追いかけっこ
「だ、大丈夫、マー君?」
「ゼー、ハー。ハァハァ……。無理。倒せる気がしない」
「ウサギさん速かったね。あれは追いつけないよ、さすがにねぇ」
安全安心のお野菜ダンジョンに出現する非アクティブモンスター。
ウサギ型のモンスターがそれにあたる。
この地の野菜が植わっている土にはいくつか穴が開いており、その穴の中にはウサギがいると琴葉から教えてもらっていた。
その穴を刺激すると、中からぴょこんと顔を出したウサギが耳をピコピコと動かしながら周囲の状況を観察する。
そうして、そこでウサギを倒そうと目論む俺という存在に気が付くわけだ。
ウサギの行動は速かった。
おそらくは穴の内部はそれほど深くはないのだろう。
だからか、穴から這い出るとすぐに逃走を開始したのだ。
後ろ足でピョンと跳ねるようにして走るウサギ。
俺はそれを追いかけてモンスター退治を行おうと必死になった。
だが、できなかった。
ウサギを追いかける俺はいっこうに追いつかないどころか、距離を離されてしまう。
すぐに手にしていた長い木の棒を捨て去り、マチェット片手に腕を全力で振りながら懸命に加速を試みる。
しかし、その状況をその長いうさ耳で把握しているのか、俺が加速した分だけウサギもさらに速度を上げたのだ。
こうして、しばらくの間、ウサギを追いかけ続けた俺は息も絶え絶えになり、今は地面に膝をつくようにして呼吸をなんとか整えようとしている。
そんな哀れな姿の俺に歩いて追いかけてきていた琴葉が追いついて慰めの言葉をかけてくれた。
無理だ。
全力で逃げるウサギを追いかけて刃物を突き立てるというのは、かなり難しい。
正直、なめていた。
ゲームとかだと非アクティブモンスターというのは狩りをする側が簡単に倒してしまえる存在であるように感じるつくりになっているように思うが、少なくともこのお野菜ダンジョンにいるウサギはそうではないらしい。
というか、地上であっても同じかもしれないけれど。
「落ち着いた? 背中の鞄から水を取ってあげようか?」
「あ、ああ。なんとかな。ありがとう、琴葉。かー、水がうまい」
ウサギとの壮絶な追いかけっこを終えた俺は琴葉から手渡された水を勢いよく飲んでいく。
そうして、少し休憩を入れて、今の俺の行動についての総括を行った。
「モンスターを倒すことはできなかったけど、得るものはあった」
「ふふ、ほんとかな? たとえば、どういうこと?」
「スキルの有用性について、かな。俺の持つ【重量軽減Lv1】と【体力強化Lv1】はきちんと役に立ってくれていたことはわかったよ」
「あ、言われてみればそうだね。ウサギさんとの追いかけっこは結構長い時間走っていたもんね。全力疾走だったら、私の場合はもっとすぐ体力なくなっちゃいそうだし」
「俺もそうだよ。実際、自分で思っている以上に走ることができたと思う。スピードはそんなに変わらないように思うけど、持久力が伸びているって感じなのかな。それに走っているときも荷物の重みがそこまで気にならなかったし」
背中の荷物はダンジョンに来るための準備の品と、さらにこのお野菜ダンジョンで採取したニンジンやジャガイモ、そしてサクランボがある。
野菜というのは存外に重たいものだ。
そんな荷物を背負ってウサギを追いかけてそれなりの時間走っていた。
きちんとタイムを測定したわけではないけれど、スキルの恩恵は感じられたように思う。
【運び屋】の職業の役割としてこれは必須のスキルなんだろうな。
戦闘職の者たちの荷物を運ぶ【運び屋】が戦闘時に安全な場所に退避したり、逃げたりするときに体力がなければ話にならない。
それに取得したダンジョン素材が重たいからといって移動速度が落ちては困る。
それらを回避するためにこのスキルは非常に役立つことになるだろう。
だが、スキルにはレベルが存在する。
いや、正確に言うと個人の肉体のステータスにもレベルはあるのだ。
俺の肉体はダンジョンライセンスを取得したばかりで当然ながら一番低い一だ。
そして、各スキルのレベルも一。
今後ダンジョンに潜り経験を重ねれば、もっと重たい荷物を持っても長い距離を走る体力を手に入れられることだろう。
が、そんな気長なやり方でいいんだろうか。
ダンジョンにいるモンスターを倒して肉体レベルを上げれば足も速くなるのではないかと思うが、今でも非アクティブモンスターであるウサギが倒せないのだ。
そんな状態でレベルアップなんてできるものなのだろうか。
別に琴葉と一緒に週末にお野菜ダンジョンに遊びに来るだけであれば、レベルアップなんて必要ないのかもしれない。
が、せっかくならばレベルを上げてみたいというのは高望みしすぎなのだろうか。
簡単に効率よく肉体とスキルのレベルを上げることはできないのだろうかとお野菜ダンジョンの田園風景を地面に尻を付けて座りながら、ぼーっと考えていたのだった。
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