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サクランボ

「やっぱり赤の他人が採取したものを【収集】するのはできないんだな」


「そんなことを試していたの? 駄目だよ、マー君。人の物を盗んだら犯罪だからね」


「ごめんごめん。でも一応確認しておきたくてね。というか、確認しておかないともしそれができる場合、意図しないうちに盗んだりすることもあるかもしれなかったからさ」


 たくさんのサクランボを採取した俺たちは少し離れた地点にビニールシートを敷いて休憩をとることにした。

 その際に俺が発した言葉を聞いて、それまでニコニコしていた琴葉が真顔になって注意してきた。

 【収集】というスキルを用いて、俺は琴葉が採取したものであっても指定した袋に瞬間移動をさせることができる。

 ならば、それが赤の他人でも可能なのかどうかがどうしても気になったからだ。


 結論から言うと、それはできなかった。

 どういう仕組みなのかはわからないが、あらかじめ俺が同意を得た相手でなければ【収集】は発動しなかったのだ。

 ちなみにこのスキルにもレベルがあり、【収集Lv1】の俺の状態だとあまり離れた相手からもスキルの発動をできなくなる。

 なので、同意を得た琴葉であっても距離が離れすぎてしまうと【収集】できないということになる。

 もしかすると、スキルレベルを上げたら他人からでも可能になるのだろうか?

 まあ、普通に考えるとできないだろうとは思う。


 しかし、その後も琴葉は真面目に俺の発言について注意を続けてくれた。

 これはトラブルを防ぐという意味もあるのだろう。

 ダンジョン内で得た素材をスキルを使って横取りしたことが相手にばれたら困るからだ。

 このお野菜ダンジョンではハイキング気分の人が多いが、それでも万が一のためのモンスター対策として武器を所有している人は多い。

 サンダルを履いてサクランボを採っている男性がいるが、そういう人でもポケットにナイフを忍ばしていることもあるわけだからな。


 昼過ぎにはなくなるであろう人気のサクランボを横取りされたとあっては、ついカッとなってしまってもおかしくはない。

 そのときに武器を持った者同士であれば、けがをする可能性は決して否定できないのだ。

 だからこそ、そんなことがないように、疑われるような行動や言動は慎むべきと琴葉は言いたいのだろう。

 これは完全に琴葉が正しいので、しばらくは俺はその注意を受け続け、反省しながら謝り続けた。


「ダンジョンの中で揉め事が起こると大変だからね。そのへんは本当に気を付けないといけないんだよ、マー君」


「そうだな。反省しているよ、琴葉。とくに琴葉のように女の子と一緒だし、気を付けすぎるくらいにしないとな。悪かったよ」


「わかってくれたならよし。じゃあ、そろそろサクランボを食べてみようよ。えっとね、【鑑定】でみた限りでは、これかこれはレベルが高いよ」


「ふーん。ちなみにレベルが低いのはどれだ?」


「ええっとね、低いのはこれとかだね。レベルで言えば十くらいは違ってくるかな」


「なら、食べ比べてみようかな。先にレベルが高いのを食べて、あとで低いやつも食べてみよう。あ、そうだ。お土産として残しておく分は先に分けておこうか」


「おっけー。じゃあ、手早く分けちゃうから、予備のビニール袋も出してくれるかな?」


 ダンジョン内での注意を真摯に受け止めた俺を琴葉は許してくれた。

 そして、そのあとでお待ちかねのサクランボ試食会を行うこととなった。

 採取した中で一番レベルが低いのは一のやつだった。

 それに対して高いのは十を少し超えるものがいくつか、といったところか。

 平均すると三とか四が多くなるのかな。

 このお野菜ダンジョンは危険度が最低とされる安全なダンジョンなので、採取できる素材レベルもこれくらいのものなのかもしれない。


「うっ。なんだこれ、うますぎる!!」


「わあ、ほんとだね。こんなにおいしいサクランボ、私食べたことないよ」


「レベル十のやつはすごいうまいけど、だからって一とか二のやつがおいしくないわけではないな。これも十分においしい。けど、やっぱレベルが高いほうが芳醇な感じがする、ような気がする」


 試食用とお土産用に分け終えたダンジョン産サクランボ。

 その試食分を口にした俺と琴葉はそのおいしさに驚きを隠せなかった。

 傷一つないつやつやの表面。

 それを口に入れた段階でまず柔らかな触感を舌が認識する。

 いつまでも口の中でコロコロと転がしているのも悪くないと思えるほどだが、それを乗り越えて優しく歯を立てると、一瞬で口の中の状況に変化がもたらされる。

 優しい甘い果汁がジュワッと広がり、さらにそれが喉の奥から鼻に抜けて芳醇なにおいとなって感じ取れるのだ。

 あまりのおいしさにうっとりとし、しかし、さらに食べたい欲求が沸き起こるからか、すぐに次の一粒を口の中に放り込んでしまう。


 レベルによる味とにおいは違うといえば違うのかもしれないが、どちらにしてもおいしいのには変わりない。

 これは間違いなく高級品として売り出されてもおかしくない品と言えるのではないだろうか。

 お野菜ダンジョンおそるべし。

 こんなおいしいものが食べられるとは思いもしなかった。

 琴葉がここに来るのを勧めるわけだ。

 前回来た時にちょっとしか食べられなかったと言っていたが、また来たいと俺を連れてくるはずだと納得してしまう魅惑のサクランボだ。


 さきにお土産用に袋分けしていたのは正解だったかもしれない。

 俺たちは採取した試食用サクランボを瞬く間に食べつくしてしまったのだった。

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