次の実験
「お待たせー。待たせちゃったかな。ごめんね、マー君」
積極的に仕事をこなした俺は、運び出す荷物や逆に倉庫に入れる品が早めになくなり手持無沙汰となった。
だから早く仕事を終えられた、というわけではない。
それならばと、事務所で行う事務仕事を命じられ、パソコンや書類のたっぷり綴じられたファイル相手に慣れない作業をこなした。
そうして、慣れない仕事をこなして定時を過ぎてから会社を出た俺は再びF-108ダンジョンへとやってきた。
だが、今日は一人ではない。
学校終わりの琴葉もこのF-108ダンジョンがある探索者ギルドへとやってきたからだ。
俺が仕事終わりにダンジョンへ入る前にギルドでクラン設立の書類を提出すると言った際に、琴葉もそれに同行したいと言い出したのだ。
別に受付で書類を提出するだけなので、クランの構成員がそろっている必要などはないのだが、せっかくなので来てもらった。
琴葉にとってみれば別のギルド建物のほうが学校からの帰り道の近くにあるのだが、わざわざこっちまで来てもらったのには理由がある。
それは書類提出後に一緒にF-108ダンジョンに潜ろうと考えていたからだ。
「はい。確かに受理いたしました。クラン証明書は後日郵送にてお送りいたします。ライセンスカードの更新についてはいかがいたしますか?」
「ライセンスカード更新ってどのくらいの時間がかかりますか?」
「お二人分であれば三十分もかからずに終わるかと思います」
「分かりました。それなら、この後ダンジョンに入る予定なので今預けておいて、出てきてからカードを受け取りに来たいと思います」
「かしこまりました。その際はこちらの受理票をお見せください」
受付での手続きをひとまず終えた俺たちは更衣室へと行く。
ここで仕事や学校での荷物をロッカーに預けてダンジョン探索用の装備へと着替えることとなる。
俺の装備は服などの洗う必要があったりするもの以外はロッカーに預けっぱなしなのでいつものロッカーへと向かう。
が、その前に琴葉の装備を渡した。
学校へ行く琴葉が重い荷物を持ち歩かないように、俺が代わりに持ってきていたからだ。
「ありがとう、マー君。重たかったでしょ?」
「大丈夫だよ。【重量軽減】スキルがあるからな」
「そっか。そういえば、昨日もスキルレベルが上がってたもんね」
「ああ。で、ダンジョンに入る前に念のために【鑑定】してもらえないか? 昨日の夜と変わりないかな?」
「【鑑定】。……うん、おんなじだね」
「そっか。失敗なのかな。いや、まだそう決めつけるのは早いか」
仕事終わりでダンジョンへと入る前に琴葉に【鑑定】をしてもらう。
すると、結果は変化なしだった。
仕事中にほかの同僚から熟練度を【収集】できないかと考えていたが、どうやらその恩恵はなかったようだ。
少なくとも一日で変化が出るということはなかった。
許可を得れば他人が採取した素材であっても俺の鞄に【収集】することができる。
であれば、他人の熟練度も自分の肉体へと集めることができるのではないか。
そう考えていたが、今日一日では目立った変化はなかった。
これは人の熟練度は集められないのか、それともダンジョンでモンスターを倒したことのない非探索者の同僚相手に実験をしたからなのか。
それとも、単に集めた熟練度がスキルレベルを上げるに足る量ではなかったのか。
そのどれが真相なのかは分からない。
だから、このダンジョン探索でも実験を継続する。
それは琴葉に対して行おうというものだった。
ただし、ここでは熟練度ではない。
経験値のほうだ。
「いいか、琴葉。これから俺たちは二人でダンジョンに入る。中は真っ暗だから移動には気をつけろよ」
「オッケーだよ、マー君」
「で、だ。中にいるスライムを倒すのは慣れている俺がやる。琴葉はついてきてくれるだけでいい。これから俺がやってみたいと考えている実験はレベリングだ」
「うんうん。メッセージでもそう書いてたね」
「ああ。俺がスライムを倒して、それで得られる経験値を【収集】して琴葉の体に入れる。それでレベルが上がるかどうかを確認したい」
いわゆるパワーレベリングに該当する行為だろうか。
俺がモンスターを倒して琴葉のレベルが上げられるかどうかを確かめたい。
これは職場での実験と違って比較的判断がつきやすい実験だと思う。
というのも、リアルに存在するダンジョンでは経験値の分配が行われないからだ。
その人がモンスターを倒さなければレベルが上がらない、というのが現在主流の説だ。
これは強力なモンスターを複数人で協力して倒しても、とどめを刺した人が経験値の総取りになるということでもあった。
だが、経験値を【収集】で集めて、任意の鞄、つまり他者の肉体へと送り込めるのであればその説は覆せる可能性がある。
なので、それを確かめるためにも琴葉にはこのダンジョンで出てくるスライムは攻撃しないでいてもらう。
俺だけがダンジョン内でモンスターを倒し、それで琴葉のレベルが上がるかどうか。
俺たちはそれを確かめるために、暗闇の中へと踏み込んでいったのだった。
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