自己責任にて
「ふう。あまりのおいしさについお土産用まで食べたくなっちゃうな」
「駄目だよ、マー君。だから最初にきちんと分けたんだからね。これはお母さんに持って帰るんだからね」
ダンジョン産のサクランボ。
最初は全く関心がないといっていい俺だったが、これを食べたおかげでダンジョンに潜ることに決めたのは大正解だったと確信できるくらいにおいしいものだった。
もっと早くダンジョンに興味を持って入るべきだったと思ってしまう。
まあ、そんな余裕も今まではなかったのだけど。
「……でも、今更だけどダンジョンにある野菜や果物なんて食べても大丈夫なんだろうか? よくわからない異空間に勝手に生えている植物だぞ?」
「ああ、ほんとに今更だね。私も最初はそれが気になったから前に調べたんだ。一応、今のところダンジョンの食べ物を食べても平気みたいだよ。ちゃんとにおいをかいで腐っていないかは確認してから、自己責任で食べるようにって感じみたいなんだけどね」
「自己責任か。怖い言葉だな。けど、世界中でダンジョンができてそこの食べ物を食べている人がいるんなら、そう心配はないってことなんだろうな」
日本は食料自給率が低いと昔から言われているようだが、それでも食べ物はいつでもどこでも手に入りやすい状況にある。
だが、世界中でみると日々の食べ物に困り、ダンジョンで得られるものを躊躇なく食べる人が多い国もたくさんある。
どうやらそんな国での研究結果が出ているようだ。
ダンジョン産の食べ物を食べることは基本的には可能である、というデータだ。
ただちに影響はない、というふうに言われることもある。
だが、もちろん例外はたくさんある。
食べると腹を下すだけではなく、毒になるものも存在しているらしい。
それに当たり前だが腐ったものや傷んだものは体に悪い。
このサクランボもおいしいからといって、保存状態の悪い時間のたったものであれば病気になるだろう。
が、一応、国が確認したなかで推奨するわけではないが食用たり得る素材をアプリで表示するようになっている。
ダンジョン産の飲食物はアプリで画像検索して確認し、飲食に適しているか否かを表示しつつも、食べてなにかあっても自己責任でどうぞということなのだろう。
ちなみにだが、ダンジョン素材を持ち帰ることはできるものの、それをダンジョン外で繁殖させることはいまだにできていないらしい。
これも琴葉が調べたことがあると教えてくれた。
なので、外来種のように地球産の植物がダンジョン産植物との生存競争に負けてしまう心配はないとのことだそうだ。
……本当だろうか?
なかには案外持ち出したら大変なことになるものもありそうなものだと思うのだが。
ただまあ、そういうものがあるとして、それを完全にシャットアウトすることはできっこないだろう。
いつか必ず誰かが持ち出して環境を変えることになるに違いない。
世界中にダンジョンができた以上、それを防ぐことは不可能だろう。
なにより、それを俺個人が心配してもしょうがないだろうしな。
「さて、と。それじゃあ、サクランボをたくさん食べておなかが膨れたことだし食後の運動といこうかな」
「え、なにかするの、マー君?」
「ああ。せっかくダンジョンに来たんだ。お野菜ダンジョンといえど、モンスターもいるわけだろ? なら、モンスター討伐でもしていこうかなと思っているんだけど」
「ええー。ここはモンスターっていっても襲ってこないウサギがいるだけなんだよ? こっちから攻撃したら逃げるらしいし、やめようよ」
「あ、もしかして琴葉はライセンス取得のときにモンスターを倒すのを躊躇した側か? あれ、人によっては結構抵抗感あるって話だってな」
「そうだね。一応やったけど、あんまり気が進まなかったかな。それに、そのあと何日かいやな気分になったし」
サクランボを食べ終えた俺はダンジョン産の植物の現実世界への影響についての考察を切り上げて、腹ごなしの運動を行おうかと考えた。
このお野菜ダンジョンにいるウサギのモンスターを倒してみようと思ったのだ。
だが、あんまり琴葉は乗り気ではないようだ。
どうも、琴葉は俺より先に探索者としてのライセンスをとったわりに、そういうモンスター退治には抵抗感があるらしい。
とくにここのウサギは戦闘意欲のないモンスターだそうで、攻撃したら逃げるから完全に弱い者いじめになるしな。
ただ、それでも俺はやってみたい気持ちがあった。
というのも、俺は【運び屋】だからだ。
ほかのダンジョンで戦闘能力と闘争心を持ち合わせたモンスターと相対した場合、戦闘職でない俺は勝てないかもしれない。
それならば、この安全なダンジョンで非アクティブモンスターを相手に戦ってみたかった。
ここのモンスター相手に手間取るようなら今後ほかのダンジョンに入らないほうがいいという指針にもなるからだ。
そのことを琴葉に伝える。
たんに俺が暴力を振るいたいというのではなく、今後のダンジョン活動についてのためだということで、納得してくれたようだ。
なので、ここらで戦うこととする。
俺はウサギモンスターと戦うために木の棒とマチェットを握りしめて、あたりを見渡したのだった。
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