入れ物
先ほど戦略的撤退を行った地点まで再び戻ってきた。
細い路地のようなT字路から首だけを出し、頭につけているLEDライトでその先を照らす。
強力な光が通路の先の袋小路をしっかりと見えるようにしてくれている。
やはり、ここはモンスターハウスの状態になっているようだ。
細い路地の先にはある程度の広さの小部屋になっているようで、そこにはスライムが山となっている。
ジーっと目を凝らして観察してみたところ、どうやらこのスライムは複数がまとまって巨大化しようとしているわけではなさそうだ。
それぞれが多少もぞもぞと動いているが、スライムの核は各個体が別個に持っていて、合体するような様子はない。
ひとまずは大型種のモンスターを相手にするという危険を冒す必要はなさそうだと胸をなでおろす。
「……倒してしまってもいいんだよな?」
なぜこんなところに大量のスライムがいるのかは俺にはわからない。
だが、多分普通の探索者はこの光景を見たら、小部屋の中には入らないだろうと思う。
このF-108ダンジョンは不人気ダンジョンではあるが、決して中にいるのが俺一人というわけではない。
時折ほかの探索者とすれ違ったりするのだ。
そして、その際に観察したところ、基本的にはみんな近接武器をもって戦っているようだった。
俺も今も持ち歩いているが、長い木の棒を使う人もいれば、木刀を持っている人もいる。
あるいはスライム相手として大きなスコップを持つ人もいた。
たいていの人はその長物を粘性の体につきこんで、スライムの核をはじき出して倒すのだと思う。
俺のように遠隔武器でスライムを倒そうという人は多分いない。
【運び屋】がこのダンジョンに来る必然性はあまりないし、【収集】を活用しない限り遠隔武器は使い勝手が悪い。
飛び道具は使用した矢玉を再利用できなければ、非常に金遣いが荒くなってしまうからだ。
たいした価値のないスライムの核を手に入れるために毎回攻撃ごとに金を捨てるようなことをすれば間違いなく赤字になってしまう。
というわけで、このダンジョンにいる探索者は近接武器を使う者ばかり。
そんな武器を持つ人が大量のスライムがいるこの小部屋でスライム退治を行うだろうか。
行わないだろう。
一体ずつであれば強いとは感じない相手でも、多数では話が違ってくる。
言ってみればここには大量の液体があるのだ。
もしもスライムを倒すために武器を突き込んだら、一体二体を倒した後にそれ以外のスライムに押しつぶされてしまうだろう。
水ってのは結構重たいものだからな。
この大量のスライムならば脱出も困難で、万が一押しつぶしに耐えられても窒息死してしまうだろう。
だが、俺の攻撃ならいけるのではないだろうか。
スリングショットを放ち、その都度玉を回収して攻撃し続けられる。
さらに言えば、この狭い通路から袋小路の小部屋は五メートルを超えているようで、俺はスライムから探知されていない。
一方的な攻撃が可能となるはずだ。
やろう。
もしかすると大量にいることでそのうちの一体が俺の存在に気付いて、それを全体で共有し攻撃してくるかもしれない。
が、暗い中を歩きまわって一体ずつ倒すよりも、こんなふうに密集していてくれるだけでありがたい。
一気に大量に倒すためには絶好の機会といえる。
モンスターハウスと化した小部屋の中のスライム群に向けてスリングショットで狙いをつける。
下手したら百匹くらいはいそうだな。
ということは、百個以上のスライムの核があることになる。
焦らずに、表層に位置する核から狙っていこう。
攻撃前に深呼吸して精神を落ち着かせる。
ついでに、攻撃後のことについてももう一度考えておいた。
十個ほどあるスリングショットの玉を常に手に取って撃てるように、回収先のポーチのふたが空いていることを確認する。
そして、それ以外に頭の中でほかのものも【収集】するようにイメージした。
それは経験値だ。
ダンジョンにいるモンスターを倒したらレベルが上がる。
世界中に出現したダンジョンに世界中の人が入り込み、そしてどこの地域でもその現象が確認されているという。
だが、俺が調べた限りではその理屈というのはいまだ不明だそうだ。
なぜそんなことが起こり、肉体が強化されるのか分からない。
ダンジョン内のモンスターを倒したら光の粒となって死体が消え去り、後にはドロップアイテムが残される、なんてゲーム的演出もない。
それでもこの現象を説明しようと思ったら、モンスターを倒すとその瞬間に経験値的なものが出現するのかもしれない。
俺の単なる妄想だ。
けれど、ダンジョン内にある魔力を魔石に【収集】したり、魔力を含んだ魔力精製水を回収できたりもしたのだ。
目に見えないなにかがダンジョン内にはあると考えてもおかしくないだろう。
ならば、それを最大限回収したい。
俺のような【運び屋】というハズレの【職業】が少しでも強くなるには持てるスキルを活用するほかないだろう。
そう思って、スライムを倒したときに得られるかもしれない経験値を「俺の体」に【収集】するように意識したのだ。
これも昨日の経験からだ。
【収集】というスキルが鞄のみならず、ペットボトルや魔石にも適用できたのだ。
であれば、自分の体を入れ物として、それを【収集】先に指定できてもいいのではないだろうか。
まあ、できなくても問題ない。
失敗したところでそんなに害はないだろうしな。
こうして、俺は経験値をあますことなく自身の肉体へと【収集】することを頭にイメージしながら、百匹を超えるスライム群へと向かってスリングショットでの攻撃を開始したのだった。
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