はパティシエ。
それを聞いて、すごいなと思った。
俺は父が早くに他界して、母がその後再婚するとなった時に、早く自立がしたいと考えた。
多分、大人になりたい、という気持ちが強かったのだろう。
だから、大学に進学せずに就職するという選択をした。
なので、毎日仕事に出かけているが、別にどうしても倉庫仕事がしたいと思って今の職場を選んだわけでもない。
だからか、将来の夢があると聞いてちょっとだけうらやましいと思う気持ちもあった。
本当にやりたいことがあるというのはいいことだと思う。
ただ、それでももったいないという気持ちも俺の心にはあったのは事実だ。
ダンジョンで得た【職業】で当たりだと言われる【錬金術師】に琴葉は選ばれたのだ。
一生安泰とも言える【職業】は実際に仕事として長く続けられるだけに、それを使わないのは惜しい。
そういう気持ちがないまぜになっての発言だった。
「いや、ごめん。別に他意はないんだ。自分がやりたいことがあるなら、それを実現するために頑張ったほうがいいと思うしね。【錬金術師】だからってそれを本当に職として働かなければならないわけじゃないもんな」
「ご、ごめんね、マー君。せっかくマー君がダンジョンのことを楽しそうに話してくれていたから言えなかったんだ」
「別に謝る必要なんてないよ。琴葉のやりたいようにやればいいんだから」
「ありがとう。でも、私は探索者になって【錬金術師】になれたのは良かったと思っているんだ。だって、【錬金術師】の【職業】もお菓子作りに役立つから」
「え? どういうこと? 【錬金】がなにか役に立ったりするのか?」
「えっと、ちょっと違うかな。お菓子作りに役立ちそうって思うのは【調合】のほうなんだ。そうだ、ちょっと待ってね。もうすぐ焼きあがると思うから」
焼きあがる?
なんのことだろうか。
俺が琴葉の言葉を聞いて、頭にクエスチョンマークを浮かべているときだった。
キッチンのオーブンのほうから音が鳴ったのだ。
もしかして、何か作っていたんだろうか?
「じゃーん。クッキーだよ。私が焼いたんだ」
「へえ。すごいきれいに焼けているね。いつの間にこんなの用意していたんだ? 俺と一緒に帰ってきたから時間なかったように思うけど」
「ふふふ。そう思うでしょ? 実はこれが【調合】をお菓子作りに役立てた結果なんだよ。クッキー生地に使う材料を【調合】で混ぜ合わせて用意したんだ。だから、私はそれでできた生地を焼いただけなんだよ」
「【調合】でクッキー生地を作ったのか? そんなことができるんだな。じゃあ、ちょっと一枚もらうね。いただきます」
そういえば、琴葉は前にも似たようなことをしていたっけな。
確かカレーに使うスパイスを【調合】で混ぜ合わせていたんだった。
その時も驚いたけれど、今回のことも驚いた。
俺はダンジョンで得たスキルはダンジョンのために使うという発想しか持っていないように思う。
だけど、琴葉は違った。
それを自由に使う柔らかい発想力を持っていたのだ。
琴葉が焼いた【調合】クッキーを食べる。
まだ焼きたてでアツアツだ。
それを口に入れてハフハフと言いながら噛むと、まだ少し柔らかい感じがする。
多分、冷ませばサクサクとした食感になるんだろう。
それでも十分以上においしいクッキーだった。
しっかりと風味のあるこのクッキーがスキルを利用して作られているなんて、誰が想像できるだろうか。
これなら確かにできるのかもしれない。
【錬金術師】という【職業】を利用した世界でも珍しいパティシエが将来誕生するかもしれないと思いながら、俺は次々とクッキーを食べていったのだった。
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